大学等

「研究第一主義」がトランスファラブルスキルの高い人材を育む

東北大学

高等大学院機構 大学院改革推進センター長

工学研究科 教授

安藤 晃 氏(右)

高等大学院機構 大学院改革推進センター

特任助教

梶田 諒介 氏(左)

東北大学では「研究第一主義」を掲げ、全学的に研究を通した人材育成に取り組んでいます。十数年以上継続している博士人材のキャリア支援では「トランスファラブルスキル」の養成に主眼を置き、博士人材が研究に打ち込める環境に配慮する一方で、研究者に必要な能力を体系化したフレームワークを活用したコンテンツの作成や領域横断型プログラムの展開など、研究を通して得られる経験や技術が社会でも生かせることを体感できるようにプログラムを工夫しています。

自分自身の能力を自覚してもらうことが大切

安藤 東北大学では、学問の発展、社会の変化に柔軟に対応する領域横断型の大学院教育体制を構築することを目的として、令和3年度から「東北大学高等大学院機構」を設置しました。国際共同・産学連携の学位プログラムのほかに東北大学独自のプログラムも展開しており、領域横断型で国際的かつ学際的な研究を推進しています。

私たちが所属する大学院改革推進センターもこの高等大学院機構のなかに位置付けられており、「博士人材ユニット」という組織を中心に、博士後期課程学生への一元的な研究およびキャリア支援を提供しています。博士人材ユニットでは、年に2回集中講義を実施して、専門分野を超えて移転・応用可能な「トランスファラブルスキル」の養成を目指す「イノベーション創発塾」を開講しているほか、インターンシップ経験者や企業担当者と交流できるインターンシップセミナー、オンライン交流会、企業とのマッチングイベント、ジョブフェアといった企画を実施しています。近年は、文部科学省のジョブ型研究インターンシップ推進協議会や産学恊働イノベーション人材育成協議会と連携した長期インターンシップにも力を入れています。個別相談も充実しており、博士人材一人一人の研究内容や将来への不安を汲み取りながら、細やかに相談を受け付ける体制を整えています。

東北大学で学ぶ博士人材は研究に打ち込みたいと考える方が多いので、博士課程で学んだことを社会の中で生かすための結びつきを支援するのが私たちの役目だと思っています。

例えば、理論系や文系のような真理の探究に力を注ぐような分野においては、アカデミックのパスが見えていればよいですが、そうでない場合は自分の経験や能力が社会の中で役に立つのかどうか、不安になることもあるはずです。そんな不安や悩みを抱えた博士人材に、私たちの用意したプログラムを通して、真理を探究した経験が十分社会でも役に立つと体感してもらうこと。そして彼ら自身に、持っている能力を自覚してもらうことが大切だと考えています。

梶田 私たちは、研究職であるか否かを問わず、博士人材が社会に出たときにどんなスキルが必要なのかを具体的に示す指針として、イギリスの研究者職能開発プログラム「Vitae」が開発した、研究者に必要な能力を体系化したフレームワーク「Researcher Development Framework」を活用したコンテンツを作成しました。これはJSTにも協力を仰いだコンテンツで、この教材を通してより多くの博士人材にトランスファラブルスキルの概念を学んでもらいたいと思っています。

専門性を生かすためにも幅広い選択肢を

安藤 キャリアを決めるのは、博士本人の「どう生きていきたいか」という思いが一番大事です。もちろんアカデミアも選択肢の一つですが、研究で成果を出して研究論文をたくさん出している学生でも、タイミングによってはその分野でポストの公募がない場合もあります。逆にアカデミアのポストはあるけれど企業への就職と迷うこともあるでしょう。そんなときに先達のキャリアモデルをたくさん示すことも私たちの役割のひとつです。

梶田 私自身も地域研究で博士号を取っていますが、特に人文系の博士人材の場合、研究キャリアのなかで企業とのコネクションを築く機会が少ないので、私たちが事例を示すことが大切だと思います。企業側に対しても、人文系や理論系の学生が社会で役立つスキルを持っているという意識改革を促せるようなサポートをしていきたいですね。

安藤 企業との関係構築は課題の一つです。例えば、留学生を受け入れてくれる企業の情報が研究室や学科単位で止まってしまい、なかなか全学的な情報共有ができていません。企業側にも呼びかけて情報提供してもらえるようなシステムが構築できないか、検討しているところです。

また、東北大学には学内に企業の研究所を設けて、共同研究などを通して学生の育成に一緒に取り組むプログラムがあるのですが、もっと多くの企業に大学の中に入っていただいて、お互いの理解を深め合う機会を広げたいと考えています。

梶田 博士課程は、社会に出る前に自分の視野を広げられる最後の機会です。研究一筋でも結構ですが、学生の間は自分の研究以外の時間も比較的つくりやすいはずです。さまざまな活動やプログラムに参加して、自分の専門性を生かして社会に貢献するイメージを持ってもらいたいと思います。

安藤 大学院というのは、自分が面白い、好きだと思うことをとことん突き詰めるなかで、論理性や倫理観、課題解決力を身につけて、人として成長する場所です。東北大学では「研究第一主義」を掲げていますが、これは研究が一番大事ということだけではなくて、研究する中で人が育つという理念を表した言葉です。学生の皆さんの博士課程への進学という選択を、その後の人生の中でかけがえのないものにしてもらうためにも、私たちは幅広い選択肢を用意して支えていきたいと思います。

記事の内容は、2022年3月取材時点の情報に基づき構成しています。