「自分が何をやりたいのか」を突き詰めることで、
道が拓ける。
一関工業高等専門学校
総合科学自然科学領域長 教授
白井 仁人 氏 博士(理学)(左)
未来創造工学科 講師
林 航平 氏 博士(理学)(右)
一関工業高等専門学校(一関高専)は、1964年に国立専門高等学校(高専)の第3期校として岩手県一関市に開校しました。「明日を拓く創造性豊かな実践的技術者の育成」を理念として掲げ、2年次からの専門系選択制の導入や高学年での異分野融合型教育システムの導入などにより、より実践的で創造的な技術者の育成を進めています。同校の教員は他の工業高専と同じく、博士号取得者が多く務めており、将来のものづくりの担い手となる学生と、日々教育の場で向き合っています。
白井 一般的に高専を選択する学生は、自分の意思で物事の選択ができる傾向が強いと思います。中学校を卒業する段階で、大学進学を前提とする一般の高等学校を選ぶのではなく、理系分野を専門的に学んでものづくりに携わる道を選んできたわけですからね。特に当校の場合は寮生も多く、部活動も盛んですから、独立心が強い学生が多い印象です。卒業後の進路は、大学への編入と就職が半々くらいの割合です。
高専の授業は一般的な高校と比べて専門的な知識が必要とされるため、勤務している教員のほとんどが博士号取得者です。一方で、学生は発達途中の年齢ですから、教員には彼らの学習だけでなく進路選択や生活態度・行動をサポートできる資質が求められます。担当科目の「専門性」と、大学教員とは少し異なる「教育」に対する思いや適性を兼ね備えている方が向いている仕事だと思います。
林 私の専門分野は天文学です。宇宙を構成するダークマターの正体を突き止めることを目的とした研究に携わってきました。もともとは大学教員としてアカデミアでのキャリアを志向しており、大学教員になるには教育経験が重要視されるので、非常勤講師の経験も積んでいました。その頃から、学生と向き合いながら成長を促す高専での教育の面白さは感じていましたね。
一方で、天文学の分野ではアカデミアでのキャリア構築が難しい状況だという実感もありました。優れた業績を積んでいた方が、ポジションを取れずに業界を去る事例もたくさん見てきました。もちろん運やタイミングもあるとは思いますが、「あの人でも駄目なのか」と自信を失うこともありました。 年齢が上がるにつれてその状況はさらに悪化することが予想されました。そこで35歳を目処にアカデミアでのキャリアを諦めることを視野に入れつつ、パーマネントポジション探しをしていたところ、JREC-IN Portalで当校の募集を見つけたんです。
白井 当校の採用基準としては、先ほど申し上げた専門性と教育への適性を兼ね備えていることが大きいのですが、専門性に関しては大学ほどハイレベルな研究成果を求めているわけではありません。博士号取得者であればその時点で専門性についてはある程度担保されているという認識です。それよりは、しっかりと学生を意識した授業ができるかどうか、教育に対する熱意、人柄といった要素の方が評価の対象になります。
林さんの場合も、研究実績に関しては申し分なく、非常勤講師の経験と教育への情熱を持っていたことが採用の決め手となりました。普段の様子を見ていると、学生にしっかり向き合ってくれていますし、学生からの信頼も厚い。高専教員としての能力、適性ともに非常に高いと感じています。
林 当校に務めて2年目になります。大学受験を考慮しなくていいので、授業では純粋に数学や物理を教えられるのが楽しいですね。ある程度自分の裁量で授業を組み立てられますから、良かった点、悪かった点を抽出して質を向上しやすい。とても働きがいがあります。
なにより、高専は大学より学生との距離が近くて、勉強以外のことで頼ってくれることも多いですし、若い彼らの成長を見守れるのはとても素晴らしい経験だと思っています。今年度から担任も任されて、学生支援プロジェクトの顧問にも就任しました。学生が立ち上げた自主ゼミで大学レベルの数学や物理を教えるなど、チャレンジする学生たちを応援することが自分のやりがいにつながっているのを実感する日々です。
就職する以前は、高専では研究の時間が取れないという話を聞いていました。教育に関心は持ちながらも、自分の研究を続けたいという気持ちもあったので、やはり不安はありましたね。でも実は、高専の教員には週に1日授業がない日があるんです。そこで集中して研究が進められるので、今は研究に関してもあまり問題を感じていません。論文執筆にも着手できていますし、就職前の心配は杞憂だったと感じています。
この経験を通して思ったのは、時間をどうつくり出すかは本人次第だということです。アカデミアでも高専でも、与えられた環境のせいにして立ち止まるのではなく、その環境で何をするのかが大切で、そのためには、自分が何をやりたいかをはっきりさせなければいけません。逆に言うと、その心構えさえできていれば、人はどこでもやっていけるのではないでしょうか。
白井 高専での教育経験を大学教員になるためのステップとして、大学に転職していく方もたくさんいます。実は私もそのルートを辿って高専から大学教員になりましたが、ふたたび高専に戻ってくるというキャリアを歩んできました。振り返ってみると、やはり大学でのポストや研究がすべてではないと感じます。いまアカデミアひと筋で考えている方には、高専もひとつの選択肢だということをお伝えしたいと思います。
林さんにも、できればこのまま高専に残って経験を積んでほしいと思っています。本人もやりがいを感じているようなので、5年10年と続けてほしいです。研究をやりながら教育もやるという大変さはありますが、そのぶんやりがいも大きいですからね。
(取材 2023年2月)
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