東京都総合医学研究所 所長
田中 啓二氏
研究をするにはお金がかかる。所属機関から配分される研究費もあるが、思ったような研究をするにはやはり、外部からの資金獲得が必須だ。科学研究費補助金(以下、科研費)採択率全国第2位の東京都医学総合研究所(以下、医学研)で所長を務め、自らも申請、審査ともに経験豊富な田中啓二氏に申請書を書くときの考え方やノウハウをうかがった。
医学研は、がんや感染症、精神疾患といった多様な疾患と、その背景にある生命現象に対する基礎研究を行う研究所だ。20~30のプロジェクト研究の中で170名ほどの研究者、技術者が働く中、2013年度に科研費採択率が47.3%と、一橋大学についで第2位となった。「採択率を上げるなら、採択されない申請は出さない、という方法もあるでしょう。でも医学研では、出さなければ採択されないから、できる限り出す、という方針でやっています」と田中氏は話す。所内では、毎年1回、所長自ら申請書の書き方に関する所内セミナーを行い、研究所の方針とともに、作成ノウハウを所員に伝えている。
田中氏は、審査をする立場でもある。多忙のために科研費の審査は断っているというが、JST戦略的創造研究推進事業のひとつCRESTだけでもおよそ100本もの申請書を読む。「今は不採択の場合でもその理由をつけて戻す必要があるから、1本読むのに30分以上はかかります。100本もあれば、1週間はそれに忙殺されるわけですね」。だからこそ、文字でびっしり埋められていると、「読む気がしなくなる」と言う。「同じ内容なら、長いより短い方がいい。特にタイトルは重要です。僕が指導する場合はいつもタイトル候補を複数つくらせて、一番短い言葉で、内容を的確に表しているものを選びます」。
申請書の執筆には、きちんと時間をかけることが重要だと田中氏は話す。公募が始まったら、最初の半月でほぼ完成版を書き、その後半月ほどは寝かせておく。そうして再度読むと、客観的に見ることができ、自分が書いた内容の欠点を見つけられるのだ。「公募の時期はだいたい毎年一緒ですから、大きな予算の場合は公募開始前から準備をしています。4月くらいからチームメンバーを集めて議論を始めて、時間を取りやすい夏に書類を書きます」。そうして書き上げた申請書は、できれば他の人にも見てもらうとよい。他人が理解できるように書けていなければ、申請が通るはずがないのだ。
時間をかけて考えながら書いていると、途中で新しいアイデアが浮かんでくる。「そのくらいの熱量を込めて書かないとだめだと思います。本当に真剣に考えた申請書は、読む人を感動させるものになります。そういうものが、いい申請書だといえるでしょう」。他の研究費に出した書類からコピー&ペーストで済ませているようなものも見かけるが、審査をする過程でそれに気づいたとき、非常に印象が悪くなるという。また、誤字や論理の誤りについても、申請者の思慮の浅さを感じさせる原因となる。「通るか通らないかは、本当に紙一重の差です。それを越えるためには、細心の注意が必要です」。だからこそ、申請書作成に時間をかけることが大切なのだ。
他の人が書いた、よい申請書を見ることで、多くを学ぶことができる。医学研では、その年に採択された申請書5本を、もちろん本人の許諾を得て図書館で展示しているという。一方、研究者として飛躍するには、人の真似をするだけでなく、自分のスタイルを確立する必要がある、と田中氏。「実際、伸びていくのは、僕が言った通りに書かない人です。自分の線を譲らない、強い個性がある人でないと」。
大きなラボに所属して実績を出していたが、独立したとたんに採択されなくなる人もいる。「そういう人は、ラボにいる間に申請書の書き方とか研究への考え方について訓練されていなかったんでしょうね。若いうちから戦う姿勢で、どんどんアプライして経験を積んでいくのが重要です」。
よい申請書を書くには、十分な時間と大きなエネルギーが必要だ。もちろん採択される方がよいが、不採択だったとしても自分のためになるように、考え抜くことが大切なのだ。「『不採択だったときを思い出して、あのときに新しい構想ができて自分の研究が発展したな』、『採択された人の申請書を見て、自分の狙いはまだ小さかったな』と捉える。そういう感受性を持って、自分を磨いていかないと。人から言われて直しました、だけでは成長していけないでしょうね」。申請書執筆は、翌年の研究資金を確保するための行為でもありながら、自らの考えを研ぎ澄ませるチャンスでもある。そのチャンスを、締め切りに追われておざなりに済ませてしまうのは、あまりにもったいないことなのだ。
(取材・文 株式会社リバネス 2014年1月21日取材)
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