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国立研究開発法人 科学技術振興機構

魅力ある人と出会い、異分野へ踏み出そう

東京工業大学大学院情報理工学研究科 教授
秋山 泰

研究者として、自らの専門領域から手を広げ、より大きな課題に取り組むためには、異分野の研究者との共同研究を進めることがひとつの強力な武器になる。では、そもそもどのようにして共同研究の相手を見つけ、関係性を構築していけばよいのだろうか。情報科学出身で生命科学の問題に取り組み、ゲノム解析、タンパク質解析、創薬支援などさまざまな方面で数多くのプロジェクトに関わる東京工業大学の秋山泰氏にお話をうかがった。

・優れた研究者と出会い、分野の魅力や課題を学ぶことが、分野をまたぐ力となる。

・得意分野にこだわりすぎず、自らの専門を広げて問題に取り組む。

・若いうちに多様な研究者と出会い、異分野との関係を築く。

魅力ある研究者との出会いが、転身後の力となる

 秋山氏はもともと工業技術院(現在は産業技術総合研究所に統合・再編されている)で、通信局の配置の最適化問題などに取り組んでいた。そのとき、人工知能の開発を目指す通商産業省の第五世代コンピュータプロジェクトで出会ったのが、バイオ系から参加していた京都大学化学研究所の金久實教授だった。自らの最適化技術を使ってRNAの構造予測をする手法の話をしたところ、金久教授にスカウトされた。転身が決まってから数か月、毎朝午前4時に起きて分子生物学の勉強をして、どうにか知識をつけて京都大学へ異動した。

 「僕がラッキーだったのは、異動後すぐにすばらしい先生がたと出会えたことですね」。日本の分子生物学の草分けである大阪大学の松原謙一教授や、染色体研究の権威である京都大学の柳田充弘教授、他にも数多くの優れた生物学者と出会い、バイオロジーの魅力やそのときの課題を教わり、研究者としてのモチベーションを維持するのに最も大切な刺激をもらった。分野をまたいで研究を行うのは簡単なことではない。情報科学の世界からは「既存の手法を生物学に適用しただけ」と見られ、生物学の世界からは「計算の手伝いをしただけ」と見られて、なかなか第一著者として論文を書けなかった。その中で、徐々に若手の研究者たちが秋山氏の強みを理解し、共同研究者として引き上げてくれたのだ。

異分野の問題へ取り組む姿勢の違いが、歩む道を分ける

 秋山氏が壁を越えた情報科学と生物学とでは、根本の考え方が大きく異なる。たとえば、情報科学の分野では、研究者ごとに得意とする手法を持ち、その中でベンチマークとなる共通の問題を効率よく解く方法を開発するのが研究の主流であった。それに対して生物学は、未だメカニズムが明らかになっていない生命現象などの問題があり、さまざまな手法を用いてそれを解き明かしていく。

 分野の垣根を越える情報科学者はそれなりの数がいるが、その8割ほどは、自らの計算手法の利用を主眼として共同研究を行い、生物学や化学などの多様な問題を解いていく。軸足を情報科学に置き、もう一方の足をさまざまな分野に突っ込んで論文を書くのだが、それは生産的である一方、生物学として深い研究には至りにくい欠点もある。

 それに対して2割は、異分野が抱える問題の解決を目指し、場合によっては用いる手法を変えてでも解き明かそうとする研究者だ。「私の場合、転写制御のメカニズムは発生・分化にも関わるし、それはすなわち進化にもつながるし、というように問題と問題の間の関係に徐々に入り込むようになってしまったんですよね。それらに取り組むために、若い頃に得意としていた手法を捨てた瞬間は、博士号を認めてくださった先生がたに対する裏切りともいえるかもしれません」。ただ、そうして異分野に両足で踏み込むような研究者が一定数いてこそ、分野間連携が進むのだと秋山氏は話す。

あらゆる機会を使って、人間的パワーのある人とつながる

 よい研究者と、はまり込むほどの魅力ある問題に出会う。それが異分野との共同研究を始めるコツだとすれば、そもそもその出会いはどのようにして得られるだろう。「私の場合、ボスに頼まれて学会併設の展示会を企画したり、他の研究室・大学のネットワークや通信機器の調整をしたりというサービスマンのような、一見つまらないことをこなしていくうちに知り合いが増えていきましたね。あとは年齢の近い方たちと酒を飲みながら朝まで語り合う中で、相手の人間的な魅力を感じ、取り組まれている分野に対して尊敬の念を抱くようになりました」。

 今の時代であれば、いろいろな学会や展示会に足を運び、人間的に魅力を感じる、好きになれそうな人を探す。その人たちと付き合う中で、運がよければ自分の技術を提供できたり、自分が抱える問題に対して技術を提供してくれたりするかもしれない。先に解くべき問題があって共同研究を始めるのもひとつのあり方だが、他の研究とのエフォート配分や、研究の進行次第では立ち消えになることもある。そういうとき、「まず仲よくなっていた方が、実を結ばなくても許せるし、飲みながら『あいつとの仕事を進めなきゃ』って思い出してくれるかもしれませんよね」。

 インパクトファクターの高い論文を何報出せるかという競争でしのぎを削り合う世の中ではあるが、「長い目で見たときには、遠い分野の人と研究を進めた経験を持っておいた方が、実は得なんじゃないでしょうか」。人間的パワーの大きな人との出会いは、その感動によってモチベーションが高まる、真に必要な人との出会いにつながるネットワークに加わることができるなど、必ず、自分を高めてくれる。そのためには、さまざまな分野の学会や展示会、あるいはたとえ作業の手伝いであっても、研究者として、人間としてパワーのある人々に出会えるチャンスと捉えて、積極的に参加してみるのがよいだろう。

(取材・文 株式会社リバネス 2014年1月28日取材)

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