アンテナを張って自分から飛び込み、
価値観をバージョンアップさせてほしい。
マツダ株式会社
統合制御システム開発本部 上席研究員
岡崎 俊実 氏(右)
統合制御システム開発本部
浦川 智和 氏 博士(理学)(左)
ここ数年、自動車業界は100年に一度の大変革期とも呼ばれる大きな変化の時代を迎えています。創業以来「ひと中心」の思想を掲げるマツダ株式会社では、「車が人に合わせる」くるまづくりを加速。同社の統合制御システム開発本部には、制御システムや操作インターフェイスなどを通してより快適で安全なドライビング体験を提供するために、ソフトウェアや人間研究のスペシャリストたちが集い、日夜研究・開発に取り組んでいます。
岡崎 私たちが所属しているのは、マツダの研究開発領域のなかで最も多くの人員が所属する、制御システムを開発する部門です。浦川はそのなかでも将来を見越した先行的な技術開発部門で人間研究のスペシャリストとしての活躍を期待されています。
マツダでは「人間中心開発」を標榜し、「人が車に合わせるのではなく、車が人に合わせる」という設計思想のもとでくるまづくりに取り組んでいます。私たちは、安心・安全で楽しく運転するにはどのような情報の与えかたをすればいいのか、どのような操作感覚にすればいいのかなど、脳の情報処理の仕組みを起点にして車の特性を考え出すために、脳神経科学や認知科学の専門性と実験・実証スキルを持つ人材を求めていました。まさに最適な人物が入社してくれたと感じています。
浦川 私は応用物理系の学部から医学系の大学院に進み、脳科学、生理学を学んだのちに、認知や知覚などの基礎分野を研究してきました。
企業でのキャリアを考えた最初のきっかけは、博士人材の就職難です。学部生や大学院生の頃は、論文をたくさん書くほどステップアップできると言われていたのに、ポスドクとして数年勤めたあたりで、業績を残したところでポストにつながるとは限らない現状がわかってきたのです。周囲の人たちのキャリアを見ていても、業績以外にタイミングや運などのファクターによる影響が大きい場合も多く、4〜5年ほど前から、この先ずっとこのままの状況だと自分には厳しいかも知れないと考えるようになりました。
それからいろいろな研究会やイベントに参加し始めたところ、あるシンポジウムでマツダの技術研究所の方のスピーチを聞く機会がありました。「これからはモノでは人は豊かにならない。精神的な価値を高めなければいけない」という内容で、直感的に「これだ!」と感じたのです。それまで自動車業界には関心を払ってこなかったのですが、マツダの研究者の方に話を聞いたり自分で調べたりするうちに、この会社は従来の自動車という枠を超えて社会的課題の解決へ切り込んでいける高いポテンシャルを持っていると確信し、関心を持つようになりました。
そんなときに、マツダの求人公募を見つけたのです。そこにも「人間中心」「『人間とは』を明らかにする」といった文言が詳細に書かれていました。マツダの研究者の方からも、今後自動車業界では神経科学や脳科学は間違いなく重要な技術になる、と背中を押していただけたこともあり、応募に至りました。
浦川 今は、脳の活動を測り、その結果をどのようにHMI(Human Machine Interface)の開発につなげていくか、といった内容に取り組んでいます。大学での研究の延長線上でやれていることも多く、消費者に近いところで自分の貢献をリアルに想定できます。こういった経験は大学ではあまりなかったことなので、とてもやりがいを感じています。
私は国の研究所や国立大学、私立大学にも籍を置いていたことがありますが、そのいずれでも、任期付の研究者は常に個人間の激しい競争にさらされる傾向にあり、個人的に違和感を覚えていました。現在の勤務先にある「みんなで協力してものづくりに取り組もう」という雰囲気の良さを感じています。
研究に関しても、基本的には部門のテーマに沿ったプロジェクトを進めるのですが、個人の構想力や企画力を求められる場面も多く、自ら発案してテーマ化することもできます。自分としてはかなり自由にやらせてもらっている感覚なので、会社の方針と個人としてやりたいことの方向性がマッチしているのだと思っています。
岡崎 入社後は期待通りに活躍してくれていると感じています。彼の元職場である東京理科大学との共同研究を立ち上げるなど、将来に向けた新しいテーマや構想も着実に築き上げてくれていますし、社内の表彰で新人賞に選ばれるなど、役員からの評価と期待の大きさも感じます。
マツダでは「人間中心開発」を掲げてはいますが、これまでは特にエビデンスは示してきませんでした。浦川には、マツダが科学的に人間中心の開発をやっていることの証明に取り組んでほしいと思います。
また、浦川は企画構想力もありますし、単なる専門家ではなくHMIをリードする人材に成長してほしいと思っています。大学での経験が長い分、大学や研究機関とのネットワークや分野を横断したつながりを持っているはずなので、その活用にも期待しています。
まさに当社の求める人材だった浦川を見ていると、大学にはポテンシャルを秘めた博士人材がまだまだたくさんいるのだろうと感じます。企業に来てくれたらきっとイノベーションを加速させてくれるはずなので、ぜひ選択肢に含めてほしいですね。
浦川 今になって振り返ると、企業への就職はファーストチョイスでもいいくらいだったと感じています。私の場合、ここに至るまでには自分で情報をキャッチアップして動くしかなかったので、大学や研究機関にはぜひ産学間や組織間を跨いで任期付教員やポスドクの就職支援に努めてもらいたいですね。キャリア支援の安心感があれば、博士人材は大学でももっと高いパフォーマンスを発揮できるようになるはず。その状況は大学にとっても有益なのではないでしょうか。
博士人材のなかには、キャリアに行き詰まりを感じている人もいると思いますが、自分とマッチする企業と出会えれば、大学以上に良い環境になり得ると思います。良い企業と出会うには、まずアンテナを張ること。そして自分から飛び込むこと。企業では自分の研究ができないなどと思い込まずに、自分の価値観をバージョンアップさせていってほしいと思います。
(取材 2023年3月)
このコンテンツは令和4年度「卓越研究員事業」の一環として作成されました。
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