大学等

異分野との協働、アントレプレナー教育によって課題解決型の柔軟な博士人材を育てる

東京農工大学大学院

工学研究院・産業技術専攻/生命工学専攻

教授 長澤 和夫 氏

東京農工大学では、2007年からイノベーション人材育成のための様々なキャリア支援を行ってきました。その特徴は、異分野と協働して実践的な課題解決を行うことで、実社会で活躍できる博士人材を育成する点にあります。長期インターンシップや海外大学とのチーム研修などを通じ、学生がチームビルディングと問題解決の手法を学ぶ機会を後押ししてきました。2021年には、これまでの知見とノウハウを体系化した「未来価値創造研究教育特区(FLOuRISH)」を創設。新たな人材育成の場を設け、さらに博士人材の支援に力を入れています。

協働に主眼を置いたイノベーション創出人材育成プログラム

東京農工大学では、イノベーション教育の具体的な取り組みとして企業や海外機関と連携し、多様なバックグラウンドを持つチームが協力して課題を解決する場を設けています。例えば、ドイツ・シュタインバイス大学と行う「シュタインバイス大学日本研修」や、2014年度から2016年度まで採択された文部科学省「グローバルアントレプレナー育成促進事業(EDGEプログラム)(1)では、東京農工大学の学生・海外大学の大学院生・外国人留学生・企業の若手社員などのメンバーがチームを作り、協力企業から出された課題に対して解決案を模索するPBL(Project Based Learning:課題解決型学習)を進めてきました。

また、2020年度から大学独自事業として実施している「理系ビジョナリー・リーダー・プログラム」では、博士学生同士や企業の若手研究者と共にビジネスプランを考案する実践学習を行っています。学生が自身の専門性を活かしながら課題を解決し、さらに事業提案にも結びつけることで、研究力・課題解決力・事業提案力を培うための取り組みです。

このような数々の取り組みの中で、多様な世代・立場の方とのチームビルディングが博士人材の視野を広げ、社会の様々な課題を解決する上で有効に働くことを実感してきました。そこで2021年度からは、従来の知見をより体系的に実践する場として「未来価値創造研究教育特区」(以下「FLOuRISH」)を創設しました。

FLOuRISHによる新たな取り組みとイノベーションガレージ構想

FLOuRISHは、理工系博士人材の研究学修環境の整備とキャリアパスの創成を目的に作られた研究教育特区です。既存の大学院教育の枠組みを取り払うことで、農学・工学を融合した先端研究のサポートや共同研究チームの形成、さらには大学の研究成果の事業化や社会実装を視野に入れたアントレプレナー教育を進める場としてスタートしました。研究サポート面では、研究情報の収集や研究成果の社会発信などを支援する産学連携人材として「チーム付アドミニストレーター(TERA)」を配置しています。これは博士人材のサポート職であると同時に、将来的には本学のイノベーション教育を受けた博士人材の進路の一つとなることも期待しています。また、先鋭的な研究力を有する人材に対する奨励金制度や研究費の支給制度、研究成果を事業化する際の起業資金の支援制度の整備も進めているところです。

さらに、2022年夏にはスタートアップ支援を手がける企業との連携による「イノベーションガレージ構想」がスタートします。これは、大学の研究成果の事業化をサポートする取り組みの一つです。イノベーションガレージを異分野の博士学生同士や大学教員同士の交流の場として、さらには事業会社やベンチャーキャピタル、起業家とのネットワーク構築の場として機能させつつ、起業意欲の高い博士人材を育成し、事業構想の構築や資金調達などの支援を行っていく予定です。

キャリア支援としてのアントレプレナー教育と長期インターンシップ

このように、FLOuRISHでは従来の取り組みから一歩進んだ、博士人材が自発的に異分野と協働できる仕組みを用意しています。アントレプレナー教育に力を入れるのは、起業家に求められる問題を洗い出す力や、課題解決のためのアプローチを考える力、協働を行う際のチームビルディング、資金や資材を調達する力などが、大学やアカデミアにおいて研究を行う際に求められる研究力にも通じるためです。

また、企業と取り組む共同研究や課題解決の場を設けることは、博士人材のキャリア支援に繋がります。課題解決型の実習は3ヶ月から1年と長期間で行われることもあり、博士人材がその企業へ就職するケースも少なくありません。このような企業との協働の仕組みを、FLOuRISHでさらに体系的に推し進めていくことも計画しています。

自身の技術力とチームビルディングで未来を切り拓く博士人材を

これから博士課程に進学する学生、現在博士課程で学んでいる学生には、世の中に山積する課題に気付き、自身の持つ技術力や研究力を活かして解決する方法を身に付けてもらいたいと思っています。一人では解決できなくても、同世代の博士人材や異分野の仲間とチームを組んで達成できることはあります。価値観が多様化している現在、変革や改革は大企業に就職しても求められる力の一つです。博士学生ならではの高い技術力をもとに、イノベーティブな分野を切り拓いて、新しい世の中を作ってほしいと思います。

本学ではこれからも、尖った研究力に加え、広い課題意識を持ったイノベーティブな博士人材を輩出していきます。企業の方には、東京農工大学が推し進めるアントレプレナー教育の輪に加わっていただき、柔軟な課題解決ができる博士人材の育成をぜひサポートしていただきたいです。

記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。

(1)グローバルアントレプレナー育成促進事業(EDGEプログラム) https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/edge/1400289.htm (参照 2022-03-14)