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サイエンスアゴラ2019 JREC-IN Portal出展イベント

JREC-IN Portal 博士と産業界の橋渡し
-大学に求められる役割とは?-

博士人材と産業界との橋渡し役を求められている大学ですが、大学ごとに状況が異なり確立したノウハウもありません。
そこで、博士人材のキャリア支援をテーマに大学と産業界の担当者によるパネルディスカッションを行い、大学のキャリア支援活動についての実例を基に、大学の規模や状況に応じた目指すゴールや活動の方向性を議論しました。

■開催日時:2019年11月17日(日) 13:00 - 14:15

■会 場:テレコムセンタービル8階会議室A

◆モデレーター
 吉原 拓也 氏(北海道大学 人材育成本部 特任教授)
◆パネリスト
 吉田 耕治 氏(大阪大学 共創機構 特任教授)
 山田 ひろみ 氏(立命館大学 教学部 大学院課 担当課長)
 中務 貴之 氏(EY新日本有限責任監査法人 CCaSS 国際公共チーム アソシエートパートナー)

プレゼンテーション01:

それぞれの大学ができることと、企業の協力につながる支援を考える。

モデレーター/

北海道大学 人材育成本部 特任教授

吉原 拓也

博士人材育成に携わりノウハウを共有する

私は大学院を卒業後に工学の博士号を企業で取りました。最近は少なくなっている論文博士です。
企業では、次世代半導体の研究と金属関係の基礎研究に近いことをしていました。その後は、知的財産戦略の立案や実行を担当しました。
結局、研究所のときには研究職、知的財産のときは専門職、会社の総合職の採用や中途採用の一部を経験しました。
現在は、北海道大学で博士人材の育成が担当で、他には博士人材育成コンソーシアムで北海道大学、東北大学など9つの大学と連携をして博士の育成を行い、その情報やノウハウを共有するコーディネーターをしています。他にも、日本知財学会の分科会である知財人財育成研究分科会の幹事もしています。

博士課程進学率の背景に潜むさまざまな問題

まず、博士課程の進学率が低いことが数字として挙がっています。これは多くの問題が関係していて、例えば学生の立場からすると、進学をしたときの学費や生活費の問題があります。

また、よく言われるのは、卒業後のキャリアへの不安です。
昨今のマスコミ等の報道は偏っていて、報道だけ見ていると、ネガティブなものが多いのです。例えば、Twitterで博士について検索をすると、特に学生向けの内容に関してはネガティブなものが多いです。社会人向け、社会人博士についてはポジティブな話が多いのですが、少なくとも進学の観点で見ると、非常にネガティブな情報が多いと言えます。また、高校の進路相談では、高校から大学に進学をするときに理系だと6年だと言われることが多いようです。4年ではなく6年、9年ではなく6年との意味です。そのマインドセットができていて、両親にも理系で大学に行ったら6年だと言っているので、後から博士に進学したいとは言いにくいようです。
次に、大学側の問題としては、博士課程の学生への支援が十分にできていない大学があることが挙げられます。先ほどお話したコンソーシアムを組んでいる大学ではある程度の支援がありますが、それ以外の大学では支援組織がないとか、専任の担当者がいないなどの問題がある場合があります。そのため、支援のやり方が分かったとしても実施できない、もしくは、やり方自体がよく分かっていないといったことがあります。また、我々がやり方をお伝えする提案をしても、学生数が少ないので、自分のところだけではプログラムを実施できないという問題を抱えている小規模大学もあります。

そして学生側の問題としては、博士課程学生のキャリアパスの多様化に対する意識が不十分です。
博士過程に進んだら、アカデミアポストに固執してしまう学生が今も結構いるのです。その結果として、企業の研究開発等を知る機会が少なくなってしまう。研究室にこもってしまい、なかなか会えない学生もいます。
最近、企業の博士採用は随分と活発化をしてきているのですが、以上に述べた理由があって、学生たちにはあまり知られていません。

博士の民間企業就職イベントを企画

「サイエンスアゴラ2019」に参加された皆さんに書いていただいたアンケートの中にも、「企業が全く採用をしてくれない」といったコメントが見られましたが、実は最近、企業の博士採用は活発化してきています。

では、大学に何ができるのか。

例えば北海道大学では、そのような状況を伝えることも目的の一つとしつつ、博士のキャリアパスをアカデミア以外にも多様化する大学院共通授業としてキャリアマネジメントセミナーを行っています。前期に15回、400人規模の大きな授業になっています。その他にも企業の研究開発を知るプログラムや、文系の博士支援、企業とのマッチングイベントを年に4回実施しています。今年は、日本語ができない留学生向けのマッチングイベントも企画しているところです。
同様のプログラムは他の8大学にも提供していて、実際に行われています。9大学のコンソーシアムでは、互いに互いのプログラムに参加ができるようになっていますし、それを録画した動画も配信しています。これは既に100本以上あり、いつでも見られるようにオンデマンドで提供をしています。さらに、年に5回、9大学のメンバーが集まる専門委員会も開いています。

