石濱 航平 氏
NOVIGO Pharma株式会社 代表取締役
博士課程修了後の進路は、アカデミアや企業への就職だけではありません。九州大学で博士号を取得した石濱航平さんは、同大学が持つ研究成果を活用し、在学中の2021年1月に起業を果たしました。現在は、自ら立ち上げたNOVIGO Pharma株式会社で代表取締役を務め、皮膚に貼るだけで注射剤と同様の投与が可能となる次世代経皮製剤の研究開発、事業化を進めています。JSTの 大学発新産業創出プログラム(START)やNEDOの研究開発型スタートアップ支援事業(NEP)にも採択されたこの新事業を実現できたのは、能動的に自身の研究以外の世界に触れる機会を持ち、人との交流を図ったことにありました。
現在は医療分野で事業を行っていますが、博士課程ではまったく異なる分野の研究をしていました。当時は錯体化学・有機合成化学の研究室に所属しており、博士論文のテーマは『13族元素を用いた二核三重螺旋錯体の作成と円偏光発光材料の開発』でした。三重螺旋錯体の構造の美しさや、ねじれを制御することで発生する発光色の変化や合成が難しいこの分野への挑戦に魅力を感じ、取り組んでいた研究です。
一方で当時は、企業に就職して大学と同じ研究を続けることは難しいのではないかという不安がありました。博士課程の学生には、おそらく同じ不安を抱えている方も少なくないはずです。私にとって博士課程は、魅力を感じる研究に集中できる環境ではあったものの、今の研究とは違う分野で何がしたいのかを、ずっと考えていた時期でもありました。
そんな中、博士課程の教育プログラムでビジネスを学べる「博士課程教育リーディングプログラム」に参加したことが、私にとって大きな転機となります。授業の一環で、九州大学が持つ技術を使いビジネスプランを考案する機会があったのですが、そこで私がもともと抱いていた医療分野における課題を解決できるのではないかという技術と出会います。それが、親水性の分子を数十〜数百ナノメートルの超微小粒子にして油中へ分散させる「Solid-in-Oil(S/O)化技術」(特許第4426749号)です。当時、化粧品分野に応用されていたこの技術を基盤とし、皮膚からの薬剤投与、つまり注射の代替となる「貼り薬」の開発に繋げられるのではないかと考えました。これには、医療従事者による注射を必要としない点、注射剤による副作用を減らせる点に大きなメリットがあります。今後、オンライン診療や自宅への薬剤の輸送が一般化すれば、注射を代替する存在になると考えました。
そして、同時期に所属した九州大学の起業部では、このビジネスプランでピッチコンテストに優勝したことや共感頂いたベンチャーキャピタル(VC)との出会いで、手応えを感じることもできました。これをアイデアだけで終わらせずに実現したいと思い、S/O化技術の開発者である後藤雅宏教授のもとへビジネス化の打診に伺ったところ、快諾いただき、在学中から起業へ向け準備を進めていきました。
振り返ってみると、私の起業は大学のリーディングプログラムに参加したこと、そこで出会った技術と人、「今の医療行為を変えたい」という思い、そして博士課程の段階で自分の進路を模索し、やりたいことに向き合った結果だと考えています。
私自身は、博士人材は起業に向いていると考えています。博士課程で身に付いたことが、起業した今でも活かされていると感じるからです。例えば、博士課程では修士課程よりも「自分で考える力」が求められます。1年間の研究計画を練り、学会の申し込みや論文執筆も基本的には自分で責任をもって行わなければなりません。数ヶ月先、1年先の計画を立てながら、数値に落とし込んで具体化する力も培われました。すぐには成果の出ないことに粘り強く取り組む力も、博士課程での研究を通して身に付いたものです。こうしたマネジメント能力や想像力、忍耐力は事業を行う上で大いに役立っていると感じます。もちろん、こうしたスキルは起業家としてだけではなく、一般企業で働く上でも役に立つはずです。
起業したことで、今では経営者として採用する側になりましたが、博士の方には研究テーマ自体の良し悪しよりも、テーマに対してどうアプローチして解決したのかなど具体的なエピソードや、どれだけ研究に対して情熱を持って臨んでいたかを聞くようにしています。博士課程では、熱意を持って研究に取り組むことで、社会で必要とされるスキルがおのずと身に付くはずです。そのことに自信を持ってほしいと思っています。
今、当時の私と同じように将来のキャリアで迷っている方がいたら、「5年先にそこに自分がいる姿を想像できるか」を考えてみてもらいたいです。もし、それが起業であるなら就職して数年待つよりも、今すぐ動くことも選択肢にしてほしいと思っています。そして、起業を検討するのであれば、まず自分が所属する研究室以外の世界に触れる機会を増やすことから始めてください。その大学が培ってきた、その大学にしかない技術や特許がきっとあるはずですから、それを軸に起業のアイデアを考えてみて欲しいです。
学生が外の世界に触れようとした時にすぐに行動に移せるよう、博士学生が様々な技術と出会える場を大学側が設けることも大事だと思います。博士人材の活躍によって新しい技術が生まれれば、それを活かした新しいサービスが生まれます。このサイクルがうまく回ると、様々な社会課題を解決していけるはずです。私も、ゆくゆくは自身の経験を活かし、起業に挑戦する博士人材を応援する側に回りたいと考えています。
記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。