奈良先端科学技術大学院大学 教育推進機構
イノベーション教育部門 部門長・教授 飯田 元 氏(左)
キャリア支援室 UEA・特命准教授 山下 俊英 氏(右)
奈良先端科学技術大学院大学の博士人材キャリア支援のテーマは「適応力」と「応用力」。専門分野に特化するだけではなく、さまざまなシチュエーションで力を発揮できる能力を身につけ、分野をまたいだ総合領域に取り組む人材への支援に重点を置いています。学部を持たない国立大学院大学という特性上、研究に費やすリソースを担保しながらも、視野狭窄に陥らない仕掛けやキャリアパスへの造詣が深い相談員による多面的なサポートにより、多くの有為な人材を社会に送り出しています。
山下 奈良先端科学技術大学院大学(以下奈良先端大)では2013年にキャリア支援室を開設し、博士学生のキャリア支援を行なっています。具体的には、博士人材を採用している企業とのマッチングイベントや学位取得後に産業界で活躍するOB /OGの講演会、企業の経営層や研究所のトップによる講演会など、研究室の中だけでは想像しにくいポジションやキャリアを考えられる機会の提供に主眼を置いた取り組みが中心となっています。
近年は、これまで以上に多様なキャリアを支援していくために、起業やスタートアップ企業への就職を見据えたキャリア支援や海外インターンシップ支援などの取り組みも関連部局と協力しながら強化しています。
飯田 このたび 「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業(1)」に引き続いて「次世代研究者挑戦的研究プログラム(2)」とに採択されるにあたり、奈良先端大では前述のさまざまな取り組みをさらに統合発展させるものとして、総合領域に取り組む人材への支援を強化していきます。
具体的には、奈良先端大の持つ「情報科学領域」「バイオサイエンス領域」「物質創成科学領域」という3つの分野にまたがる、バイオインフォマティクスやマテリアルインフォマティクスといったテーマに取り組む人材を選抜します。そして彼らには「研究スプリント」という方法で、融合分野での研究を自分自身で提案して進めてもらうことを想定しています。
研究スプリントとは、もともとは主に博士前期課程の学生が対象のCICP (Creative and International Competitiveness Project) という教育事業で成果を上げた取り組みを博士後期課程学生向けに加工した、研究推進のためのミニプロジェクトです。情報システム開発の分野で広く用いられているアジャイル手法の概念が取り入れられており、最終ゴールの前にいくつかのショートゴールを設定し、数ヶ月という短い期間で集中的に取り組むサイクルを繰り返すことで、自分の視野を確認しながら目標達成への道のりを着実に進んでもらう建て付けになっています。
このプロジェクトへの参加を通して、ともすれば視野狭窄を起こしがちな博士人材に、柔軟な適応力と応用力を身につけてもらうことを期待しています。
また、博士人材に視野を広げてもらうための取り組みとして、異文化交流を志向したキャリア形成ワークショップを実施する予定です。これもアントレプレナーシップのプロジェクトで実施した、高校生からシルバー世代の方までを巻き込んだアイデアソンワークショップを博士後期課程にアレンジしたプログラムです。
博士人材が、自分たちが持つ研究のシーズを発展させて、どのように社会貢献できるのかをテーマに、専門外の人たちを取り込んで議論を進め、意見や立場の違いを乗り越えてアイデアを創出する経験を得てもらうのが狙いです。
このワークショップでは、博士人材には運営にも参加してもらいます。専門外のさまざまな人と関わることになるワークショップの運営経験は、彼らにとっても大きな学びになるはずです。
今後は、ここでご紹介した研究スプリントとキャリア形成ワークショップの二つの施策を、これまで実施してきたコンテンツと組み合わせて幅広くキャリア支援を展開していく予定です。
山下 これまでのキャリア支援の成果として、日系企業のアメリカ法人で海外インターンシップを経験した博士人材が将来的な海外研究員というキャリアを見据えて、その日系企業に就職したケースや、次世代アントレプレナー育成事業プログラムに参加した博士人材が、奈良先端大の特任助教として勤務しながら起業するケースなど、多くの有為な人材を輩出してきました。
奈良先端大における博士人材のキャリア支援は、セーフティーネット的な役割も果たしていると感じています。私たちは、修了ギリギリまで研究に没頭していた博士人材でも、博士号の価値を認めてくれる企業に就職できるような支援を心がけています。また、キャリア支援室には博士号や起業経験を持つ相談員が所属していて、さまざまな背景を持つ博士人材の相談に細やかに対応できるのは大きな強みだと考えています。
飯田 大企業に就職して定年まで勤め上げるライフモデルはもはや通用しません。博士人材は適応力、応用力をはじめとするさまざまなコンピテンシーを身につけて、自分自身のサステイナビリティを高めることが大切です。また企業の「専門分野が合わないかもしれない」「博士の能力を使い切れないかもしれない」といった認識を改めていただくことも私たちの役割です。
山下 博士人材は、専門分野を深く掘り下げた経験を他の分野にも適用させる能力を持っていますし、奈良先端大ではそういった人材を育成している自負があります。博士人材を専門特化型の人材ではなく、一緒にソリューションをつくり上げる能力を持った人材として認めていただくこと、そしてその能力を有効に活用できる基盤を整備することが、今後の日本の国際競争力につながると信じてキャリア支援を続けて参ります。
記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。
(1)科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/fellowship/index.htm (参照 2022-03-17)
(2)次世代研究者挑戦的研究プログラム https://www.jst.go.jp/jisedai/ (参照 2022-03-17)