1. 化学プロセス安全の概論

Q1.化学工場では、どうして災害が増加しているのですか。最近の特徴は何ですか。

Q2.事故防止のために、運転管理面で設計時に配慮すべきポイントは何ですか。

Q3.プロセスの安全性を可能な限り高めるためには、どんな観点から実施すべきですか。

Q4.阪神大震災や新潟県中越地震など、これまでの教訓を生かした地震対策のポイントは何ですか。

Q5.事故を起こさないために、化学プラントの作業管理のポイントは何ですか。

2. 研究開発での事故と安全

Q6.化学実験ではなぜ事故が起きやすいのでしょうか。

Q7.自己反応性物質とはどのようなものでしょうか。

Q8.可燃性物質について画面以外で注意すべき点は何でしょうか。

Q9.酸素欠乏以外の中毒の危険性について教えてください。

Q10.化学物質を保管するときの注意点を教えてください。

3. 製造時での事故と安全

Q11.漏れの原因は。

Q12.なぜ、6つの反応器があるのですか。1つ欠けても稼働できるのはなぜですか。

Q13.緊急時に電源確保が必要な機器には、どのようなものがありますか。

Q14.その他に考えられる安全対策はありますか。

Q15.具体的にはどのような配慮が必要ですか。

4. 輸送時、貯蔵時の事故と安全

Q16.固体の特徴として、比較的反応が緩やかなものが多いといわれますが、例外はありますか。

Q17.支燃性ガスには酸素以外にどのようなものがありますか。

Q18.過酸化水素を塩化鉄と混合したときには煙が出たのに、塩化銅と混合したときには異常が見られなかったのはなぜですか。

Q19.業者間で危険物質を受け渡しする際の安全性情報伝達の手段としてMSDS以外にどんなものがありますか。

Q20.可燃性ガスや毒性ガスの除害設備として、吸収塔やフレアスタック以外にどんなものがありますか。

5. 廃棄での事故と安全

Q21.一般廃棄物と産業廃棄物の相違は何でしょうか。

Q22.ヘアスプレー缶による事故はどの工程で発生していますか。

Q23.アクリルニトリルのように、重合危険性を有する溶剤にはどのようなものがありますか。

Q24.誤混合によって火災や爆発を起こす組合せを詳しく教えてください。

Q25.蓄熱火災の危険性を予測する方法を教えてください。

Q1
化学工場では、どうして災害が増加しているのですか。最近の特徴は何ですか。


A1
平成15年頃から異常現象報告件数が急増しています。
近年の事故増加の要因をまとめると、世の中で言われている「技術の伝承不足」「設備の高齢化」については対応できており、「非定常作業における管理の不適切さ」と「変更管理面の対応のまずさ」が要因として浮かび上がっている調査報告書もあります。
過去の教訓を生かした事故防止と事故後の拡大防止の両方が大切です。
(平成17年9月 石化協 近年の石油化学装置に関する事故について)

Q2
事故防止のために、運転管理面で設計時に配慮すべきポイントは何ですか。


A2
  1. 安全が維持されるフェイルセーフ機能を持ち、ミスがあっても安全な設備とします。
    またミスに早く気がつくようにならないか早期検出のシステムを構築する必要があります。
  2. 便利さからよけいな設備を付加しないで設備はシンプルにします。
  3. 単なる情報管理はDCSを活用して人の操作量を最小にします。
  4. 大量の情報・アラーム等により判断を迷わせないように情報を整理します。
  5. 機器やスイッチの配置・表示等について人間工学的な配慮が必要です。

Q3
プロセスの安全性を可能な限り高めるためには、どんな観点から実施すべきですか。


A3

化学プロセスで起こる異常想定に対して、人と設備と仕事の仕組みの観点から本質安全のシステムを事前に充分に組込んでおく必要があります。その上で、
  1. 危険な物質の使用量を最小限にすること
  2. より危険性の低い物質に代替すること
  3. その保有量を減らすこと
  4. プロセスの温度、圧力を低くすること
  5. プロセスは極力簡素化すること
が大切です。