博士人材を取り巻く今後の課題

課題認識としては、この9大学が集まっても、博士のカバー率は、たかだか日本全体の16パーセントです。これだけだと、なかなか博士を取り巻く環境を変えることは難しいです。しかし、例えばもっと連携をしていきませんかと言っても、「うちはうちでするから大丈夫」と言う大規模大学もありますし、連携したくてもできない小規模大学もあるのが現状です。それぞれの大学ができることや企業からの協力につながる支援策や仕組みについて考える必要があると言えるでしょう。

▲ プログラム

プレゼンテーション02:

情報が届きにくい博士学生を組織的にサポートできる仕組みを

パネリスト/

大阪大学 共創機構 特任教授

吉田 耕治

大阪大学のキャリアセンターに勤務

今は、大阪大学で産学共創機構の特任教授、また地域産業活性化本部中小企業成長支援部のコーディネーターを務めています。キャリアセンターも兼務をしています。
キャリアとしては、40年前に大学を卒業して、約20年間民間企業でエンジニアをしていました。
その後は約10年間、ベンチャー企業の経営者をして、直近の10年間は大阪大学で、特に博士の人材育成に携わっています。
2017年に大阪大学の中にキャリアセンターが発足をされて、兼務をする格好で担当をしています。

出口戦略の充実が、大学院進学率にも寄与

吉原先生もおっしゃっていた通り、近年、博士課程の進学率が低迷しています。修士から博士に進学をしないことは、大学の経営においても非常に大きな問題です。なんとか進学率を上げたいのが大学の思いですが、そのためには出口の整備であるキャリアサポートをしっかりとする必要があります。ひとつはそのサポートの実施。もうひとつは、研究インターンシップ。これは就職活動の一環としてのインターンシップではなく、2カ月から3カ月の比較的長期間企業のなかで研究に携わるものです。主にこの二つをキャリアセンターの中で、我々のチームが担当をしています。

博士の出口が整備されて広くなると、入り口の進学率が上がることにつながります。博士に行ったら就職先がないといった都市伝説のような話がありますが、実はそうではなく、大学もちゃんとサポートをしている。それをキャリアセンターが身をもって学生に提示をしてあげることで、入り口である進学率が上がることを目指しています。私たちは、「学ぶ」「交わる」「試す」という3つの過程を経てスパイラル状にスキルアップをしてもらえるように、いろいろなプログラムを用意しています。

例えば、年齢の比較的近い先輩を呼んで、主にキャリアの話をしてもらうプログラム。必ずしもうまくいっている方ばかりではなく、いろいろと思い悩んだ話も、ざっくばらんにしてもらいます。それから、お金や社会保険の話を学んでもらうプログラム。新入社員が企業の総務部門から教えてもらうようなことは、特にポストドクターの方は教わる機会がありません。私たちはそれがすごくハンディキャップだと感じていて、その辺りについては特に力を入れてしています。
また、キャリアセミナーや研究インターンシップのための交流会を春と秋に年3回実施し、「博士人材CAREER FAIR」を11月に実施しています。今年は37社、ドクターは100人前後の参加があり、ブースでお互いに情報交換をしてもらいました。

情報が届かない状況を変えなければ

就職ガイダンスをしていて、何が参考になったかを聞いたところ、「就活の時期は、いつからでもいいことが分かりました」「企業にコンタクトを直接取ってもいいことが分かりました」といった、ものすごくプリミティブなことすら分かっていない方がいます。
修士までなら、この辺りの情報は比較的ありますし、横のネットワークなどで知る機会がありますが、博士になってくると極端に少なくなります。これは誰かがカバーをしてあげなければならないと感じています。

また、文科省のNISTEPが実施した入職経路の調査結果を見ると、全国平均ではリクナビやマイナビからがメインルートですが、博士の場合は指導教員の口づて、友人や知人の口づてが圧倒的に多い。
また、リーディング大学院の学生と、一般の学生の大学に関する満足度を聞いた調査結果では、リーディング大学院自体の満足度は高いですが、キャリアサポートについては圧倒的に不満がある、という結果が出ています。これらは組織的なキャリアサポートが行われていないということの表れですから、われわれキャリアセンターがもっと手厚いサポートをしていかなければならないと感じています。

▲ プログラム

プレゼンテーション03:

社会のニーズに適合する博士人材の育成が課題

パネリスト/

立命館大学 教学部 大学院課 担当課長

山田 ひろみ

大学院高度化を担当

立命館大学に入職以来、学部事務室等におきまして、ずっと教務関係を担当しており、昨年の4月から大学院課に移りました。
立命館大学では大学院の高度化に取り組んでおり、現在、諸施策を展開中です。
主に、院生の研究力をどのように向上するか。博士を社会で活躍できる人材として育成して、輩出をするためにはどのようなことが必要なのか等について模索しているところです。
本年度から北海道大学のコンソーシアムにも加入をさせてもらって、他大学のいろいろな事例を参考にしながら、本学としてどのように育成を進めていくのかについて検討しています。

大学をあげて博士人材の育成を推進

今年の4月から「超創人財育成プログラム」を始めました。これは博士の前期・後期課程を通じて、5年一貫のプログラムとして行っているものです。具体的には、学生たちはそれぞれの所属研究科における学修に加えて、超創人財育成プログラムを受講します。このプログラムを通して、社会と融合し、未知なる課題に挑戦をする博士人材を輩出することを目的としています。また、このプログラムでは社会実装教育にも力を入れていて、自身の専門と企業等が求めるものをどのように融合をし、実装していくのか、について学ぶことができます。

立命館大学には、「学びの立命館大学モデル」があります。これは、正課と課外、個人と集団、それぞれの形で、いろいろなプログラム等を受講する中で、主体的な学びを進めて、社会に出ていくためのモデルです。また、2030年に向けて、「学園ビジョンR2030〜挑戦をもっと自由に」というビジョンを掲げ、学園像や人間像を定めながら、具体化を進めています。そのひとつの大きな論点として、大学院の高度化があります。

現在、博士課程のキャリア支援を進める中で抱えている問題は、後期課程の進学者をいかに増やしていくのかということです。今年の5月現在の定員充足率を見ると、文社系で61.2パーセント、理系で56.7パーセントとなっています。この原因としては、キャリアへの不安が大きいと考えています。特に理系の場合は前期課程修了で、自分の目指す所に就職できてしまうことも、後期課程への進学が少ない原因のひとつです。また、企業が博士人材を採用しているという話もありますが、それが実際にどの程度なのか分かりづらいのが現状です。また、採用手順等もはっきりしていないこともあって、それらをどのように学生たちに広めていくのかも課題だと感じています。

博士、教員、企業が協力して機運を高めることが大切

実際に企業等で活躍をするためには、どのような力が必要なのか。その力は、大学だけではなかなか身につけられないのが現状です。それを今後、どのようにサポートしていけるのか、思案をしている最中です。

私たちは、博士を世の中に送り出すために乗り越えなければならないこととして、3点を挙げています。

ひとつは、学生・父母、教員、産業界の3者がそれぞれ意識改革を行うこと。
学生・父母は、博士まで進めば、次はアカデミアという暗黙の考え方があります。とはいえ、アカデミアの枠は決まっていますし、その枠にうまく嵌まれるかどうか。嵌ったとしても任期制が多い現状の中で、将来への不安もあります。教員も、後期課程学生に対しては、教員が就職先を探さなければならないのではないか、という不安もあって、積極的に後期課程への進学を勧めることができないのかもしれません。産業界も、博士を採用している企業がある一方で、採用後の対処方法について苦慮しているところもあるように感じます。3者が協力をしながら、全体を盛り上げていくことが必要です。

ふたつ目は、博士として社会に出た時に、専門性だけでは難しい部分もあるので、在学中に、社会で活躍するために必要な力を身に付けていくための時間や指導体制も、課題と捉えています。

3つ目は、大学と企業が連携をして、教育しながら育て、社会を変えていくこと。
それが社会のニーズに合致した人材の輩出にもなりますし、併せて研究力の向上にもつながるのではないかと考えています。

▲ プログラム

プレゼンテーション04:

博士人材の力を活用して持続的な人材戦略を

パネリスト/

EY新日本有限責任監査法人 CCaSSM
国際公共チーム アソシエートパートナー

中務 貴之

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献するEY新日本有限責任監査法人

EYは世界150を超える国と地域にあり、EY Japanは大きく四つの会社で構成されています。サービスラインとしては、監査をする「アシュアランス」、コンサルティングをする「アドバイザリー」、そして「税務」とM&Aをする「トランザクション」の部門に別れています。私が所属をしているのは、アシュアランスになります。約5000名が所属し、その中の大半が公認会計士の資格を持っており、監査をしています。残りは、財務会計のアドバイザリーや、私のようにコンサルティングをしている者で構成されています。
EYでは「Building a better working world」という理念を持っています。
私たちのチームは、そこにひもづく形で、社会が良くなるためのさまざまな仕事を行うとして、大きく4つの領域で構成されています。
まずひとつ目は、「教育・科学技術」です。こちらでは、博士人材やポストドクター人材に関する課題解決、それから昨今話題になっている研究倫理など色々なテーマで国や国の外郭団体さまの施策立案支援をしています。
ふたつ目は、人材活用です。多様な個々人を、企業や社会でどのように受け入れていくのかといったダイバーシティー経営推進を支援しています。
他のふたつは、どちらかといいますと新興国向けに日本企業のもつ環境・エネルギーに関する技術・製品やシステムを展開していく際の支援、新興国の財務会計の仕組みを改善するための支援をしています。

まずひとつ目は、「教育・科学技術」です。こちらでは、博士人材やポストドクター人材の課題解決、今の日本の中でいわれている研究倫理、国や国の外郭団体さまの施策を作る仕事をしています。
ふたつ目は、人材活用。多様な個々人を、企業や社会でどのように受け入れていくのかといったダイバーシティー経営を経済産業省と一緒に進めています。
他のふたつは、どちらかといいますと新興国向けに日本企業の環境エネルギーの各機器や、システムを展開するときの支援、新興国の財務会計の仕組みを改善するための支援をするチームです。

多彩なキャリアに基づいた視点で、キャリアパス多様化に貢献

私は、原子力工学の修士を卒業後、2000年に国内の金融系のシンクタンクに入り、2007年から2010年までは文部科学省の科学技術政策研究所NISTEPにいました。その後2013年からEYに入社しました。現在は官公庁の仕事や、企業のコンサルティングなどもしています。
私の所属する国際公共チームは、正社員と契約社員で合計26名います。正社員の中で女性が10名、外国籍の者が1名、博士号取得者は2名います。そのうちの1名は、文部科学省「ポストドクター・キャリア開発事業」の一環で、実際に私どものチームへインターンシップに来てもらって、その後に就職をした者です。

持続的な成長のためには博士人材の活躍がカギとなる

まず、企業における人材活躍とは何か。
最近、よく言われているのは「ダイバーシティー経営推進」です。
ダイバーシティー経営というと、ひと昔前はどちらかと言うと、女性や外国籍、障害者、高齢者といった属性をテーマにすることが多かったのですが、最近は、多様なバックグラウンドやキャリア、考え方を持つ個人が、どのように企業の事業戦略の中で、しっかりと活躍をしてもらうかが大きなテーマになっています。ダイバーシティー経営の中で最近、企業の中でよく出てきている話としては、直近の利益はもちろんありますが、それだけではなく今後を見据えたときに、サステナブルな経営をどうしていくのか。これは世界的にも、大きな話題になっています。
私たちは、サステナブルに事業を継続・発展をしていくためには、実は人材戦略が重要になってくると考えています。ここは、意外と多くの日本企業でできていない部分だと感じています。
そういった流れの中で、博士人材が会社の中でイノベーションを起こすためのひとつのトリガーになるという考え方を持っている企業もあります。その意味では、博士人材は非常に重要だろうと考えています。企業によって事業戦略は大きく違います。事業戦略と人材育成が、うまくひもづいている企業もあれば、かなりかけ離れている企業もある。
博士御自身も就職等の支援をする皆さまも、そこの見極めが重要ではないかと思っています。

▲ プログラム

ディスカッション

通年採用が主流になるにはまだ時間がかかりそう

吉原氏

はじめに、パネリストの皆さんの中でお互いに聞いてみたいことはありますか?

吉田氏

今年の6月か7月に、日本経済団体連合会と国立大学協会で、新卒の4月一括採用だけではなく、通年採用にすることの合意がされました。通年採用になると博士課程は有利に働くではないかと考えていますが、分からないのは企業側がどのように動くのかです。通年採用になったときに、どのような採用活動をするのかがよく分かりませんが、この辺りについて、中務さんが分かることがあれば教えてください。

中務氏

当チームの話と一般的な日本企業の話を一緒にするのはどうかといったことがありますが、まずは当チームは、新卒の一括採用をここ最近していません。博士の方も外国人の留学生の方も、基本的には採用時期に影響がないのが正直なところです。私どもがいるチームでは、基本的には時期は関係なく採用をしています。一般の企業では、私が聞いた中では、いきなり一括採用から通年採用に移行するのは、なかなかすぐに踏み出すのは難しいところもある感じですが、この辺りは変わっていくのではないでしょうか。

