大学等

研究所から一歩外に出て、いろいろなドアをノックしてほしい

文部科学省

大臣官房 人事課 人事企画官

中澤 恵太 氏(右)

科学技術・学術政策局 政策課 総括係

竝木 茂朗 氏 博士(理学)(左)

文部科学省は、教育の振興及び生涯学習の推進を中核とした豊かな人間性を備えた創造的な人材の育成、学術の振興、科学技術の総合的な振興並びにスポーツ及び文化に関する施策の総合的な推進を図るとともに、宗教に関する行政事務を適切に行うことを任務とする官庁です。我が国において、博士人材が国家公務員に占める割合は、諸外国に比べて低いのが現状ですが、同省では近年、博士人材が持つ専門知識や課題解決能力が政策立案などに活かせるとして、博士人材の採用プロモーションに積極的に取り組んでいます。

博士人材の胆力を活かして国の中枢を担う

竝木 私は宇宙物理学を京都大学で学びました。研究の楽しさに触れ、興味がある分野をより深く学びたいと考え始めたのは学部4回生のときです。その後総合研究大学院大学の5年一貫制博士課程に進み、研究生活は非常に有意義だったのですが、4年生の頃、とあることがきっかけで、学問を真に社会に受け入れてもらい、人々の役に立てるためには、アカデミアの一員として中から訴えるより、外部から影響を与えられる方がいいだろうと考えるようになりました。

そこから行政官の道を志し、当省に入省しました。昨年度は、研究開発局の宇宙開発利用課でロケットの打ち上げプロジェクトやJAXA(宇宙航空研究開発機構)の予算確保などの業務を行っていました。自分の専門知識を活かしながら働けたと感じています。今は科学技術・学術政策局の政策課で、科学技術関係の部署の取りまとめを行っています。内閣府のCSTI(総合科学技術・イノベーション会議)から依頼のあった業務に対して、省内のどこに割り振るかを検討したり、ひとつの部署では収まらないような議題について省内の整理をつけたり、そういった調整を行う業務ですね。

まだ入省2年目ではありますが、大臣が国を代表して話す内容を検討するプロセスに自分が参加していることに、非常に大きなやりがいを感じています。また、複雑な要素を解きほぐして整理する仕事なので、博士課程で身につけた論理的な思考力や調整力を活かせていると実感しています。

中澤 当省での採用プロセスは、学士であっても修士であっても変わらず、全省共通の国家公務員試験を通った上で、通常は6月中旬くらいに行われる官庁訪問を経て、採用という流れになっています。

当省の採用分野は総合職と一般職に分かれていて、そのうち総合職は技術系と事務系に区分されます。竝木も含まれる技術系の職員は、比較的科学技術分野に配置されることが多いですね。また、ここ5〜6年ほどで、技術系の職員における博士課程修了者が大幅に増えてきている印象です。令和5年度は採用者35名のうち、5名が博士課程出身者。採用のタイミングで博士号を持っていない者もいますが、多くの場合入省後に博士号を取得しています。博士人材が増えるこの流れは、今後も加速することが予想されます。

当省のなかでは、博士人材の評価として3つのポイントを設けています。1つ目が企画創造性。試行錯誤しながら俯瞰的な視野を用いて、エビデンスに基づいて新しい政策を開拓する能力ですね。2つ目が博士号を取得した各分野における専門的な知見や人的ネットワーク。そして3つ目が国際性。海外では博士号を持っている人材は非常に高く評価されます。博士号の国際的な信頼に裏打ちされた交渉力には大きな期待がかけられています。

特に1つ目の企画創造性について申し上げると、やはり博士課程でもまれてきた人材は、物事に対して常に疑問を持ち、データを検証して、改善のための提案する能力が備わっていると思います。しかも、10年前と比べて企画創造性に優れた博士人材は飛躍的に増えています。当省では、博士号取得者の座席表に「Ph.D.」と記載して博士人材の存在をアピールしているくらい、頼りになる存在です。

