東京大学大学院医学系研究科 教授
宮園 浩平氏
東京大学大学院教授の宮園浩平氏は、多くの細胞の増殖を抑制する働きを持つ分子TGF-β(transforming growth factor-β)の研究を25年以上行っている。一見ライバルにあたるような研究者とのコミュニケーションも大切にし、テーマを発展させてきた経緯についてお話をうかがった。
学生の頃からがん研究を志し、「自分がずっと続けていけるようなテーマを考えていました」と言う宮園氏。TGF-βに出会ったのは、スウェーデンへの2度目の留学中の1986年だった。細胞の増殖が暴走するがん細胞について「促進と抑制の両方からアプローチすれば何か新しいことがわかるのではないか」と考え、研究を始めた。
しかし、当時、TGF-βの有力な研究チームが世界中に4つほどあり、「今から研究を始めるのでは、彼らに追いつけないのでは?」と研究室の他のメンバーに止められた。宮園氏自身も不安がないわけではなかったが、それらを振り切って研究を開始。研究室のPI(Principal Investigator)であるHeldin氏が「すぐにこの分野のリーダーにならなくてもいい。とにかく自分たちの強みを活かしながらオリジナルの道を探そう」と言ってくれたのが励みになったと宮園氏は話す。
確かに、世界を相手にした激しい競争に勝つには、自分たちのアドバンテージを活かすことが重要だ。「では、自分たちの、この研究室の強みは何だろうか。それは、『研究に使える血液サンプルを多く所有していること』だったのです」。宮園氏はこの「強み」を活用し、大量の血液から当時注目されていたTGF-βの潜在型複合体を精製して構造を決定し、そのデータを1988年に発表した。「TGF-βの大きなフィールドで、スウェーデンの我々のグループがこういう仕事をやっている、という独自性を示すことができました」。
TGF-βについて研究が進み、2000年頃には、教科書に載るようなレベルの基本的な内容は明らかになった。それまでは、この分野の研究者がみな同じ方向を向いてベースとなる知識を築き上げてきたのが、基礎ができたことをきっかけに、それぞれ別の方向に進み始めた。「それによって、研究フィールド全体が幅広く前進したと感じられました」。
ただ、目指すのはあくまでがん研究であった宮園氏は、TGF-βという分子だけにこだわらず、非常によく似た構造をもち、骨や軟骨の増殖に関わるBMP(Bone Morphogenetic Protein)という分子にも1994年からすでに注目していた。BMPにもTGF-βと同じようなシグナル伝達のしくみや受容体があるのでは、と考えたのだ。2つの分子を比較することによって、おもしろい発見とさらなる疑問が次々と生まれた。
宮園氏が構造の類似性からBMPについても研究を進めた一方で、BMPの研究者がTGF-βの研究に参入してきた例はあまり多くないという。もちろん、TGF-βの研究が世界的にかなり進んでいたから、という理由もあるだろうが、「自分の專門、フィールドをどのように捉えているかによるのでは」と宮園氏は見ている。その研究者が何を自分の軸、強みとしているかによって、同じ対象についての考え方が違うというのだ。「がんにおける細胞増殖の促進と抑制」という視点の中でTGF-βをターゲットにしていた宮園氏にとって、構造と働きの似たBMPは「TGF-βに関連があるかもしれない近しい分子」だったが、たとえば骨代謝をフィールドにしている研究者にとって、TGF-βはそれほど魅力的に感じられなかったのかもしれない。細胞内のシグナル伝達機構を研究することによって、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の産物がどのような働きを持ち、その結果、細胞がどのようにして悪性度の高いがんへと進行していくかを明らかにしようとしている宮園氏。その目標に対して、どんな角度から、どんな手法でアプローチするかは限定しない。視点は自由だが、「がん研究」という自分が寄って立つものがある。これが、宮園氏が長く研究を続けられた要因のひとつなのかもしれない。
宮園氏は、人と話す時間を大事にしている。スウェーデン留学時代は、2週間に1回あるHeldin氏とのディスカッションの時間が楽しみだった。Heldin氏と話すといろいろなアイデアが生まれる。宮園氏をはじめ研究室のメンバーは、このディスカッションまでに何とか新しいデータを出したいと頑張っていた。
学会等で講演をすると、さまざまな研究者がTGF-βに興味を示してくれる。中には、バックグラウンドの違いを超えて、同じ研究室で仕事をしたいと言って来てくれる人もいる。「新しく研究室のメンバーになった人の研究テーマを立てるときは、その人が興味を持っていることなどをもとに、みんなで話し合いながら決めています」。そうやって、宮園氏はTGF-βを基点に少しずつ仕事の範囲を広げているのだ。
宮園氏は基本的に、未投稿データも隠さない方針をとっている。「それを発表したことによって他のグループに先を越された、ということも何回かありましたが、トータルで見て失ったものより得たものの方が多いと思います」。試料も、欲しいと言われれば提供する。その代わり、自分たちが欲しい試料がある場合も他のグループに素直にお願いする。これには、スウェーデンでTGF-βの研究を始めたばかりの頃に出会ったアメリカの女性研究者、Roberts氏の影響が大きいという。「自分のグループだけの利益を考えるのではなく、TGF-βの研究をしている研究者全体を盛り上げてくれた、研究者としてフェアで明るい人でした。彼女のおかげもあって、ライバルでもあるグループ同士がお互いに情報共有しながら研究を推進することができたと思います」。
さまざまな人との接点が、アイデアを足し、方向性を考えるポイントとなっている。宮園氏の研究は、そうやって長い道のりを描いてきたようだ。
(取材・文 株式会社リバネス 2014年1月15日取材)
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