吉原氏

私も、この話については企業の方にいろいろと聞いてみましたが、試験自体は通年で、いつでもいいそうです。入社に関しては、春・秋ぐらいとの意見がありました。日本は、入社時の新入社員教育があり、それを止めることもなかなか難しいようです。春・秋に関しては、留学生や帰国子女の方々が居るため、そのようにならざるを得ないとのことです。

吉田氏

ありがとうございます。

博士人材の「横のつながり」をつくるには

吉原氏

私からいくつか質問をさせてください。吉田さんから、「プリミティブなことを学生が知らない」との話がありましたが、その原因や対策について補足があればお願いします。

吉田氏

特に大学院から大阪大学に来た人は、横の連携がないことがあります。研究室の中しか情報が取れる所がないので、おのずと取れる情報が限られてきます。後輩の修士が就職活動を始めたことを聞いて、自分もしなければと同じペースで行くわけです。ESの提出や、企業へ行ってグループディスカッション等をしますが、残念ながら博士は、その辺りのトレーニングをしていないので、ハンディキャップを持っています。そこが、また行動の腰の重さに跳ね返ってくるといった悪循環になっているのではないでしょうか。情報と、企業との出会いといった接点が、圧倒的に少ないです。対策としては、われわれキャリアセンターが企業と頻繁に出会える場を設定する機会をつくっていくことと、情報もできるだけタイムリーに与えるようにすることです。

吉原氏

ありがとうございます。今の企業との接点という部分で、先ほど山田さんが大学と企業の連携についての話をされていましたが、その辺はどうですか。採用以外の点で、普段から企業と学生の接点をつくることについて、何か考えがあればお願いします。

山田氏

なかなか企業と知り合うチャンスがないのが現実です。私たちが実施しているプログラムでは、月に1回、企業から来ていただくメンターの先生と学生がチームとなって、活動を行うゼミナールを行なっています。ゼミナールにおいて、企業がどのような考えに基づいて、事業を進めているのかを直接聞くことによって、学生たちは自分の研究を企業の中で進めるためには、何を考えなければならないのかを知ることができます。予算面を含め、とにかく研究だけをすればいいのではないという現実を知る機会にもなります。いろいろな広告に出ている企業のことはある程度は分かっても、そうではない企業は何をしている企業なのか知りません。企業を知る機会にもなるので、そのような機会はできるだけ増やしていきたいと考えています。学生同士の情報交換に関しては、先ほど吉田先生からもお話がありましたが、研究室の中でしか過ごしていないような学生たちもいます。横のつながりをつくるとともに、企業とのつながりや新たな気づきにつながればと考えています。

吉原氏

横のつながりは、博士に進んでしまうと、学生は研究に集中をしてしまって、研究室から出てこないということはありませんか。彼らを引っ張り出して、それを伝えるのは難しいですが、その辺りはどうですか。

山田氏

つい先日、後期課程の学生の懇談会をしました。それは研究科の枠を超えたもので、今、キャリアをどのように考えているか等について、ざっくばらんに話をしてもらいました。そのときに、同じ研究科に所属をしていても、「初めまして」の学生たちがほとんどでした。そこで「何をしていいか分からない」「どのように就活をしたらいいのか。それをどこへ聞きに行ったらいいのか」などの発言がありました。前期課程の学生までは、キャリアセンターが就職活動の支援をしていますが、後期課程の学生については教員とのつながりが大きいこともあって、キャリアセンターはノータッチの状況です。そこで大学院課において、できるだけサポートをしていきたいと考え、進めいています。その際、企業等の情報はキャリアセンターに全て集まってくるので、キャリアセンターとうまく連携をすることで、後期課程の学生たちへのよりよい支援つながるよう、体制をつくりたいと考え、検討を進めています。

博士人材が強みを生かせるマッチングの場を

吉原氏

どうもありがとうございます。その環境の中で研究をしている博士課程の学生は、若くして企業に入って、企業の文化を学んだ人とは、ちょっと違う観点を持っています。研究を進める方法が確立をされていないうちに企業に入る学生とは違って、研究の仕方等が確立をされて入ってきているわけなので、違った意見が言えるのではないか。特に博士課程の学生を採らない企業の方に聞くと、ダイバーシティーを目指しているけれども、うちの会社のやり方は早く学んでほしいとのことを言われている場合もあります。中務さん、そのあたりに関しては、どのように考えていますか。

