Q1.レッスンに出てきた水の分子軌道は分子全体に広がった軌道であり、化学でよく使われるOH結合軌道とか酸素の孤立電子対軌道などとは異なっている。結合領域や原子に局在した軌道を考えることは間違っているのだろうか?。

Q2.Hartree-Fock法の計算精度は?

Q3.開殻電子系にも適用できますか?

Q4.基底関数にはどのようなものがありますか?

Q5.分子計算のプログラムを紹介してください。

Q6.電子相関の重要性は、Hartree-Fock法では不十分だということを意味するのでしょうか?

Q7.動的電子相関と静的電子相関はどのように区別するのでしょうか?

Q8.電子相関理論は数多くあるようですが、どのように選べばよいのでしょうか?

Q9.励起状態を扱うにはどのようにしたらよいのしょうか?

Q10.密度汎関数法はなぜ化学現象を高精度に再現できるのですか?

Q11.密度汎関数計算を実際にやってみたいのですが、どんなプログラムを使えばよいですか?

Q12.交換相関汎関数にはいろいろな種類がありますが、どれを使うべきでしょうか?

Q13.数値積分法にはどのような方法があるのですか?

Q14.汎関数補正法にはどのような方法があり、どの程度信頼できますか?

Q15.化学において相対論効果は本当に重要なんですか?

Q16.相対論効果を取り込むために色々な方法を紹介されてますが,どの方法が一番いいんですか?

Q17.分子動力学(MD)法とモンテカルロ(MC)法はどのように使いわけるのですか。

Q18.アンサンブルはどのように選択するのですか。



Q1
レッスンに出てきた水の分子軌道は分子全体に広がった軌道であり、化学でよく使われるOH結合軌道とか酸素の孤立電子対軌道などとは異なっている。結合領域や原子に局在した軌道を考えることは間違っているのだろうか?


A1

Q2
Hartree-Fock法の計算精度は?


A2
Hartree-Fock法では通常、全電子エネルギーの99.5%を算出します。しかし化学が問題にするのはkJ (kcal/mol)のオーダーの小さなエネルギー差であり、十分な定量性があるとはいえません。しかし定性的には正しい答えを与えることが多く、実験化学者にも広く使われています。Hartree-Fock法は分子構造や振動数などの平衡構造近くでの物性はいい値を与えます。しかし平衡構造からずれた核配置での計算にはかなりの誤差が含まれます。またイオン解離は記述できますが、ラジカル解離は記述できません。

Q3
開殻電子系にも適用できますか?


A3
開殻電子系にも同じように適用できます。2つの近似があります。1つはRestricted Hartree-Fock (RHF) とよばれ、閉殻Hartree-Fock法と同じようにαスピンとβスピンが同じ空間軌道を占める制限型です。もう1つは異なるスピンには異なる空間軌道を用意する非制限型で、通常Unrestricted Hartree-Fock(UHF) 法とよばれています。両者とも開殻電子系の計算によく使われています。UHF法にはスピン分極効果が取り込まれるため、スピン密度の計算などに有用ですが、波動関数はスピン演算子S2の固有関数ではありません。一方、RHF波動関数はS2の固有関数ですが、スピン分極効果を取り込むことはできません。

Q4
基底関数にはどのようなものがありますか?


A4
現在ではGauss型の基底関数が使われています。すべての元素についてさまざまな基底関数が用意されています。
大きな基底関数ほど高い計算精度が期待できますが、その分計算時間もかかります。基底関数の選び方は、理論的にはすっきりしていなくて、多分に“経験的要素”が含まれます。

最近よく使われている基底関数は、AlmlofとTaylorによるANO(Atomic Natural Orbitals)とDunningによるcorrelation consistent基底関数です。

なお、さまざまな基底関数は次のweb siteに掲載されています

http://www.emsl.pnl.gov:2080/forms/basisform.html

Q5
分子計算のプログラムを紹介してください。


A5
以下に代表的なプログラムとそのweb siteを記載します

Gaussian (http://www.gaussian.com/)
GAMESS(http://www.msg.ameslab.gov/GAMESS/GAMESS.html)
MOLCAS(http://www.teokem.lu.se/molcas/)
MOPRO(http://www.tc.bham.ac.uk/molpro/)
NWChem(http://www.emsl.pnl.gov:2080/docs/nwchem/nwchem.html)
Dalton(http://www.kjemi.uio.no/software/dalton/dalton.html)

Q6
電子相関の重要性は、Hartree-Fock法では不十分だということを意味するのでしょうか?


