企業

視野を広げれば、専門性や可能性を生かす道は必ず見つかる

アステラス製薬株式会社

創薬アクセレレーター・自然免疫制御研究ユニット・ユニット長

小池 貴徳 氏 博士(農学)(中)

創薬アクセレレーター・自然免疫制御研究ユニット・サイエンスディレクター

佐波 謙吾 氏 博士(薬学)(右)

創薬アクセレレーター・自然免疫制御研究ユニット・薬理研究員

亀井 竣輔 氏 博士(薬科学)(左)

目覚ましい進化を続ける医療業界ですが、いまだに有効な治療法が見つからず、医薬品などの開発が進んでいない病気も数多く存在します。日本発祥のグローバルカンパニーであるアステラス製薬は、これらのアンメットメディカルニーズ(満たされない医療ニーズ)の高い疾患分野において、革新的な医薬品の創出に取り組んでいます。特に研究開発部門では高度な専門性が必要とされ、多くの博士人材が活躍しています。

一緒に働くイメージがつくかどうかは、評価のポイントひとつ

小池 当社は医薬品を扱うグローバル企業で、日本のみならず、欧米やアジアにも研究開発拠点、生産拠点を置き、世界約70以上の国と地域でビジネスを展開しています。抗がん剤や免疫抑制剤などのいくつかの主力製品を有していますが、近年は低分子、抗体以外にも細胞医療、遺伝子治療といった新たなモダリティに基づいた創薬に力を注いでおり、アンメットメディカルニーズに応え、患者様にとって真に価値のある製品の創出に挑戦しています。

私たちの所属する自然免疫制御研究ユニットでは、自然免疫の制御を通して、自己免疫疾患などの免疫・炎症に関連する疾患に対する治療薬の創製を目指して研究開発活動を行っています。亀井を採用したときには、薬理研究者であり、実際に現場で手を動かして実験をし、さらに自分で新しいプロジェクトを立ち上げられるような人材を希望して、募集活動を進めていました。

製薬会社は同業他社での実務経験者を採用しがちなイメージがあるようですが、そのような縛りはなく、アカデミアも含めて幅広く募集を行っています。博士であっても修士であっても、企業からの中途採用も含めて、まずは広く話を聞いた上で、私たちの希望に沿う人材を探すスタンスですね。

一方で、博士号を持っていることは海外では特に重要ですから、グローバルな研究が増えている今、博士人材であることを評価する傾向はあるかもしれません。一方で、入社時は修士しか持っていなくても、働きながら博士号を取得する者もたくさんいますし、会社としてもバックアップしています。実は私も、就職後に博士号を取得したひとりです。

佐波 博士人材は、特定の分野で深く研究されていることを前提として、仮説立案と検証のサイクルをしっかり回す経験を持っているのが大きな特徴だと思っています。比較的こだわりが強く、文献検索や学会から持ち帰ってくる情報を見ていても、自分がよいと思うものをしっかりと主張する方が多いように感じます。

我々のユニットのように、創薬アイデアの立案,モノづくり,検証という創薬研究の段階では、大いに博士人材の力を生かせるポストがあると思います。一方で、臨床開発を進める創薬後期のフェーズでは、実務経験者の方が望ましいとされることが多いと思います。

亀井 私は現在、薬理研究員として研究活動を行っています。具体的な業務としては、動物や細胞を用いた薬理評価や、既存のテーマのみならず新規のテーマ立案など、バイオロジーの観点から様々な創薬活動に携わっています。

大学時代には薬理系の研究室に所属していて、収益性が低いなどの理由でメーカーがターゲットにできないような希少疾患領域で創薬ができないか、という観点で研究に携わっていました。学部3年生から7年間、現職にもつながる薬理研究の基礎を叩き込まれました。

博士の学位取得後は、ポスドクとしてアメリカに約4年間留学して、主に感染症や自然免疫と言われる免疫の基礎を中心に研究を重ねました。母語と異なる言語圏で、自主的に研究に取り組む手法を学ぶことができて、視野を広げられた4年間だったと感じています。帰国後はテニュアトラック採用で助教として大学に雇用いただき、2年ほどそれまでとは異なる血管やがんなど幅広いジャンルの研究と教育活動に携わっていました。

