異分野を知り視野を広げることで、
自分の専門分野も深化できる。
東北大学
学際科学フロンティア研究所 所長
早瀬 敏幸 氏(右)
学際科学フロンティア研究所 新領域創成研究部
田原 淳士 氏 博士(工学)[卓越研究員](左)
東北大学学際科学フロンティア研究所は、6つの研究領域を持ち、各研究領域内外の連携や他部局、他大学との人的交流、共同研究を通して、若手研究者の研究活動を支援しています。所属する人材は、異分野間の研究交流を日常的に行うことで、より広範かつ横断的な視野を身につけ、それぞれの専門分野で活躍し、着実にキャリアパスを積み上げています。
早瀬 学際科学フロンティア研究所(以下「学際研」)では、毎年7名程度、6つの研究領域すべてを対象に国際公募で任期付き助教を採用しています。若手研究者が独立した研究環境で世界トップレベルの研究を行い、ゆくゆくは国内外で活躍していただくことが当研究所のミッションです。研究科や研究所の教授、准教授がメンターとなり、その支援を受けながら研究を行う点や、異分野や学外の研究者との交流機会が多い点、独自のテニュアトラック制度による学内でのテニュア採用や学外ポストの獲得など、多様なキャリアパスを目指せる点が大きな特徴です。
学際研で研鑽を積んだ方々は、各専門分野で大いに活躍されており、文部科学大臣表彰や各種研究支援事業への採択など多くの成果も出しています。こうした環境で、田原先生は卓越研究員として薬学研究科でのテニュア採用を目指していらっしゃいます。
田原 私は有機化学と無機化学の中間に位置する有機金属化学という分野で東京工業大学にて学位を取得しました。学生時代はどちらかというと基礎科学的な研究をしていたのですが、助教として九州大学の先導物質化学研究所に籍を移してからは、学術論文の執筆と併せて特許の取得にも携わり、社会がどのようなものを求めているか、いかに広く研究分野を包含して強い特許性を持たせるかといったところまで視野を広げ、応用を意識した研究の仕方を学びました。
上記に加え、在任中には有機金属化学を拠点として、計算科学や化学工学との学際融合研究も経験しました。その中で、専門分野の境界領域には無限のフロンティアが潜在することを知り、研究者としての更なるステップアップを目指して、知人の先生方との意見交換やJREC-IN Portalで得た情報を参考にして学際研を志望しました。学際研への応募理由としては、異分野融合を推進している点と、卓越研究員事業(1)の制度を活用することで独立研究者として主体的に研究が進められる点が大きかったです。
早瀬 私たちが採用にあたって重視しているのは、専門性の高さはもちろん、学際的な意欲があるかどうかです。また将来性も大きな判断材料となります。それまでの研究環境によって論文の数にも差が出てくることも考えられますから、単に論文発表数の多寡ではなく、その方自身のオリジナルな研究がどれくらいあるかを注視するようにしています。
田原 採用に至るまでは、書類審査、メンターとの面談、面接審査というステップがあったのですが、自分の研究成果や研究計画を、専門分野の近い方のみならず異分野の方にも面白いと思ってもらえるような興味づけはかなり意識しました。具体的には、それまではプレゼン資料の8割を実績紹介、イントロダクションは2割くらいで制作していたのですが、それを半々かイントロダクションが少し多めくらいの割合に変更しました。この変更にあたっては、卓越研究員事業のブリッジプロモーターの方からの助言を参考にさせていただきました。学際研に入所してからも、学術的な視点だけではなく、異分野の方や一般の方にどう興味を持ってもらうかという視点を常に意識しています。
田原 独立した研究活動を保証する一方、若手研究者の研究環境を迅速に整備することは大きな障壁となり得ます。学際研が採用しているメンター制度は、私たちの研究活動をハード(設備提供)とソフト(教員からの助言)の両面から支援してくれる有難いシステムの一つと言えます。メンターの選定基準は研究者によりますが、私は薬学研究科を選択しました。近年、有機金属化学が創薬および天然物合成において重要なツールとして本分野に浸透したとはいえ、私のこれまでの研究活動で薬学研究は縁のなかった分野でした。先ほど早瀬所長が学際性という言葉を使われましたが、私が一見専門外の薬学研究科を選んだ理由としては、これまでの専門に最も近い研究室を選んでも、おそらく自分の専門性を掘り下げる研究の進め方になってしまうと思ったからです。もちろんそういう研究の方法が悪いわけではありませんが、私は自分の研究を達成するにあたり、異分野に落とし込むことで学べることがたくさんあると考えていました。
この考え方は九州大学にいた頃に身についたものなのですが、不思議なもので、視野が広がるほど自分の専門性の浅さ、不十分さに気がつくのです。共同研究で異分野の方とディスカッションしていて、それまで解決できないと思い込んでいた課題の糸口が見えた経験もしたことがあります。学際研に入所してからの2年間で、薬学研究に触れる機会や異分野の先生方との交流を通してかなり視野を広げることができましたし、研究成果としても過去の自分では着想し得なかった学際的な内容でまもなく論文化できそうです。
早瀬 学際研の意義も、まさにそこにあると考えています。研究所や研究科、あるいは講座制のなかで研究者を育てようとすると、どうしても横のつながりをつくりにくくなってしまいます。学際研からキャリアアップされた方々の話を聞いていても、研究交流の経験や学際的な視点がプラスに働いていることを実感されているようです。こうした点を鑑みても、キャリアパス構築に迷っている博士人材の方々には、ぜひ視野を広げることをお勧めしたいですね。
田原 いろいろな学問を知って視野を広げることは、進路選択においても研究の進め方においてもいいことばかりだと感じています。学際研にいると、有機化学、無機化学といった括りでものごとを考えているのがどうでもよくなるくらい、広い世界を知ることができます。物理なのか化学なのか、もっと言えば理系なのか文系なのかといった括りも取り払って、あらゆる分野の専門性を持った人材があらゆる分野で活躍できるような環境が当たり前になれば、社会をもっと良い方向に変えていけるのではないかと思います。
(取材 2023年2月)
(1)卓越研究員事業 https://www.jsps.go.jp/j-le/index.html (参照 2023-03-14)
このコンテンツは令和4年度「卓越研究員事業」の一環として作成されました。
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