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国立研究開発法人 科学技術振興機構

成果の特許化は、
研究に深化と加速のきっかけをもたらす

株式会社東京大学TLO 取締役
本田 圭子

技術移転機関(Technology Licensing Office;TLO)は、大学の研究成果を企業等へ移転する役割を担う機関だ。彼らから見て、成果を特許化し、市場に出すことはどのような意味を持つのだろう。また、TLOと連携し特許について考えることは、研究者にどのような価値をもたらすのだろうか。株式会社東京大学TLOの取締役を務める本田圭子氏にうかがった。

・特許化は、研究を加速するための選択肢のひとつとなる。

・実用化や産業界での開発に興味を持つことが重要。

・研究コンセプトの深化と特許出願の展開は、似たプロセスをたどる。

特許化と技術移転が研究へのフィードバックとなる

 TLOは、1998年に制定された「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」に端を発して設立された機関だ。大学で生まれた発明の特許化、企業への技術移転等を担っており、その本質について、「営業マンの集まりです」と本田氏は表現する。取り扱うものは、大学で生まれた研究成果(発明)のライセンス。発明者である研究者にヒアリングを行いながら、その発明がどのような製品やビジネスにつながるかを考え、企業に提案を行っている。

 東京大学に所属する研究者から提出される発明届けは、年間600報に及ぶ。それらのうち、企業との共同研究の成果は半数の約300報あり、そのほとんどは企業側の判断により特許出願される。東京大学TLOは、残り約300報について市場性や特許性を検討し、特許権等の商材になるかどうかを考えるのだ。その結果、6割程度を特許出願し、技術移転の商材としている。

 研究成果が出た際、論文投稿等のアカデミアに向けた発表と並行して、特許出願をするか否かの選択を行うことになる。特許化を狙う意義について本田氏は、研究開発の促進につながり得る、と話す。「論文として発表された研究成果は、人類にとっての公有財産となります。そうすると『誰でも自由に使える』状態になり、むしろ、企業が投資して開発を行うインセンティブがなくなってしまうことがあります。その結果、研究資金が増えず、研究開発が進まない、ということが起こり得るのです」。特許化すると、企業が興味を持つきっかけになり、それが刺激となって研究を深める教員も多いのだという。「モチベーションの面でも、研究へのフィードバックがかかるわけですね」。そうして、出願された特許を適切な企業に紹介して事業化を加速するとともに、産業界のニーズや評価を研究者へフィードバックを促すためにTLOがいるのだという。

実用化に興味を持ち出願にチャレンジすることが、特許化への近道

 近年、特許出願数が研究者の業績のひとつとして数えられるようになってきた背景を受け、特許化に対する意識の高まりから発明届けの数は確実に増えた。その中でTLOと連携してスムーズに特許出願、企業への技術移転等まで進める研究者の特徴は、「実用化や企業での開発工程に興味と熱意がある人」だと本田氏は言う。

 そもそも特許化するためには、研究成果が学術的にだけでなく、産業にも利用し得るものでないとならない。また、論文で発表済み等、公知のものであったり、同様のもの(技術、物質など)が先に出願されていたりしてはいけない。これらをクリアして特許性を持つかどうか、TLOでは発明届けが出された後、既存の特許等をリサーチする。そして必要であれば、市場価値を増すために、発明がどのような産業分野に活きるかについて研究者と議論し、それを示すための実験や、既存技術に対する優位性を示すデータを取ることを提言している。研究成果の実用化に興味を持つ研究者の場合、最初は特許化に必要なデータや、産業界にとって魅力的なデータの示し方について意識がなくても、「何度か発明届けを出し、特許出願や企業への技術紹介を行ううちにコツを掴んでいき、特許や市場性の観点で有効な実証データを示してくださる方も多いのです」。

 

出願までのハードルが、研究コンセプトの深化につながる

 特許性も市場性もあると判断された発明をいざ出願する際に重要なのが、特許の範囲を決めることだ。たとえば、新規に合成した化合物に有用な特性があったとして、それを特許化する場合のことを考えてみよう。その化合物の構造式を特許の範囲とした場合、部分的な構造は異なるが同じ特性を持っている構造式は特許の範囲外となってしまう。そのため、カバーする範囲をできるだけ広くとることが重要になる。

 TLOでは、このような発明があった場合、「構造を変化させても特性が維持される範囲」を明らかにすることを研究者に求めている。一部の官能基を変化させるとどうなるのか、化合物の骨格を変えると特性は失われてしまうのか。そうした研究を深めていくと、その化合物が特性を持つために必須の要素が絞り込まれていき、最終的にはその特性を示す根本のメカニズムの理解にまで行き着くことができるはずだ。「この考えは、研究そのもののコンセプトを研ぎ澄ます過程と同じなのだと思います。特許出願には、内容を明確に言葉で記載する必要があります。そのハードルを設けることで、研究テーマの根源に迫ることができるのです」。実際、特許出願に際しての議論を重ねる中で、研究者から「その実験はアカデミックにも重要だ」と言っていただけることもあるという。特許出願は研究成果を得られた後のゴールと捉えられがちだが、研究そのものを深める役割を果たすこともあるのだ。

 「研究成果が出た際に、早々に論文や学会で発表するか、特許出願するかを迷うことがあったら、まずはTLOに相談してほしい」と本田氏は話す。実際に出願するかどうかは発明の内容次第。だがアカデミア研究者とは異なる視点で成果を見定めるプロである彼らと議論をする中で、必ず得るものがあるはずだ。

(取材・文 株式会社リバネス 2014年1月10日取材)

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