竝木 確かに、どこが課題かを見極めるのは研究活動では必須の素養ですから、博士人材の企画創造性は鍛えられているかもしれません。それに加えて博士人材は、大勢が見ている研究発表の場で自分の研究をアピールしたり、高名な研究者と議論したりといった経験を数多く持ち合わせていますから、自分の意見を伝えるのに物怖じしない胆力は備わっていると思います。

中澤 胆力は、まさに竝木本人から強く感じる部分です。彼は入省して間もないにも関わらず、トラブルがあっても冷静に課題を見つけ出して対処する姿はとても頼もしく、宇宙開発利用課内でも非常に評価が高かったです。

今は我が国の科学技術政策を俯瞰して、取りまとめるポジションで勉強してもらっているところですが、近い将来、自らが主体となって政策をつくるポジションに就いてもらうことになるはずです。その際には今よりさらに博士人材としての能力を発揮して、活躍してくれることを期待しています。

博士人材はもっと活躍する場所を広げられるはず

竝木 サイエンスは日本の大きな柱の一本だと思っています。それを支えるために、これまで自分が見てきたこと、感じてきたことを活かしながら、特に人材政策という分野で、博士やポスドクの皆さんの意図を汲んで、彼らに伝わる政策に携わっていきたいと考えています。

博士人材は、絶対に能力の下地は身についているはずです。私は、その能力を自分の研究以外の場所でどうやって使えばいいのかわからない人が多いことが、ひとつの課題なのではないかと感じています。実は私自身も、最初は嫌々引き受けた研究会の運営業務を通して、自分に調整能力が備わっていることに気づき、それがアカデミア以外でも活躍できる自信を持つきっかけに繋がったのです。ですから博士人材の皆さんには、アカデミアの外に出ていろいろな人と交わったり、研究とは直接関係ない大学や学会の業務に携わったりして、自分の能力の活かし方や新しい能力を見つけてほしいですね。

それから、早い段階で自分の将来をシミュレーションしておくべきだと思います。博士号を取得した後はアカデミアに残るのか。残るとしたら自分の専門分野にはどれくらいのポストがあるのか。最終的に望むポストに辿り着くにはどういうキャリアを踏まなければいけないのか。そして、それが難しい場合には企業就職もあり得るのではないか。そういうことを考えて、できれば博士前期課程のうちに、ある程度道筋を描いておいた方がいいと思います。

実は私はアカデミア支援にも興味があったので、民間への就職活動も行っていました。ですが、周りに就職活動をしている博士がいなかったため、ノウハウも知識もない状態で、とりあえず大学院生に特化した民間エージェントを探して登録したものの、思うようなポストを紹介してもらえずに諦めた経緯があります。早い段階から情報収集を行うことは、選択肢の幅を広げるためにも有益だと思います。

中澤 これまで、官公庁の人事制度においては年功序列の傾向がかなり強かったのですが、昨年度から一部制度を変更して、優秀な博士人材に関しては各ポストに必要な在級年数を短縮できるようになりました。これまで同じ年齢の学部卒職員との間に存在していた5年間のビハインドがあるわけですが、優れた業績を残した博士人材については、人事評価を経た上で、40歳前後で挽回することも可能となっています。

これは私の実感なのですが、博士人材の皆さんは、自分が思っている以上に、「知の担い手」として社会のいろいろな場所で求められている存在だと思います。ジョブ型研究インターンシップを受け入れている企業の方とお話ししていても、最近は大きく潮目が変わってきていると感じます。特に日本を牽引するようなリーディングカンパニーやスタートアップに顕著な傾向なのですが、「博士人材を確保しないと自社のコア・コンピタンスを発展させられない」と考える企業が増えているのです。

私も修士号を取得していますから、研究に打ち込む楽しさは知っているつもりです。ですがそこにとどまらず、自分の専門から一歩隣の分野に踏み出したり、研究そのものの幅を少し広げたりしてほしいと思います。そこで得られたトランスファラブルスキルによって、きっと新しい景色が見えるはずです。ぜひとも、いろいろなドアをノックしてみてください。

(取材 2024年1月)