中務氏

最近、企業の方と話をしていてよく出てくるのは、中小企業で、特に研究開発型といわれる会社です。これまでは、どちらかというとB to Bのビジネスの中で、実際に調達先の企業から言われる仕様をどのように社内で、しっかりとスピードを持ってアジャストしていくのか。最近では、それだけだとなかなか立ち行かなくなってきている。そこで、自分たちで積極的に商品を提案していくほうに切り替えていこうとしている企業は、たくさんあります。実際に提案型といいますか、研究開発における技術から、どのように価値を訴求していくのかという観点で、博士の方を採用している企業もあります。イノベーションを起こしていく土壌をどのようにつくっていくか。その中で、ずっと今まで企業で育ってきた方ではない方による最先端の研究や、その分野の世界動向をしっかりと理解をした方が、そこにどのように刺激を与えるのか。そこに期待をしている企業もあります。

吉原氏

どうもありがとうございます。ほかに質問はありませんか。

中務氏

企業の情報が大学に入りにくいことに対しては、私たちも悩んでいます。今、私どものチームでは、キャリアセンターと話が全くできていません。そこにどのようにアクセスをすればいいのかも、あまりよく分かっていないのが現状です。私たちのテーマに関係する有識者の先生方と話をする中で、実際にその先生が持っている授業や勉強会で、私どもが持っている問題意識や、世界の動向についての話題を提供し、そこに関心のある学生に来てもらって、何か一緒に仕事をする。それで興味を持ってもらって、その後当社に来てもらうような動きをしようとしていますが、うまくいっていない現状があります。その辺りについて、実際にキャリア支援をしている先生方から、何か示唆を頂けるとうれしいです。

吉田氏

特効薬はありませんし、今の質問の答えになるか分かりませんが、博士を採用する企業には大きくふたつあると考えています。ひとつはスキルマッチで、欲しい人材に当てはまる人を探す。ふたつ目は、ほとんどの企業がトランスファラブルスキルを博士に求めています。自分で課題を設定して、情報を集めて、仮説を立てて、実際に手を動かして、明らかでなかったことを明らかにする。そのひと通りの成功体験を持っていることが非常に価値のあると捉え、博士論文のテーマそのものだけがいいわけではない企業と、大きくふたつがあるのではないでしょうか。大阪大学の学生の例でいえば、線虫の生態を解明するという研究をしている学生がいます。その学生は、ツールとしてAIを使っていました。大手企業に行くと、ライフサイエンスのスキルよりもAIを使っていたところが買われて、引く手あまたです。ベンチャーに行った場合は、逆にライフサイエンスでしてきた分野をすごく厳しくチェックをして、君はそこで何ができて、わが社にどのように貢献ができるか、といったことをものすごく問われます。彼にとってどちらがいいかはさておいて、企業が博士に求めるスキルにはふたつあることを双方が理解をした上で、私は売り手と買い手という意味で、マーケットといった言い方をしています。
それは特に通年採用になって、どこで出会えばいいのか、お互いに企業は学生を探しているし、学生は企業を探しています。その出会いの場がないことが、今現在の課題です。特に通年採用になったときに、どこで出会えばいいのか、どこに探しに行けばいいのかを何かしら確立をする。これはボトムアップよりはトップダウンで、政策的にしていくほうがいい気がしています。そのようなマーケットをつくることが、ひとつの解決策になるのではないでしょうか。

吉原氏

今のトップダウンというのは、どのようなイメージですか。

吉田氏

例えば、日本経済団体連合会か経済産業省かは分かりませんが、そのようなところが主導権を握って、マーケットの情報交換の場をつくっていくことができないかと、漠然と考えています。

吉原氏

ありがとうございます。私自身の話としては今、出来るだけ数学科の学生とも話をするようにしています。どういうことかと言いますと、先ほどから出ている博士の特徴は、数学科では表面的にはかなり顕著です。1人で、鉛筆と紙だけで考えている。その能力はものすごく高いけれども、普段は1人でこもって研究をしているので、企業との接点があまりなく、それゆえ情報もあまり持っていません。数学科はアカデミアに行く人が多いので、企業側もコンタクトをあまり取っていません。私がいくつかの企業を回っているときに、ある企業の担当者から言われたのは、「暗号などの領域ではプログラムが書けることは必須ではない。アルゴリズムが考えられればいい。しかし、数学科の学生はマッチングの場に出てこないので、なかなか会えない」と言っていました。チャンスがないことが問題だと考えています。今は個別に紹介をしていますが、それを全体に広めることは難しいです。大学に求められる役割としては、大学側から企業側に働き掛けて、うちにこのような能力を持つ学生がいる、といったマッチングを図っていかないといけないのではないかと感じています。その辺りについては、大学として何か対策があればパネリストの皆さん、いかがですか。企業側からの意見でも構いません。

