名古屋大学博士課程教育推進機構
キャリア教育室 特任准教授
森 典華 氏
名古屋大学の博士人材へのキャリア支援の特徴は、就職をゴールとするのではなく、その後の人生も念頭に置いた支援を行うこと。豊富なノウハウを生かした細やかな個別面談や企業との交流会などのさまざまなイベントを通して、博士人材一人一人が、身につけた能力を次のフィールドで存分に発揮し、豊かな人生を築くための支援環境を提供しています。2006年に文部科学省の「科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業」(1)に採択されて以降、継続的にさまざまな施策を実施しており、その先駆的な取り組みに注目が集まっています。
名古屋大学の博士人材向けキャリア支援は、個別相談、セミナーによる情報提供やスキルの向上、ロールモデルの提示、企業等との情報交換の場の提供など多岐にわたりますが、2006年にキャリア支援事業を開始した当初から重視しているのは個人面談です。
個人面談では、具体的な進路相談からメンタルケアに近い相談までさまざまな相談が寄せられます。当然ですが、博士人材一人一人が、研究分野や能力、将来の希望や生活の背景は異なりますから、幅広く対応できるように窓口を開放しておくことが大切です。
相談のあとには、「人生は多様だということがわかりました」といった言葉をよく聞きます。博士人材のなかには学部や研究分野に縛られて、「自分はこれを学んだからこの道しかない」と思い込んでいる方が非常に多いのです。社会は多様で柔軟性があり、挫折や失敗があってもまたチャレンジできるし、ストレートに目標に到達できなかったとしてもそこに至る道はたくさんあるということに気づいてもらう。自分の強みを自覚し、自らが選択して歩み出せるように支援するのが個人面談の役割だと考えています。
個人面談のほかに名古屋大学で力を入れている取り組みの一つが、年に一度の「企業と博士人材の交流会」です。この交流会は11年間連続で開催されており、2021年度は学内外の博士人材131名と企業43社の参加を得て行われました。
交流会では、博士人材は自分自身と研究についてまとめた動画を公開し、企業から意見や質問をもらいます。ここで初めて企業と接点を持つ博士人材もおり、就職への前哨戦という意味合いは強いですが、ここでの出会いから共同研究に発展した例やインターンシップにつながった例もありますし、企業からのアドバイスで新たな視点を得るなど、産学協創教育の一面もあります。一方、ここで企業の実態を知ったことで結果的にアカデミアに進路を決める博士人材もおり、キャリアの選択肢を増やす機会にもなっています。
企業からも、多岐にわたる分野から多様な人材が集まる場として評価いただいています。博士人材が培ってきた多種多様な経験や技術は、企業にとっても新たな気づきをキャッチアップする力や社内の化学反応につながるはずです。ともすれば博士人材にネガティブなイメージを持つ人も多いなかで、こうした交流の機会が博士人材への理解につながり、ひいては社会全体の認識が変化することを期待しています。
博士人材のキャリア支援は、これまでも「博士課程教育リーディングプログラム」や「卓越大学院プログラム」などと連携して発展してきました。昨年度からは「次世代研究者挑戦的研究プログラム」と「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」に採択されています。
これら二つのプログラムに分けてカリキュラムを組むのではなく、卓越大学院プログラムも含めたそれぞれのカリキュラムから、横断的にメニューを選択できるように設計して、博士人材が多様な経験を積む機会を増やしていきます。また、学生主導のメニューも設ける計画があり、教員と学生が一体となってプログラムを盛り上げる体制をつくる予定です。
今後のプログラム展開においては、「融合研究」と「国際共同研究」がキーワードになります。ワールドワイドな環境で、交渉や調整といった経験を通して博士として必要な素養を身につけ、リーダーとして業界をリードしていける存在になってもらうこと。同時に、社会に対して博士課程に進学する意義を示し、偏差値や就職の実績だけでは見えてこない、大学院の価値を認識してもらえるようになればと考えています。
学生時代は、追求したいことや学びたいことにいくらでも時間を注ぎ込んでいい期間です。やりたいことをやり切って得た経験や能力は、やがて社会に役立つ力になるはず。国も大学も、さまざまな事業でサポートを提供しているので、ぜひ活用してチャレンジしてほしいと思います。
名大のキャリア支援には、「博士人材には自分の人生を自分で探してほしい、そのために背中を押すのが自分たちの役割」という信念があります。大切なのは、就職がゴールではなく、その後の人生でも活躍できる機会をつくるための支援という考え方です。
博士人材は、そのキャリアを通じてすでに自分で自分の人生を形成できる力を備えています。一方で、個人の活動では限界があるのもまた事実です。大学としてはできるだけ出会いの場や視野を広げる機会を設けて、彼ら一人一人が自分の人生を探す方法を示していければと考えています。
記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。
(1)科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業 https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/koubo/careerpath.htm (参照 2022-03-11)