研究人材

自分の可能性に制限をかけないこと

研究も家庭もあきらめないキャリア構築

篠田 万穂 氏

お茶の水女子大学 基幹研究院 自然科学系 助教

博士課程を早期修了した後、京都大学・École Polytechnique, Centre de Physique Théorique(フランス)でのポストドクター、そして現職のお茶の水女子大学助教(テニュアトラック)と、研究の拠点を求めて国内外を問わずに活動し続ける篠田氏。政府や大学、民間の博士人材向けサポートを活用しながら、順調にアカデミアでキャリアを構築しています。結婚・出産の大きなライフイベントを経験しながら、研究者としてステップアップしていく秘訣は、限界を設けずに前進し続ける真摯な姿勢と他の研究者との活発な交流にありました。

数学者として研究を続けたい

自分の力が生かせる環境を求めて

2020年より、お茶の水女子大学基幹研究院で助教を務めています。現在のポジションを得る前のポストドクター時代は、自分に合った研究の拠点を求めて、積極的に移動していました。

博士課程では慶應義塾大学理工学研究科に所属し、日本学術振興会(以下学振)特別研究員DC1に採用されました。博士課程を2年間で早期修了できたため、その後は学振特別研究員PDとして京都大学に拠点を移しました。京都大学で半年間研究した後、同じ年の10月にはフランスに渡り、École Polytechnique, Centre de Physique Théoriqueで半年間ポストドクターをしていました。東京から京都、その後、フランスと、興味のある分野の研究を続けるために、短期間で所属機関を渡り歩いてきましたが、そうした多様な経験や実績が今の職業に結び付いていると思います。

交流会やセミナーに積極的に参加し

キャリアにつながる情報と味方を得る

博士課程修了後、1年間のポストドクター、その翌年にテニュアトラックのポジションを得たといえば、順風満帆な研究者生活に思えるかもしれません。とはいえ、修士・博士課程では学内に女性の研究者仲間がおらず、寂しい思いをしたのも事実です。しかし、研究を続けたいという私の気持ちを理解してくれる先生に恵まれ、研究者のセミナーや集まりに積極的に参加するようになりました。理数系の女子中高生を応援する「数理女子」という活動にて記事の執筆やティーチングアシスタントをしたのをはじめ、その後も自分の研究に関係がある研究集会やセミナーがあれば、積極的に研究発表をしました。そうした交流の中で、研究について語り合い、キャリアに関する情報交換をし、徐々に理解者を増やしていきました。味方してくれる方々が多数いるからこそ、自分の方向性を見失わず、研究者としてのキャリアに繋げられたと思います。

現在の業務でも味方に助けられています。自分の研究のほかに、研究指導や学内運営の業務がありますが、学生から私が詳しくないことを聞かれた時などは、他大学の研究者にアドバイスを仰ぐこともあります。そうした時、博士課程やポストドクター時代に築いた関係が生きています。

海外からの就職活動に

ブリッジプロモーターを活用

フランスで研究をしていた際、次の研究拠点を日本に絞って、ポジションを探していました。次は日本と決めていたのは、その当時、妊娠していたからです。博士課程を修了してすぐに結婚しましたが、程なく京都大学へ移り、その後、フランスへと移動したこともあり、結婚後の1年間は夫と別居していました。フランスに行ってすぐに妊娠が判明しましたが、それが海外でのポスドクを断念する理由にはなりませんでした。ですが、研究と子育てを両立するためには、夫や家族がいる日本で生活する方がよいと思ったのです。

そうと決めたら、すぐに日本のアカデミアのポジションの公募情報を調べて、せっせと準備し始めました。文部科学省の「卓越研究員事業」も利用しました。この事業に研究者と研究機関を結ぶブリッジプロモーターという支援があり、公募書類をチェックしてフィードバックをもらい、面接対策もしてもらえました。海外から就職活動をしていた私には非常に心強い存在でした。

結婚・出産と研究の両立が

若手研究者のキャリア構築の課題

2020年4月、お茶の水女子大学の助教に着任しましたが、当時、妊娠中で出産を控えていました。4月1日に着任し、2週間弱で産休に入り、大学に戻ったのは出産3か月後の8月。お茶の水女子大学には妊産婦の業務軽減制度があるため、出産した年は担当講義を非常勤講師で代替するなど、一部の業務を免除してもらえました。ありがたかったのは、産休や軽減制度の利用に対して、周りのだれからもネガティブな反応がなかったことです。さらに学生・教職員用のナーサリー(保育所)などもありますので、比較的、子育てと研究が両立しやすい環境に恵まれています。女子大ということもあり、女性の働きやすさや学びやすさに対する意識が進んでいるのかもしれません。

子育て中の研究者と話していると、やはり家庭と研究の両立は大きな悩みのひとつだと感じます。とくに、博士号取得後の任期付きポジションはシビアです。出産や子育てを意識する年齢になると、「育休をとったら私の任期はどうなるのだろう」、「保育園の確保に必要な勤務証明を出してもらえるだろうか」など、キャリアと家庭の板挟みになる場面に遭遇します。こうした問題を解決していく取り組みがあれば、若手研究者の選択肢が広がり、安心してキャリアを構築していけます。家庭と研究の両立は、男性にとっても今後の大きな課題になると思います。

博士課程に進むことを考えておられる方、また、博士課程ですでに研究されている方には、自分に制限を設けないことが大切だとお伝えしたいです。自分の可能性を自分で潰さずに、やりたいことを追求するには味方が必要です。他の研究者と交流を深め、理解者を増やしておくと、必ず力になってくれるはずです。

記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。