Q4
阪神大震災や新潟県中越地震など、これまでの教訓を生かした地震対策のポイントは何ですか。


A4
  1. 危険物・有害物の大量漏洩を防止するために、感震器との連動による運転の自動停止、危険物貯蔵タンクの地盤や基礎の見直し改良(液状化)、フレキ継ぎ手の適正な取り付け、第一元弁の直近に感震器と連動させた緊急遮断弁の設置などです。
  2. 二次的重大災害防止のため、感震器と連動による加熱炉などの自動消炎や構外流出防止のための危険物の二次防液堤の設置などです。
  3. 消火設備、保安設備の耐震性向上です。
  4. 地震防災体制の強化です。
  5. 半導体工場の場合、固定金具による装置固定方法の見直し、シリンダ・キャビネットをケミカルアンカーで固定、塩ビ・ダクトの天井のつり方変更、天井の補強などが実施されました。

Q5
事故を起こさないために、化学プラントの作業管理のポイントは何ですか。


A5
  1. 運転指針や作業指針において、あいまいな表現は排除すること、極力定量化すること、また運転温度・圧力等その数値を決定した根拠についても付記しておくことなどです。
  2. プラント禁止事項として、行ってはいけないことを明文化しておくことです。
  3. 非定常時の作業についても、マニュアルを作成して、上司の承認を得ることです。
  4. 緊急発生時は運転継続よりも、安全にプラントを停止させることを最優先とすることです。
  5. 緊急時の措置は、極力シンプルな操作で安全に停止できるように配慮しておくことです。

Q6
化学実験ではなぜ事故が起きやすいのでしょうか。


A6
化学実験では可燃物や自己反応性物質を取り扱うことによる火災や爆発、有害物による中毒などが起きやすいのです。
また、実験は新規の化学物質や反応、機器を取り扱うことが多いため、そこに内包される危険性を理解しにくく、事故となってしまうことが多いのです。
化学の黎明期に多くの化学者が、実験中の事故で傷ついたのもそのためなのです。

Q7
自己反応性物質とはどのようなものでしょうか。


A7
酸素などの支燃性物質がなくとも、その物質単独で熱や光、そして打撃、摩擦などの機械的な刺激によって分解したり、爆発する物質を指します。
多くの自己反応性物質は特異な原子団や官能基を持っています。
その代表例は過酸化結合やニトロ基、ジアゾ基、ニトロソ基などです。
大きな発熱反応を伴う重合性物質が、自己反応性物質に分類されることもあります。
消防法では自己反応性物質を第5類危険物に分類し、DSC(示差走査熱量計)で危険性を判定することにしています。

Q8
可燃性物質について画面以外で注意すべき点は何でしょうか。


A8
粒度の小さい可燃性粉じんは可燃性気体と同様に、静電気のような小さなエネルギーで爆発するため取り扱いには注意が必要です。
また、プラスチックのような可燃性固体は、いったん着火すると燃焼熱が大きいため消火が困難になりやすいこと、固体の種類によっては有害な燃焼ガスが生成する危険性などもあります。
可燃性固体の燃焼危険性は酸素指数、発火温度などにより判定されます。
また、可燃性気体の燃焼危険性の判定には、着火エネルギーや燃焼限界が用いられます。
燃焼下限界の低い気体や、下限界と上限界の差が大きい気体は危険性が高いといえます。

Q9
酸素欠乏以外の中毒の危険性について教えてください。


A9
有害ガスによる中毒としては硫化水素、シアン化水素による事例がよく知られています。
いずれも反応の原料ガスとしてだけではなく、予期せぬ分解反応などによる生成物として、漏洩することがあります。
いずれも低濃度の吸引で致死に至るガスです。
特に、独特のにおいを持つ硫化水素は、一定濃度以上では臭神経を麻痺させてしまいます。
これらのガスが発生する可能性がある場合、ガスの検知警報器を設置することや、危険性を周知しておくことが大切です。
有機溶媒の大部分も生態毒性がありますから、実験中に吸引しないように配慮してください。
また、可燃性ガス以外もシアン化合物やアジ化ナトリウムなど、実験によく使われる固体にも高毒性性物質があります。

Q10
化学物質を保管するときの注意点を教えてください。


A10
揮発性の化学物質は漏洩しないよう密閉して、冷暗室で保管すること、低温での反応性の高い物質は温度管理が可能な冷蔵庫で、所定温度以下で保管することが大切です。
また、地震時には薬品棚から転落した薬品の混合火災が起きやすいので、混合危険性がある物質を混合保管してはいけません。
エーテルや不飽和炭化水素、2級アルコールは貯蔵中に過酸化水素を生成しやすいので、長期保管後の蒸留は危険です。
長期保管した物質のラベルが汚れて判読が難しくなると、誤混合の原因になったり、廃棄処分時の危険性評価に多大な時間や手間を要することがあります。