A6
必ずしも、そうではありません。平衡構造付近の基底状態分子の電子状態は、Hartree-Fock法によって、よく記述されます。
多くの分子は、平衡構造の基底状態にありますから、Hartree-Fock法の適用範囲は、かなり広いと言えます。
しかしながら、平衡構造から離れた構造、例えば、遷移状態、解離状態では、十分ではありません。
また、励起状態の記述も同様です。このような場合には、電子相関を含んだ理論が必要となります。

Q7
動的電子相関と静的電子相関はどのように区別するのでしょうか?


A7
これら二種の電子相関は、厳密に区別することはできません。
動的な電子相関は電子の衝突によるもの、静的な電子相関は擬縮退効果によるものとされていますが、純粋な電子の衝突によるエネルギー、また、純粋な擬縮退効果によるエネルギーは定義できないからです。
ただ、おおまかには、Hartree-Fockエネルギーと多配置SCFエネルギーの差を静的電子相関によるエネルギー、多配置SCFエネルギーと厳密なエネルギーの差を動的電子相関によるエネルギーと言うことはできます。

Q8
電子相関理論は数多くあるようですが、どのように選べばよいのでしょうか?


A8
求めようとしている量の精度とそのときに必要な計算量に依存します。その両方を検討し、可能な計算量の中で最も精度の高くなる計算法を選ぶのがよいでしょう。
最も計算量の少ないのは、2次のメラー・プリセット摂動論で、精度はそれほど高くありませんが、比較的大きな分子に適用することができます。逆に、よく用いられる方法で、精度が高いのはCCSD(T)法です。

一般には、この間にあるどれかの方法を選ぶことになります。CCSD(T)法よりも精度の高い方法はありますが、非常に計算量、計算機資源を要するため、小さな分子を除いて、あまり用いられることはありません。

Q9
励起状態を扱うにはどのようにしたらよいのしょうか?


A9
レッスン中では、主にHartree-Fock状態を出発点とする方法でしたので、基底状態の理論でした。
励起状態を扱うには、さまざまな方法がありますが、よく用いられるものとして、励起配置を含む複数の電子配置の線型結合を、変分法に基づいて定める多配置SCF法(多配置Hartree-Fock法とも呼ばれるます)があります。
さらに、この多配置SCF法を基に、動的電子相関を取り入れる多参照(=出発点となる配置が複数)の方法である、多参照配置間相互作用(MRCI)法、多参照摂動論などがあります。

Q10
密度汎関数法はなぜ化学現象を高精度に再現できるのですか?


A10
まだ十分には明らかになっていません。さまざまな説が唱えられていますが、最も説得力のあるものは、「密度汎関数法が静的、動的電子相関をバランスよく取り込んでいるから」というものでしょう。
密度汎関数法により得られたポテンシャル分布を、多参照配置間相互作用波動関数により得た分布と比較すると、動的電子相関は相関汎関数により、静的電子相関は交換汎関数により、それぞれ取り込まれていることが分かります。
化学現象とは、本質的に電子の入れ替わりや増減による電子状態の変化なので、化学現象を精度よく再現するには、静的と動的の電子相関をバランスよく取り込む必要があります。密度汎関数法はその点で優れているのでしょう。

Q11
密度汎関数計算を実際にやってみたいのですが、どんなプログラムを使えばよいですか?


A11
用途あるいは経済的事情によるでしょう。例えば、分子の化学反応を解析したいのであれば、Gaussianが遷移状態の取り扱いやすさや収束性の観点から優れています。
大規模分子計算を行いたいならば、D-molが計算速度や結晶計算ツールの多さなどから優れています。
分散力計算など、基底関数の問題の大きい化学の解析には、Slater基底を使うADFが優れていると言えます。
結晶系の解析や分子動力学計算を行いたい場合は、平面波基底を使うCPMDが良いでしょう。
これらのプログラムパッケージは有料でしか手に入りませんが、経済的事情などから無料で密度汎関数法計算を行いたい場合にも、GAMESSというフリーパッケージが利用できます。

Q12
交換相関汎関数にはいろいろな種類がありますが、どれを使うべきでしょうか?


