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国立研究開発法人 科学技術振興機構

企業の視点から見た、研究成果と特許の価値

社団法人技術知財経営支援センター 代表理事
秋葉 恵一郎

特許権とは、発明を独占・排他的に使用する権利である。取得や維持にはコストがかかるため、特許権を用いて利益を得ることができなければ、その権利のコストパフォーマンスは低くなる。では利益を得るための「特許戦略」を念頭に置いたとき、特許を取るべき、あるいは取るべきではない発明とは、どのようなものだろうか。企業の中で技術や知財に広く関わり、独立後は自ら技術士事務所を立ち上げる傍ら、社団法人技術知財経営支援センターでコンサルティングを行う秋葉恵一郎氏にお話をうかがった。

・よい特許は積極的に利用すれば利益を生み、企業経営にとって有力な武器となる。

・特許侵害を見つけにくい発明は、特許出願して公開されると技術が盗まれやすくデメリットの方が大きくなることがある。

・研究者と知財の専門家、そして企業が同じ土俵で交流することで、社会実装は加速できる。

権利を行使して、利益を生むのが特許の本質

 秋葉氏は有機合成化学を専攻して東京大学農学部を卒業後、住友化学株式会社に入社して農薬事業部研究部に配属された。その後、知的財産関連の部署、農薬開発関連の部署、製造部署との間で何度か異動をする間に、「これこそ特許を取るべき成果の好例」という発明に出会った。それが、自ら米国特許明細書の作成に携わったフェンバレレート(Fenvalerate)の発明だった。

 フェンバレレートは合成ピレスロイド系の殺虫剤で、本格的な農業用合成ピレスロイド剤として日本の他、世界各国で使用された農薬である。当時「驚くくらいよく効く」と言われるほどの画期的なもので、国内および海外60か国以上で特許出願を行った。アメリカではシェルUSAに独占的通常実施権を与え、共同で開発することになった。しかし、よいものは真似されるもので、American Cyanamid Co. (ACC)がよく似た化学構造を持つ殺虫剤の開発・販売を始めた。そこで1980年、住友化学はシェル USAと組みACCを相手どり、テキサス地方裁判所で日本企業として初めて原告となり、特許裁判を行うことになった。当時、秋葉氏はもちろん、住友化学でもアメリカでの裁判経験はなかったが、6年半にわたる係争の末に有利な和解で裁判を終わらせることができた。アメリカの被告側の弁護士の巧妙な訴訟戦術の前にたじろいだが、この特許訴訟を闘い抜いたことで、特許というものが企業経営にとって極めて重要な戦略的資産であることに"目覚めた"という。

 上記の例が示すように、企業経営にとって価値の高い特許とは、床の間に飾って置くものではなく、それを活用して初めて企業利益に結び付くものであり、また、そうしてこそ初めて企業の面目を保てるものだといえる。

特許化による公開を、どう捉えるか

 フェンバレレートの場合、化学物質そのものが特許の対象となっていたため、ACCの農薬物質の化学構造との類似性を根拠に、特許侵害として訴追することができた。一方で、「侵害されている事実を把握しにくい場合もあります」と秋葉氏は話す。それは、農薬の場合、合成方法など、製法のちょっとした改良に関する特許だ。「ライバル企業の工場内に入って製造装置の細部を点検し、合成過程を調べるというわけにはいきませんからね」と言う通り、最終製品を入手して分析しても知ることのできない製法のような場合には、むしろ特許を取って情報が公開されてしまうことがデメリットになることもある。そのような発明は特許出願をせず、ノウハウとして秘匿した方がはるかに企業にとってはメリットが大きいのだという。

 また、ある企業が保有する物質、用途、製法、製剤の処方などの特許や関連技術情報といった公開情報から、当該企業の研究開発戦略は誰でも得ることができる。そのため要となるノウハウの特許を細大漏らさず出願することは、ある意味でデメリットになり得る。そのため、技術を構成するジグソーパズルの所々がわからないよう、ノウハウ部分を上手に秘匿して出願することが望まれる。知財戦略の重要性を認識している企業ほど、特許自体の価値を多面的に利用しているように思える。よって、大学や公的研究機関の研究者は、製品・サービス化、あるいは製造技術への適用といったかたちで社会に実装できそうなよい研究成果を得られそうな場合、早いうちに企業とコンタクトを開始するのがよいだろうと秋葉氏は話す。

研究者と目利き技術者、知財の専門家、そして企業が出会う場を

 「基本的に、企業は第三者の研究成果が自社の利益に結び付くと判断すれば、当該第三者にアプローチします」。そのため、アカデミアの研究者側は、積極的に企業の目に触れる場に出てほしいと秋葉氏は言う。たとえばイノベーション・ジャパンで発表をしたり、複数大学の知財を取り扱う一般社団法人や民間TLOが集うコンソーシアムが開催するイベントで発表をしたりすれば、興味を持つ企業との接触ができるだろう。また所属する大学のTLOや産学連携機関が秋葉氏のような独立の技術士、弁理士とコミュニケーションを取っていれば、企業側が新たなシーズ技術を求めてきた場合に、適したビジネスモデルを研究者に提案することもできるはずだ。そのため、研究者とそれをサポートするTLOや産学連携機関、それに目利き技術士や弁理士、さらにニーズを持っている企業が集まる場ができれば"知"のミックスにより研究成果の実用化を加速することができるのではないかと秋葉氏は言う。

 ただ、秋葉氏は自身の強みを化学方面であるとした上で、宇宙や原子力、機械装置関係などは専門外であるために研究成果の正しい評価はできないと話す。それはTLOでも同様で、特許出願やライセンス契約のプロがいたとしても、個々の技術の目利きには、その分野に専門性を持つ人材が必須なのだ。だからこそ、研究者のキャリアパスが、目利き人材など技術を取り扱う側に対しても開かれているとよいと語る。政治、経済や科学といった広い分野の教養も持ちながら、自らの専門分野と他の分野との関係性を理解して、研究成果を社会に実装するために働く人材が増えれば、科学はより発展していくはずだ。

(取材・文株式会社リバネス、2014年1月17日取材)

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