Q11
漏れの原因は。


A11
少量の漏れがあった場合に、希釈して分散させる目的で、硝酸塩で処理された冷却水が反応器にスプレーされていました。
反応器の外面の材質は炭素鋼でしたが、硝酸塩により炭素鋼が応力腐食割れと呼ばれる現象を引き起こしてしまいました。
その結果、反応器表面に、長さ約1.8mもの割れが発生してしまいました。
この硝酸塩による炭素鋼の応力腐食割れ現象は、金属の専門家の間では良く知られていましたが、冷却水スプレーの実施を指示した技術者は、その事を知りませんでした。

Q12
なぜ、6つの反応器があるのですか。1つ欠けても稼働できるのはなぜですか。


A12
高い反応転化率を達成しようとする場合、大きな単一の反応器を使用しても、反応器内の濃度が低下するために効率が悪くなる傾向があります。
そのため、数個の反応器を連結して用いる連続多段反応という方式が採用される場合があります。
この方式では、それぞれの反応器毎に新鮮な原料を供給することが出来ますので、転化率が向上するというメリットがあります。
反応器の数は、転化率向上によるメリットと、初期投資(設備費用)や運転費用の増大などによるデメリットとのバランスを考慮して決定されます。
6つの反応器から1つの反応器が欠けると転化率は低下しますが、未反応原料は後工程(蒸留)で回収し、リサイクルしますので稼働は可能です。
なお、蒸留工程の負荷は上がります。

Q13
緊急時に電源確保が必要な機器には、どのようなものがありますか。


A13
代表的な物としては、冷却水循環用のポンプや撹拌機など、内容物を冷却して安全に反応を停止するために必要不可欠な機器が当てはまります。
その他にも、内容物の温度や系内の圧力などを監視するシステム(DCS)の電源の確保も重要となります。

Q14
その他に考えられる安全対策はありますか。


A14
ニトロ化合物のように反応暴走の危険性が高い物質を取り扱う場合には、安全弁や破裂板のように圧力を自動で逃がすことが出来る機器も設置することが望ましいと考えられます。
なお、紹介した事故事例のように、圧力放出弁を手動で操作することは、反応器が破裂した際に操作員が危険に曝される恐れがありますので、圧力放出弁は遠隔で操作できるタイプのものが望ましいと言えます。

Q15
具体的にはどのような配慮が必要ですか。


A15
例えば、重要な機器のスイッチは他の機器のスイッチとは離れた場所に配置する事や、他の機器と形状や色などを変えて目立つようにする事、カバーを取り付け、カバーを開けないと操作できないようにする事などが挙げられます。

Q16
固体の特徴として、比較的反応が緩やかなものが多いといわれますが、例外はありますか。


A16
火薬類や自己反応性物質等の多くは固体であり、激しい反応を起こします。
火薬類や自己反応性物質等は、酸化剤と可燃剤の混合物であったり、あるいは化合物そのものの構造式中に酸素を含んでいるため、爆発・燃焼する際に外からの酸素供給が必要なく、急激な反応を起こすことができます。

Q17
支燃性ガスには酸素以外にどのようなものがありますか。


A17
支燃性ガスには酸素以外にもフッ素、塩素や三フッ化窒素など種々のものがあります。
強力な酸化性を持つ支燃性ガスは非常に反応性が高く、中でもフッ素は、希ガスであるキセノンやラドン、クリプトンとも反応します。
炭素とは接触するだけで発火します。

Q18
過酸化水素を塩化鉄と混合したときには煙が出たのに、塩化銅と混合したときには異常が見られなかったのはなぜですか。


A18
混合危険性は、混合物質の組み合わせや混合割合等によって大きく変化します。
過酸化水素と塩化鉄が混合すると、ごく微量の混合でも即座に激しく発泡しますが、塩化銅では比較的緩やかに発泡するため、混合割合が反応性に大きく影響します。
この事故の際には、塩化銅の残液が非常に少なかったため、混合直後には異常に気づかなかったものと思われます。