中務氏

今の質問に対してお答えできる感じではありませんが、私が個人的にいろいろと感じているのは、かなり大きな企業の組織の中では、人事の役割がかなり重要になってきています。例えば、大学側から企業側にスキルを持った人材や研究をしている人材の情報の情報をどのような形で渡していくのか。人事がもらった情報をどのように各部門につないでいくのかは、課題だと考えています。それは、私どもも組織的にはできていないと感じています。企業の中では、例えば私の部門が博士の方と話をしたときに、テーマ的に難しいとか生かせるところがないとなったときに、それを人事にしっかりと伝えて、持っているスキルはこのような所で役に立つのではないかと人事と話して、別の部門に移って、そちらで話が進むケースがあります。どのように会社の中で、各部門が必要としている人材やスキルをしっかりとうまくつなげられるか。そこは、企業側での課題なのではないかと考えています。

吉田氏

大学としての対策ですが、特に博士の学生が企業に行くことを逡巡しているのは、入ってからのキャリアパスが見えないことにあります。学部や修士だと何となく分かるとのことですが、博士で企業に入って、例えば10年後にどのようになるのかが、もやもやとしているようです。これは企業によっても人事戦略は違うでしょうから、そこに関しては大学のキャリアセンターが企業から情報を取って、学生に提示をしていくことが求められるのではないでしょうか。もうひとつは私の持論ですが、規模の大小ではなく、博士をきちんと処遇するか、という尺度で企業を並べてみると、必ずしも規模とは一致をしません。博士としてちゃんと処遇をする企業のマップを博士に提示をする。入ってからのキャリアパスと、入ってからきちんと処遇をするかどうかの情報をできるだけフェアに学生に提示をすることが、大学のキャリアセンターとしてのするべき仕事であると考えています。

大学だけでなく学生や教職員の意識変革が必要

吉原氏

ありがとうございます。今までの話を聞いていると、情報はあっても、企業側や大学側がなかなかそれを得ることができない。その意味で、博士の特殊性が何かあるでしょうか。何かこれがあるから博士に情報が行かない。ここは企業側も大学側も工夫をしていかければならないとのことで、何かありますか。

吉田氏

研究室のカルチャーや、指導教員の縛りと言いますか、博士は就活をせずに研究や論文をちゃんとしなさいといったカルチャーが、まだ根強いこともあります。その呪縛から逃れられないのが原因のひとつだと感じています。先週、名古屋大学でシンポジウムがあって、活躍をしている博士の成功体験を聞きました。皆さんに共通をしているのは、小さなチャレンジをして、成功をしている体験を持っていることです。例えば、ある本を読んで感動をしました。その作者に直接コンタクトを取って、話を聞かせてほしいと言ったら、会ってもらえた。我々からすると何てことはないのですが、彼らや彼女からすると、ものすごいことなんです。そのようなことを自分から仕掛けて、達成をしたことが、小さなチャレンジと小さな成功体験になります。もともと地頭がいいし、地力のある人たちですから、何か自信を持ったらアグレッシブに活動をしていけるので、小さなチャレンジを提供することも大事です。

吉原氏

大学だけが変わるのではなく、学生にも変わってもらうために、何らかの働き掛けをする必要があるのと、研究室の教員にも変わってもらう必要があるわけですね。

吉田氏

はい。

山田氏

博士の場合は、専門性が大きく求められますが、自身の研究は、より細分化したものなので、この研究は本当に会社の役に立つのだろうかといった不安はあるのかもしれません。私自身、いろいろなシンポジウムに参加をする中で、企業が博士に求めているのは、もちろん専門性の部分もありますが、課題を見つけて、それを解決する力であり、論理的に物事を考える力を持っているのが博士である、という話をお聞きすることも多く、このことを学生たちにもっと知らせる必要があるのではないかと感じています。
理系から企業への進出は多いですが、特に人文社会系のドクター生は、何になれるのだろうか。進む先はアカデミアに限られるのではないかというような感じになっています。実際は、企業もいろいろな分野を融合して、新たな分野を開発しなければならない。単なる専門家だけを求めているのではなく、物事を融合し、社会の状況や未来を見据えて新たな事業開発を行うことができる人材を求めている、ということをお聞ききしています。企業の方にはその思いをもっと言ってほしい。大学側の教員も含めて、この状況をもっと知って、学生に伝えていくことが必要なのではないかと感じています。

吉原氏

ありがとうございます。北海道大学の話としては、人文社会系のロールモデルを探そうということで、文系で博士課程を出て、企業で活躍をしている人を探しましたが、初年度はほとんど見つかりませんでした。先ほどの8大学にも卒業生でいませんかと声を掛けて、やっと3人見つけました。3人見つけたら、そのネットワークからは次の人材が出てくるんです。彼らに聞くと、会社の人も彼らが文系博士だということを知らないので見つけられなかったのではないかとのことでした。
理系の博士だと知られていますが、文系はなぜか同じ会社の人たちも、いるのに知らないことがあります。先ほどもなかなか伝わりにくいとの話がありましたが、そこは公にして、我々としても情報をつかんでいって、共有をすることも大事であると考えています。