そのような研究生活を行うなかで、任期後や将来のキャリアが見えづらかったこと、多忙な業務とワークライフバランスの維持、なにより薬学研究者を志した根幹である、プレイヤーとして基礎研究だけでは難しい誰かに何かを届けられるような創薬研究に携わりたい、という思いもありキャリアを見つめ直すようになりました。

30代や40代という人生で最も力と経験に満ちた時期に将来のキャリアも見据えた業務に携われる場所を探して、企業・アカデミア関係なく、様々な分野のポストを調べていました。ただ、助教の任期半ばだったこともあり、積極的な就職活動というよりは、どういったものがあるのかを見てみたいという興味や関心の方が強かったと思います。具体的な転職を考えていなかったそんなときに、偶然一般の就職サイトを通してアステラス製薬からお声がけいただき、最初は驚きましたが、面談などを経て現在に至るという形です。

小池 亀井の例に限らず、最近は一般の就職サイトからの採用も多いですね。近年はメジャーな就職サイトに登録している博士人材の数が増えていることも、一般の就職サイトからのマッチングが増えている要因のひとつではないかと推察しています。

採用面接では、バックグラウンドは薬理の佐波が専門性を評価して、私は人物を評価するという役割分担を行なっていました。私が重視したのは、一緒に働くイメージがつくかどうか。噛み砕いて言うと、論理的であることや話しやすいこと、熱意を持っていることなどがポイントになったと思います。

自分の研究がいかに会社で役に立つかという話も大切ですが、たとえ専門分野が異なっていても、ご自身がこれまでやってきたことについてきちんと話せる方は印象がいいですね。

佐波 私が重視したのは、まず大前提としてサイエンスを理解する知識や経験があること。それに加えて柔軟な環境に適応して新しいアイデアの創出が期待できそうか、という点です。亀井はアカデミアでの留学経験もありますし、アカデミアの研究ネットワークを持っていました。学生指導経験についても、今後チームを率いて仕事を進める立場になったときにプラスになると感じました。さらに、さまざまな疾患の研究経験を持っていたこともポジティブでしたね。会社という組織は戦略が変わることもあるので、環境変化に柔軟に適応することも大事な要素となります。

そしてなにより、この会社でやりたいことや、なぜ今転職しようとしているのかといった点についてはっきりと私たちに伝えてくれました。その段階で非常に波長が合うというか、この人と一緒に仕事できたら新しいことを生み出せそうだな、という予感がありましたね。

その予感の通り、入社してまだ3ヶ月ほどですが、期待以上の働きをしてくれています。自分で見つけた情報を他のメンバーと共有し、ディスカッションの中からアイデアを生み出す過程を経て、すでにいくつかの提案もしてくれています。

自由度の高い環境で働けることにやりがいを感じる

亀井 入社前は、アカデミアは比較的自由に創作的なアイデアを出し合って研究を進めていくのに対して、企業はモノをつくるために上下関係やラインがある中で研究を進めていくといったイメージを抱いていました。ただ実際は、年齢や立場に関係なくアイデアを出し、それが受け入れられやすい環境が整っていると感じています。いい意味で予想を裏切られましたね。

小池 それはとても嬉しい感想です。実は、当社の以前の戦略では、がんや泌尿器など疾患領域を定めた上で、研究を行う方針を採っていました。ですが、近年はその方針を変更して、出口疾患ありきではなく、モダリティやバイオロジー等多面的なアプローチを大切にし、現場の研究者のアイデア創出を後押しする文化に変わってきています。

佐波 それから、自社の中だけで創薬の標的を見つけてすべてを社内で完結するのではなく、アカデミアとの共同研究で創薬研究を進めるスタイルが主流になってきているので、アカデミアの目線や技術、知識が重視されている状況も亀井の感じる働きやすさに影響しているのではないかと思います。

亀井 その文化は私も感じますね。実は、他業種のリサーチをしている期間に他に何社かスカウトを受けて面談まで進んだ企業がありました。ただ多くが、私に期待される業務が明確に決まっていると感じる企業が多く、自分が何をやるかが見えているのはいいのですが、それ以上やりたいことができるかという不安はありました。