A12
どれを使うべきかは一概には言えません。
化学反応計算に現在最もよく使われているのは、混成GGAのB3LYPです。
B3LYPは小規模な分子の化学量を非常に高精度に再現します。
しかし、Hartree-Fock交換積分計算を含むので、大規模分子の計算には使えません。

大規模分子計算に使われているのは純粋GGAで、交換汎関数ならばB88、PW91やPBE、相関汎関数ならば、LYP、PW91やOPです。そのどれを用いるべきかは意見が分かれますが、数値的精度の観点から言えば、BLYP(B88+LYP)やBOP(B88+OP)、物理的観点から言えば、PW91やBOPがよいでしょう。メタGGAは、数値的精度は優れていますが、物理的な問題が非常に多いです。

Q13
数値積分法にはどのような方法があるのですか?


A13
まず、分子を原子単位に分割する際に用いるスムージングファクターにはBeckeファジーセル法が最もよく用いられます。

原子ごとの数値積分は動径(r)方向と角度(θ、φ)方向に分けられ、動径方向にはEuler-Maclaurin求積法が主に使われ、角度方向にはGauss-Legendre求積法やLebedev求積法などが使われます。

求積法は、グリッドによる分割にもとづいていますが、数値積分の精度はグリッドの数の増加にともない向上します。その一方で、グリッド数を増やせば、計算時間がそれに比例して増えるので、グリッド数の選択には注意が必要です。

Q14
汎関数補正法にはどのような方法があり、どの程度信頼できますか?


A14
従来のGGA汎関数に対して、様々な補正法が提案されています。
例えば、交換汎関数に対しては、原子核から離れた領域を改善する長距離漸近ポテンシャル補正法、自己相互作用誤差を取り除く自己相互作用補正法、電子間距離が離れた領域を改善する長距離相互作用補正法などがあります。
また、相関汎関数に対しても、汎関数を軌道依存にする最適化ポテンシャル法などが提案されています。
しかし、これらの方法の信頼性はいまだ高くなく、どんな分子の化学量でも統一的に改善するという補正法はいまだ提案されておらず、今後の課題となっています。

Q15
化学において相対論効果は本当に重要なんですか?


A15
はい,重要です.原子の核電荷が増加するにつれて,相対論的効果の重要性は増加しますから,重原子分子系で相対論効果は重要になってきます.。

Q16
相対論効果を取り込むために色々な方法を紹介されてますが,どの方法が一番いいんですか?


A16
実際に計算する系の大きさと求めたい精度によります。
比較的小さな分子を精度良く解こうと思えば4成分の理論が優れています。
もう少し大きい分子を精度を落とすことなく計算するためには相対論的近似理論を用いる必要があります。
大規模な分子系を扱うためには有効内殻ポテンシャル法がむいています。

Q17
分子動力学(MD)法とモンテカルロ(MC)法はどのように使いわけるのですか。


A17
MD法では特に時間に依存する物理量を求める時に用います。
またMD法では運動方程式を数値積分しますので、長時間では誤差が蓄積されるのに対し、MC法はステップ数が増えるほど計算精度が良くなります。
また熱平衡に達する時間は、確率論的なMC法の方が決定論的なMD法よりも長くかかります。MD法ではNEVアンサンブル、MV法ではNTVアンサンブルが扱い易い。このような条件で、対象とする物質の物性により、使い分けるわけです。

Q18
アンサンブルはどのように選択するのですか。


A18
高密度のアルゴンの圧力とポテンシャルエネルギーが緩和する過程を幾つかのアンサンブルについてMD法で行ってみましょう。
NEVアンサンブルではエネルギーが一定ですが、圧力と温度は初期の値から熱平衡値へと緩和していきます。
NTVアンサンブルでは圧力の緩和、NPHアンサンブルではエネルギーの緩和が見られます。
NTPアンサンブルではエネルギーの緩和が見られますが、この緩和時間はNEVアンサンブルの場合に比べて短くなる傾向があります。これはNTPアンサンブルでは温度と圧力を一定になるように制御しているので、エネルギーだけを制御したNEVアンサンブルに比較してより系を攪拌し平衡に達しやすくしていると考えられるからです。