▲ プログラム

質疑応答

産業界と大学の垣根を超えて、博士人材の活躍の場を増やす

大学の方々に聞いてみたいのですが、送り出す側ではなく、大学の職員として博士の学生を受け入れる体制などはないのでしょうか。キャリアセンターに博士持ちの方が、どれくらい在籍しているのか教えてほしいです。

山田氏

明確な数字を持ち合わせているわけではありませんが、修士の方は段々に増えてきています。博士までとなると、職員レベルではあまり聞いたことがありません。それこそ博士を採用して、どのように生かすかということに関して、本学としての考え方がまた十分に練られていないこともあります。別に博士を除外しているわけではありません。

吉田氏

大阪大学の場合は、採用まではいきませんが、博士後期課程在学中の文系の学生にインターンシップで、大学の事務職をしてもらう取り組みは始めようとしています。それによって組織で仕事をすることを学んで、社会性を持ってもらうことと、横の連携を学ぶとの両にらみでしていこうとの動きはあります。

吉原氏

質問とは少々異なる回答になりますが、われわれの所は博士が欲しいです。博士を持っていて、採用などの会社の人事についてよく知っていて、できれば研究マネジメントをしたことがある人。しかし、それを言った瞬間に、大学の給料ではなかなか来てもらえないという問題にぶつかります。少なくとも国公立大学では提示できる金額が低くなりがちで、給与面だけを考えると、企業にいるほうが幸せなので、来てくれません。来て欲しいです。

私の勤務する国立大学の例を少し紹介しますと、リサーチ・アドミニストレータはもう十数名抱えていますが、ほとんどが博士を持っていて、採用をしています。きょうは、本学のURAが来ていますが、その辺について話をしてもらえませんか。

URAをしている者です。本学に限った話ではありませんが、大学でURAといった研究の支援職として位置付けられている職業については、学位を持っている者は非常に多いです。本学の例でいえば、10人中ほとんど全員が学位を持って、研究支援に臨んでいる実態があります。

話を聞いていて、このような活動をしている方々でも、学校と企業は完全に別だと思っていることが面白いと感じました。先ほど、イノベーティブなことをするためにはダイバーシティーが必要で、それを企業が求めていると言っていたのに、大学は横のつながりがないと言っていましたが、その点はどうなのか。10年後のキャリアがどうなっているか分からないから外に出ないとの話もありましたが、それはアカデミアでも同じではないでしょうか。逆にいえば、企業に出ても、10年後にアカデミアに戻ってこられるプランがあれば、そこはかなり明確なる気がします。その辺りの取り組みがあるのかもお聞きしたいです。

吉田氏

最初の質問は言われたとおりで、ダイバーシティーはありません。とにかく博士号を取るためにたこつぼに入って研究することが実態なので、その辺の風通しをしていく必要はあります。最初の質問には、全面的に賛成といいますか、認めざるを得ません。ふたつ目の質問、10年後が分からないのはアカデミアも一緒ではないかとのことですが、アカデミアは周りに事例がたくさんあるので、10年後にどうなるかは何となく分かります。確かに言われているようにアカデミアも分からないですが、周りに人がいます。企業の中で研究している人は、別世界にいる人間なので、博士からすると全く見えません。少なくとも、そこの透明性をもうちょっと上げてほしい。

吉原氏

少し補足すると、イノベーティブなことを起こすために企業と共同で講義を実施するなど、大学でもさまざまな取り組みを行ってはいますが、一部に限定されていたり、元々忙しい博士学生に、さらに講義に参加させなければならず、その取り組みが十分に活用されなかったりと、まだまだ改善の余地がある、という認識です。

▲ プログラム

さいごに

短い時間でのパネル討論だったので、当初の目的までたどり着けたかといったことはありますが、いろいろな問題について話し合うことはできました。
今日出てきた話は、両方で情報がちゃんと伝わっていない。大学側から産業界へ、産業界から企業へ。トップダウンで対策を進めることと、ボトムアップでするべきことが、いくつかある。
特に私が事前に聞いたのは、大きな大学はできるけれども、中小規模だとできないとのことでしたが、今日出てきた話の中には、小さい大学でもできるようなこともあったのではないでしょうか。
その辺を進めて、お互いに誤解をしている部分を解いて、博士が活躍できるようになって、日本の技術力や事業力が上がっていくといいのではないかと感じました。

吉原 拓也 氏(北海道大学 人材育成本部 特任教授)

▲ プログラム