企業

Interestingプラスαの視点を持てれば、

企業での活躍が見えてくる。

株式会社ミツトヨ

フェロー チーフコーポレートメトロロジスト

計量標準室管掌

阿部 誠 氏 博士(工学)(右)

研究開発本部

卞 舜生 氏 博士(科学)(左)

ナノ粒子から建造物まで、「測る」は世界中のあらゆる製造シーンで必要不可欠な技術です。株式会社ミツトヨは、5500種類以上を有する精密測定機器の総合メーカーであり、精密測定に関する課題を解決し、精密測定技術の練磨・革新を続けることで、顧客の事業発展や世界の産業・技術の進展に貢献することを最大のミッションとしています。同社の研究開発本部では、製品開発を行う部門のほかに、新たなアルゴリズムやハードウェアとソフトウェアの融合など、まだ世に出ていないソリューションや技術を開発する部門があり、さまざまな分野から集った博士人材の専門知が大いに役立てられています。

大学でも企業でも同じ、という考え方が少しずつ変化

阿部 当社の研究開発本部では、製品を開発・評価する部門に加えて、まだ存在しない新しいアルゴリズムやソフトウェア、センサー、カスタムICなどの開発が行われています。未来の製品を生み出し、新たな機能を実装するために、材料、電磁気、物性、ソフトウェア実装技術などさまざまな分野のスペシャリストに加え、マルチなタレントを発揮して全体を俯瞰できる人材が集うダイバーシティ豊かな部門です。

研究開発本部にいるエンジニアのうち1割弱が博士号取得者です。彼らのような博士人材は、専門分野において課題を特定し、着目点を定め、解決方法を具体化した上で自ら実行し、結果を論文にまとめるという貴重な能力を持っています。アカデミアでの研究資金の獲得や主体的に研究を完遂するという経験も含めて、その能力を当社で大いに役立ててもらいたいと考えています。

 私は学部生時代にはX線関連の研究室に所属し、光学に取り組むなかで今まさに業務で扱っている干渉計などを使った研究に携わりました。その後、物性物理分野を志して10年間以上、主に超伝導の研究を専門としていました。当時の私のキャリアパスに対する考え方は、大学での研究の継続を想定しつつも、やりたいことができるのであれば将来的な仕事環境は大学でも企業でも構わないと考えていました。

そんな私が企業でのキャリアを具体的に考えるようになった理由はふたつあります。ひとつは、アカデミアでの研究は「深く狭く」なりがちだということ。特に超伝導の分野は専門を深めようとすればするほど枠が狭くなり、ポストの選択肢も狭まってしまいます。もうひとつは、研究の内容が基礎寄りだったので、役に立つとしても何十年も後になってしまうという問題。それはそれで必要な研究ですが、もう少し成果が早く見える研究に携わりたいという気持ちが少しずつ芽生えていました。

企業での就職を視野に入れてからは、大学ポストへの応募と同時に、企業の就職サイトに自分の経歴情報を載せたりこちらから応募したりしていました。その情報を見たミツトヨの人事担当の方からメールで連絡をいただき、面接を受けて採用に至ったという形になります。

知り合いの伝手で企業に応募したり、卓越研究員事業(1)の支援で企業を紹介していただいたりもしたのですが、ミツトヨの測定器具は実際に使っていて親しみがありましたし、やっていることは自分の専門分野からは少し外れますが、「測る」という研究の最も基礎となる部分で高いシェアを誇り、さまざまな技術を持っているミツトヨに、大きな魅力を感じて入社を決めました。

企業での働き方に適応するためには、視点を変えることが大切

 入社後はソフトウェア部門に配属されました。これまで持っていなかったスキルを勉強できたり、今後ソフトウェア開発において必須となりえる人工知能の知見を得られたりするのは、とてもありがたいと思っています。

先ほど専門分野から少し外れると言いましたが、測定のための原理を考える上で、どんな計算式で測定データを解析すべきか、どんな測定原理を使えばいいのか、それを使えるようにするためにはどんなアルゴリズムを作ればいいのかという部分を考える作業は、これまで携わってきた研究とも親和性があり、経験を活かせる点もやりがいにつながっていると思います。

就職して大きく変わった点は、働き方です。大学の裁量労働的な働き方と比べて、企業に就職してからは生活が規則正しくなりました。研究時間が限定される部分はありますが、テレワークやフレックス勤務制度の利用、休暇の取得もしやすいなどフレキシブルな働き方もできるので、そこまで不自由は感じていません。

一方で、企業ならではの計画的な開発やチームでのプロジェクト進行に関しては、適応が必要だと感じています。大学では論文や学会発表がゴールになりますが、期限に関しては比較的緩い部分があると思います。企業では明確な納期があり、それまでにきちんとしたものをつくらなければいけません。

阿部 産業的な商品である以上、パーフェクトな再現性を担保しなければいけませんから、これまでの研究手法とはやや優先順位を変えていただく必要はあると思いますね。

私は、研究者が研究に携わる動機の多くは「Interesting」だと思っています。企業においてもそれは大きな動機になるとは思いますが、それが一番ではないのがアカデミアとの違いだと思います。Interestingに加えて製品や会社、そして社会のどの部分に役立つのかをしっかり意識する視点が必要です。企業に向いているかどうかは、Interestingに加えてそうした視点を動機にできるかどうかではないでしょうか。

 私はこの年齢になるまで企業活動に関わった経験がなく、一方でアカデミアをキャリアパスの絶対条件としていなかったので、なにが正解かはわからないのですが、おそらく博士人材に共通しているのは忙しくてキャリアを省みる暇がないという部分だと思います。キャリアに関する情報は自分から調べないといけませんし、そうなると優先順位が下がってしまいますよね。

ですから、どんどん人に相談したほうがいいと思います。私も卓越研究員事業のブリッジプロモーターや就職サイトの方にはずいぶんお世話になりましたし、人の意見を聞くと考え方も視野も広がることを実感しました。

就職活動に際しては、私の場合は自分の専門と少しでも重なっていれば応募するようにしました。主な分野が異なるときは共通項となる部分をアピールするように心がけましたね。

それからマッチングしなくても落ち込まないこと。面接まで進めるのは10社のうち1社くらいが当たり前と考えて、1社落ちても気にせず切り替えることが大切です。

今後は、せっかく企業に就職したので、歴史に残るものではなくても社会にとって有用なものづくりに携わっていきたいと思います。もっと新しいもの、もっと良いものをつくるという根幹の部分は変わらずに、取り組んでいければと思っています。

(取材 2023年3月)

(1)卓越研究員事業 https://www.jsps.go.jp/j-le/index.html (参照 2023-03-29)

このコンテンツは令和4年度「卓越研究員事業」の一環として作成されました。
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