大学院と大企業での経験を活かし
ベンチャー企業でモノづくりに挑戦
林 祐也 氏
トイメディカル株式会社
商品本部長 研究管掌
2016年に、熊本大学大学院薬学教育部創薬・生命薬科学専攻で博士号(薬科学)を取得し、医療機器メーカーに入社した林氏。その後、熊本大学病院薬剤部特別研究員などを経て、2021年4月より熊本県に拠点を構えるトイメディカル株式会社にて研究開発部門の責任者として活躍。排塩技術の市場形成と普及に向けた研究開発に挑んでいます。大手企業、ポスドク、ベンチャー企業で研究開発に携わった経歴を持つ林氏は、それぞれのメリットを理解し、経験してみることの重要性を感じています。
博士号取得後、製薬系メーカーの研究職を希望して就職活動していましたが、縁あって関東の医療機器メーカーに研究員として入社しました。ですが、モノづくりに関わりたい、もっといろんなものを見てみたいとの思いが強くなり、ちょうどそのタイミングでお声がけいただいた熊本大学病院のポスドクを経て、現在はベンチャー企業の研究開発部門に所属しています。
会社では、主に「排塩技術」の情報発信やメーカーとの共同開発に関わっています。排塩とは簡単に言うと、摂取した塩分を体に吸収させないようにする技術で、塩分過多になりがちな日本人の健康をサポートすることで、「困った」を「笑顔」にすることが目標です。既にサプリメントを製品化しており、今後は食品への配合などへ展開していく計画です。一方で、排塩効果の基礎研究を、熊本大学との共同研究として続けています。週の半分以上は熊本大学のラボに通って研究しているような日々です。博士課程で研究していた薬物の粒子径制御や標的指向性の付与など、製剤学やドラッグデリバリーに関する知識が今のモノづくりに活かせています。
大学病院でポスドクをしていた当時は、腎臓病の研究にも関わり、発症・増悪リスクの一つでもある塩分の過剰摂取が気にかかっていました。そのような時に、排塩技術を扱う県内のベンチャー企業からお声がけをいただき、新たな環境へと飛び込みました。課題感に加え、これまでのキャリアを活かしてモノづくりに携われると感じたためですが、いつも人との巡り合わせが転職のきっかけになっています。学生時代からセミナーや学会、懇親会など、交流の場に積極的に顔を出して、縁を大事にしてきたから今があると思います。
3つの職場での経験は学びになりました。大手企業の研究所で求められたのは、中長期的な視点での研究開発でした。アカデミアでは、最先端の研究に触れながら、自ら研究費を獲得し、新規治療法の開発やメカニズムの解明、新規マテリアルの創出などが目標で、研究費に対する報告としてのスパンは1~数年程度。ベンチャー企業では、研究開発のゴールが明確で、スパンはさらに短いです。パッケージデザインから生産コントロールまで、目の前で進行していくモノづくりにトータルに携われることも新鮮で、大きなやりがいがあります。自社の製品を実際に使っているお客様の姿を目にすると、本当にうれしくなります。ベンチャーならでは醍醐味ですね。
組織の規模や目的で、求められるものが異なるので、自分が何にやりがいを感じるかによって、キャリアの選択は変わってくると思います。実際に経験して合うか合わないかを見極めるのが一番いいと思いますが、なかなか難しいかもしれません。博士号は取得するだけでは意味が無く、博士としての矜持を持ち活動できるか、自身に負荷をかけられるか、が重要だと思います。教授や経営者に対しても博士としての矜持を持ち、新しい価値を生み出そうとするマインドを臆すること無くぶつけることで、研究や開発を動かしていくやりがいを感じていただきたいです。
一時期関東で働いて熊本に戻りましたが、オンラインツールが普及した現在、地方にいるデメリットはほとんど感じません。逆に、地域のネットワークが強く、みんなで地域を活性化しようというパワーに刺激を受けています。関東に住んでいる時にはそういう気持ちは薄かったので、地方で働く価値を感じています。
今になって学生時代を振り返ると、学生だったからできたことはとても多かったと思います。私の場合は、研究活動に全力で打ち込むのと同時に、終わったらさまざまな場所に飲みに行って、さまざまな出会いをたくさん経験しました。学会に参加した際の懇親会で、立場を気にせずいろんな先生と話せたのも学生だったからですね。
そして、自分の手を動かしてしっかり研究・実験した経験も自分の強みです。その経験があったからこそ、企業でマネジメントする側になった時にもスムーズに指示ができました。学生のうちに専門と異なるジャンルの実験にも挑戦して、たくさん手を動かすべきだと思います。社会に出ると文書作成は必須ですが、論文執筆や学会発表で鍛えられた文章力やポイントを抑えたプレゼン資料の作成能力は、高く評価され重宝されます。
博士課程をどう過ごすかについて一つアドバイスできるのは、「ただ学位を得るだけでは意味がない」ということです。しっかり研究して、論文を書く能力を磨き、その上で、多様な学会への参加や研究助成金の獲得など、博士課程の期間にどれだけチャレンジしたかが重要です。研究室に籠もるのではなく、外向きな姿勢でどこまで動けるか、どれだけ多様な知識を得られるか、ネットワークを築けるかで、未来の可能性は広がるはずです。思いもよらない出会いを大事にしてください。
記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。