研究者人材データベース JREC-IN Portal
国立研究開発法人 科学技術振興機構

留学で得られる成長と経験

九州大学大学院工学研究院化学工学部門 准教授
星野 友

博士号取得後、ポスドクとして日本に残るべきか、海外留学を考えるべきか。明確な結論を出すことが難しいテーマではあるが、そこにはどのような違いがあるのだろうか。東京工業大学で博士号取得後、カルフォルニア大学アーバイン校(University of California Irvine; UCI)でのPDを経て、現在は九州大学にて研究を展開している星野友氏の経験をうかがった。

・生命系研究者にとって、海外経験とポストは必ずしも直結していない。

・大きく異なる環境が、自身の成長を促し次のキャリアへとつながっていく。

・言語や文化を越えた議論を経験することで、世界を相手に生き抜く術を身につける。

・目的意識を持って臨めば、海外留学経験には大きな意義が生まれる。

海外に行く意味を見出す

 近年、大学・大学院教育を始め、さまざまな場面でグローバル化が叫ばれており、各種制度を含めたサポート体制の整備が進められている。しかし、日本学術会議の基礎医学委員会によると、2011年に実施された、生物科学学会連合に所属する1147名のポスドク等(生命系のポスドクならびに任期制助教・任期制助手)のアンケート結果では、30~35歳のポスドク等の18%、36~40歳の32%、41歳以上の40%は海外経験を持つが、安定した職の獲得には至っていないという結果が示されている1)。限られた分野からのアンケート結果ではあるが、必ずしも「海外に行くこと」が「理想とするキャリア」に直結してはいないことがうかがえる。

 では、果たして海外留学をする意味はどこにあるのか。星野氏の場合、そこには「成長」と「経験」という2つの軸があった。

海外だからこそ得られる「成長」がある

 「経験的に、人間は同じ場所にいると慣れてしまうと感じています。最初の数年は急激に成長しますが、そこから先は成長のスピードが落ちていくんです」。そこで、新たな成長に向けて必要なのが、場所・仕事内容・ポジションなどを変えること。その変化の幅が大きければ大きいほど、大変だが自身の成長につながっていく。出身ラボに残ったり、関連するラボでのポストに就いたりなどして日本国内に留まるよりも、「言語も環境も大きく異なるアメリカでのポストを獲得し、一定の成果を上げていく方が明らかに大変なので、自身の成長につながっていくはず」。そう考え、東京工業大学を卒業後、指導教官からの推薦を受け、UCIでのポストを獲得した。

 「Internationalな就職活動において、非常に重要なのが指導教員からの推薦です。そこには、推薦をしてもらえるだけの信頼を得られること、またそれを裏づけられるだけの実績を積んでおくことが必要です」。その言葉どおり、留学先のUCIでは、独自の研究を展開するだけでなく、研究成果をベースにビジネスプランコンテンストに出場したり、日本企業との共同研究を実現したりと、環境の変化すらプラスに変えて精力的な活動を行った。それらの成果は、さらなる推薦というかたちで、現在のポストにつながっている。

異なる考えと議論する「経験」

 科学技術において、日本の社会はまだまだ閉鎖的だ。東南アジアだけを見ても、近年の中国や韓国による技術の追い上げが激しく、その背景には分厚く優秀な人材層がある。彼らは、英語に対する苦手意識も低く、自らの研究とキャリアを積極的に開拓していくような意識の持ち主だ。日本の閉鎖的な環境で4年制の大学を卒業した人たちが、ディスカッションして勝つことは難しいといわざるを得ない。産業界に目を向けてみても、現状では、これまで大企業が蓄えてきたリソースと組織力で戦っているが、本当の競争を考えれば、個々人が対等に勝負できるだけの力を備える必要がある。

 「だからこそ、海外に行くことで多種多様な人種や価値観が共存する厳しい環境に身をおき、若いときから実際にやり合う経験がアカデミア・産業界問わず必要不可欠だと思います」。特に、星野氏が滞在していたアメリカでは、独立心を重んじる文化と、「研究者になりたい」という想いで世界中から若い研究者が集まってくる環境から、PI(Principal Investigator)になるため、激しいサバイバル環境にさらされる。そこで得られた経験のひとつひとつが、いずれ世界を相手に戦う際の武器となるだろう。

意識次第で異なる、留学の必要性

 ただし、国によって習慣も研究スタイルも大きく違い、またラボの運営者によってもその方針は大きく異なるため、日本と海外を一概に比較することはできない。物理的な研究環境を考えれば、アメリカでもトップスクールの一部のラボを除けば、研究機器の質や量、メンテナンスなどは日本の方が優れている部分も多い。「アメリカでのサバイバルゲームを勝ち抜くことができれば、必然的に各種スキルやマインドは高まっていきます。一方で、日本に残れば、優れた環境で、言語や文化の壁を感じずに自分の学問をじっくり追求することができます」。

 海外経験を持たずとも独創的な研究を展開し、多くの成果を上げている研究者は少なくない。「安定したポストを獲得するステップとして」「多くの人と同じように留学する」という意識ではなく、星野氏のように自身の目的意識をしっかり持って臨むとき、留学経験には大きな意義が生まれるはずだ。

(取材・文 株式会社リバネス 2013年12月17日)

1)日本学術会議基礎医学委員会:提言生命系における博士研究員(ポスドク)並びに任期制助教及び任期制助手等の現状と課題(2011年)(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t135-1.pdf)

*コンテンツの内容は、あくまでも取材をうけた方のご意見です。