企業

豊かな実りのために、幹を支える人材と出会いたい。

キリンホールディングス株式会社

R&D本部 研究開発推進部

大前 英郎 氏(中)

R&D本部 キリン中央研究所

栗原 信 氏(右)

R&D本部 飲料未来研究所

井上 剛志 氏(左)

キリンホールディングス株式会社の事業領域は多岐にわたっており、飲料や食品の領域だけでなく、医薬やヘルスサイエンスといった領域でも成長を続けています。基幹事業を支える3つの研究所では、新たな価値を生み出すことを目指して、高い専門性に裏付けられた課題設定力や研究マネジメント力を有する人材に注目しており、近年、その人材の獲得の一つとして、博士人材の積極的な採用の検討を開始しました。

基礎に基づいて研究をマネジメントできる博士人材採用を強化

大前 私たちキリングループは、ビール事業から飲料などの食領域に事業を展開し、そこで培った発酵・バイオテクノロジーの知見を活用して、医領域へと事業を拡大してきました。この「食」と「医」という二本柱を成長領域としてきた点は、キリングループの大きな強みです。そして現在、食を通じた疾病の発病予防等、健康維持を目指す「ヘルスサイエンス」領域の拡充をキリングループの成長ドライバーとする事業戦略を進めています。

R&D戦略もこれに基づく形で展開されており、私たちキリンホールディングスR&D本部は、食領域を支える「飲料未来研究所」、ヘルスサイエンス領域を支える「キリン中央研究所」、事業領域に関わらず容器から社会課題の解決を目指す「パッケージイノベーション研究所」の3つの研究所を設置して、研究開発を推進しています。

キリングループのR&D活動では、基礎領域の研究を継続してはいるものの、研究と開発のいずれに重点を置くかは、時代とともに、変遷した経緯もあります。近年は、基礎研究に注力する機運が高まっています。というのも、飲料業界のなかでイノベーションを起こすためには「なぜこれを美味しいと感じるのか」「これからの美味しさとはなんだろう」といったお客様の嗜好を持って掘り下げていく必要があるからです。そのために必要なのは基礎研究であり、基礎に基づいて発想できる人材です。また、私たちが拡充を目指しているヘルスサイエンス領域は、しっかりとした基礎がなければ踏み込めない領域でもあります。これらの理由から、R&D本部では近年、基礎研究を実行できる人材として、博士人材の採用も進めています。

栗原 私の所属するキリン中央研究所では、研究の高度化を推進しています。高度化とは、その時々のニーズに適応する、あるいは新しいニーズやライフスタイルを提案することであり、そのための研究を行うには、既存の研究テーマを進めるだけでなく、研究分野を切り拓いてきた経験が必要です。入社直後からテーマを任せられる博士人材には、最先端技術の追求はもちろんのこと、研究のマネジメントという部分で大いに力を発揮していただくことを期待しています。

井上 これまで食領域の研究においては、商品開発に注力する傾向がありました。ですが商品だけに注目していると、コモディティ化が進んだり、プロダクトライフサイクルが短くなったりしてしまい、マザービジネスとして成立しにくくなってしまうという課題がありました。そこで飲料未来研究所では、中長期的に業界内で競合していける商品や価値を生み出すために、まずは幹となる基礎研究の部分を強化することで、将来枝葉を広げるための活動を進めており、その一環が博士人材の採用強化ということになります。博士課程で磨いてきた技術と経験で、自ら課題を設定したり、新たな研究テーマを推進したりする博士人材の能力に注目しています。

出会いの場の多様化と企業の採用プロセスに適応できる人材育成に期待

栗原 博士人材の採用における悩みの一つに、出会いの問題があると思っています。キリングループの事業から連想しやすいテーマを専門とする人材であれば、比較的応募していただきやすいのですが、「キリンではこんなこともやっているのか」というような分野にはなかなか人材が集まってきません。それに、新しいことを始めたいときにはこちらから大学に出向いて探す必要があります。例えばデジタル系の人材。私たち自身、IT系の学会には馴染みがなかったですし、大学教員にも知り合いがいない状況で、よい人材を見つけるのに苦労しました。

井上 私たちにも課題があって、学会や展示会で学生の方と話す機会があったとしても、どうしても自分たちの研究や事業からの発想でフィルターをかけてしまう。良い人材がいたのに出会いとして認識できていなかったこともあるのではないかと思っています。そういう意味では、オンラインでのマッチング会など、博士人材との思わぬ出会いが期待できる場が増えているのは歓迎すべき傾向だと思います。

大前 当社では令和3年度から文部科学省が推進するジョブ型研究インターンシップ推進協議会(1)を活用しています。基本的には研究実績や研究に取り組む姿勢などを評価して選抜していますが、採用の対象とする場合は従来の採用システムとの整合性を取る必要がある点にやや難しさを感じているところです。これまでの経験上、博士人材の独自の発想で新たなことを生み出す能力と、ビジネスの現場におけるマネジメント能力がトレードオフになりがちな点を、企業としては懸念せざるを得ないからです。その懸念を払拭するためにも、大学側と情報交換しやすい関係を築いて、博士の能力を生かせる環境をつくっていければと考えています。

記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。

(1)ジョブ型研究インターンシップ推進協議会 https://coopj-intern.com/ (参照 2022-03-23)