Q19
業者間で危険物質を受け渡しする際の安全性情報伝達の手段としてMSDS以外にどんなものがありますか。


A19
よく使われるものとして、MSDS以外に「イエローカード」があります。
イエローカードは、危険物質輸送中の事故発生時に運転手が行う応急処置の方法や緊急連絡先等を記載したもので、MSDSと比べると安全性に関する情報量は少ないものの、事故時の被害を最小限に抑えるのに役立ちます。

Q20
可燃性ガスや毒性ガスの除害設備として、吸収塔やフレアスタック以外にどんなものがありますか。


A20
例えばベントスタックがあります。
可燃性ガスのベントスタックは、放出されたガスの着地濃度が爆発下限界値未満になるような十分な高さとします。
毒性ガスのベントスタックは、放出されたガスの着地濃度が許容濃度以下となるような十分な高さとし、通常は吸収・中和・吸着・燃焼等の処理をした後に放出します。

Q21
一般廃棄物と産業廃棄物の相違は何でしょうか。


A21
事業所から排出される特定(廃油、廃酸、廃プラスチックなど20品目)の廃棄物を産業廃棄物、家庭から排出される廃棄物と、事業所から排出される産業廃棄物以外の廃棄物(事業系一般廃棄物)とあわせて一般廃棄物といいます。
爆発性や毒性、感染性の特に高い一般廃棄物、産業廃棄物は特別管理廃棄物に分類されます。

Q22
ヘアスプレー缶による事故はどの工程で発生していますか。


A22
フロンの使用禁止後、可燃性ガスが蓄圧剤として使用されるようになった、平成3年頃からスプレー缶内の可燃性ガスによる事故が発生しています。
たとえば、東京都清掃局の管内では、不燃ゴミなどを収集するパッカー車での火災が年間100件以上発生しており、その多くはスプレー缶が原因だといわれています。
破砕施設でもスプレー缶やガスボンベによる爆発事故が発生しており、被害額1千万円以上の爆発事故も年間で数件は発生しています。

Q23
アクリルニトリルのように、重合危険性を有する溶剤にはどのようなものがありますか。


A23
重合性物質にはエチレンやアセチレンのような気体と液体があります。
重合性物質の多くは分子量が小さく、不飽和二重結合を持つものです。
アクリロニトリル以外の代表的な重合性の液体物質にはアクリル酸、酸化プロピレン、スチレンなどで揮発性物質なので、重合熱で気化して可燃性混合気体を形成することがあります。

Q24
誤混合によって火災や爆発を起こす組合せを詳しく教えてください。


A24
危険な組合せは以下のように分類されます。

◎液体や固体の酸化性物質と可燃物
代表的な酸化剤: オキソハロゲン酸(塩)、強酸、過マンガン酸カリウム、過酸化水素
代表的な可燃剤: 有機物、金属、硫化物、水素化物、炭化物

◎特に危険な組み合わせ
直ちに発火の可能性: 過マンガン酸カリウムや高度さらし粉+可燃性物質
  硫酸+オキソハロゲン酸+有機溶剤
直ちに爆発の可能性: 過酸化水素水とアミン
  感度の高い発火・爆発性混合物:液体酸素と可燃性物質
  ヨウ素酸、クロム酸銀、重クロム酸アンモニウム+可燃性物質
  オキソハロゲン酸塩+可燃性物質

◎酸化性物質と可燃物以外の危険な組み合わせ
爆発危険性: 過酸化水素水+二酸化マンガン
  四塩化炭素+アルカリ金属
硫酸+過マンガン酸カリウム
  有機塩素化合物+アルミニウム
  爆発性化合物:ハロゲン+アジ化物
  アジ化ナトリウム+金属
  アセチレン+金属

Q25
蓄熱火災の危険性を予測する方法を教えてください。


A25
廃棄物は混合物であるため、火災や爆発の正確な予測は簡単ではありません。
まず、類似の廃棄物の事故事例を調べることが効果的です。
蓄熱火災は発熱速度と放熱速度のバランスが崩れ、発熱速度が放熱速度を上回ることから発生します。
そこで、種々の熱量計によって、対象となる試料の発熱挙動を検証します。
DSC(示差走査熱量計)などによって数ミリグラムの試料による、簡易的な評価が可能です。
ついで、放熱しにくい条件で蓄熱の起きやすさを評価します。
これには断熱熱量計(ARC)などが利用されています。
多量に堆積すると蓄熱火災の危険性は大きくなりますから、堆積量を適切に設定することも重要です。