一方で当社の面談では、モノをつくって誰かに届けるために自由に考えを出し合える風土があるということを聞いて、そういう現場であればぜひ働いてみたいと思った記憶があります。また、そんな環境で自分の力を必要としてくれていたことが、何よりも嬉しかったですね。

自由に研究アイデアを立案したりディスカッションしたりなど現在多くの時間を創薬研究に充てているため、「アカデミアの頃よりサイエンスや、患者様・社会への研究のアウトプットを考える時間が増えているな」と日々感じて非常に満足しています。

ポジティブな意識でさまざまな部分に目を向けてみてほしい

亀井 博士人材が就職を考える場合には、大前提として専門性を持っていること。それに加えて、仮説を立てて論理的に展開して何かを成し遂げる力が必要とされると思います。私の場合、大学院時はリーディング大学院にも所属しており、専門課程に加えて研修やインターンシップを経験する義務がありました。研究をおろそかにするわけにはいきませんから、その義務を遂行するのは大きな負担だったのですが、研究以外にも視野を広げて得た知見や経験は、特に不確実性の高い今の世の中においてはとても有益だったと感じています。

博士人材は、専門性を極めた経験、極める力を他でも応用できると私は思っています。ひとつの物事を突き詰めて何かを実現する博士人材の能力は、業種問わずどんな分野でも生かせると確信しています。博士人材は社会に出る道がとても狭くて、閉ざされているような印象を持つ人も多いかもしれません。それが原因で博士課程に進学しない学生が増えていることも事実だと思います。ですが今の世の中では、一人ひとりがそれぞれの能力を社会にどのように還元できるかが鍵になるはずです。少し視野を広げれば、博士の専門性や自分の可能性を生かす道は必ず見つかります。ポジティブな意識でさまざまな部分に目を向けてみてほしいと思います。

就職活動を経験してみて思うこととしては、求職者側が受け身だと、なかなか情報が届かないということです。参考程度の情報を得たいと思っている段階でも、気軽に情報を得られるシステムが増えると、求職者側、企業側双方にメリットになるのではないかと思います。アカデミアの方は主に JREC-IN Portalを使うことが多いと思うのですが、現状はアカデミアのポストがほとんどです。アカデミア以外の募集情報も載っていると、より選択肢が広がると思います。

また企業側にも、募集の際の条件をもう少し緩和もしくは拡大してもらいたいと思っています。実際に私も、「業務経験必須」と書かれていたのに、先方からご連絡をいただきお話を伺うとそうではないといったケースを経験しました。厳しい条件設定で応募を絞る意図があるのかもしれませんが、その条件を見て応募すら検討しない優秀な人材をとりこぼす結果になっている場合もあることを考慮していただけたら嬉しいですね。

小池 博士人材の皆さんにはさまざまな選択肢があると思っています。専門性を大事にしながらも、自分の中で選択肢を狭めないようにしてほしいと思います。また、企業側も博士人材の強みを理解したうえで、彼らが活躍できる環境をつくる。その双方のマインドや取り組みが大事だと思っています。

企業は、博士人材がしっかりキャリアをイメージできて、それを実現するためのサポートは大切ですし、博士人材もサイエンスだけでなくコミュニケーション能力をはじめとする社会的な能力を身につけて、どんどん社会に出て活躍してほしいと思っています。

佐波 私自身、博士課程を終えるときに、就職するかアカデミアに残るか悩んだ時期がありました。そのときには、先輩や修士で就職した同期に相談して、会社という場所はどんな雰囲気で、どんな研究をしているのか、という情報をインプットしてもらうことで考え方を整理できました。周りの人を頼って未知の部分を減らすことは、踏み出すための第一歩となり得るのではないかと思います。そうやって視野を広げることで自分にマッチしたポジションを見つけられると思うので、さまざまな可能性に目を向けてみてください。

博士課程への進学を迷っている方には、博士号を取れるときに取っておいた方がいいとアドバイスさせてもらいたいですね。会社に入ってから取得する機会もありますが、必ず取得できる保証はありませんから。

(取材 2024年1月)