東京大学 教授 / 産学連携本部 イノベーション推進部長
各務 茂夫氏
研究成果を社会に実装するためには、その成果を製品化・サービス化し、公的資金によらず社会へ広まるしくみをつくる必要がある。そのためには、企業等との連携、あるいは起業が必須だ。では、アカデミアの研究者がどのような考えを持つことで、社会実装の成功率を高められるのだろうか。これまで数々の産学連携や起業の事例を見てきた、東京大学産学連携本部の各務茂夫氏にお話をうかがった。
2004年、国立大学法人化とともに立ち上がった東京大学産学連携本部に着任した各務氏は、産学連携体制の構築、起業支援、起業家教育などを通じて、東京大学の知を社会に還元するための方法を模索してきた。既存企業との共同研究と、ベンチャー起業によるビジネス化の2つを比較したとき、これまでの実績から「スピード感を持って研究成果を製品・サービス化し、イノベーションを起こせるのはベンチャー企業です。既存企業との連携からは、なかなか新しい製品やサービスなどの開発はできません」と各務氏は話す。その理由の一端は、国内企業のビジネス観にある。大手企業では一定以上の規模、たとえば10億円以上の市場が確実に見えている技術でないと事業化しないなど、新規事業へのハードルが高く、中小企業では短い期間での研究開発を求めるために、大学の意図と合致しないことが多いのだ。
一方で、海外の企業からのオファーは多いという。彼らは自社のビジネスにどのような技術が不足しているのか、何が欲しいのかを明確にリスト化しており、該当する分野の研究の論文をすべて読み込んで連携の話を持ち込んでくるのだ。以上のことから、各務氏は「日本社会にかぎらず大学の研究成果を還元するのであれば、大学発ベンチャーが近道といえる」と見ている。
東京大学産学連携本部では、知財を取り扱う東京大学TLO、ベンチャーキャピタルである東京大学エッジキャピタルと連携しながら、起業支援を行っている。ここ最近で注目を浴びた東大発ベンチャー企業といえば、ミドリムシから健康食品や燃料をつくる株式会社ユーグレナ(2012年12月に東証マザーズ上場)、特殊ペプチドから医薬品候補物質を創製するペプチドリーム株式会社(2013年6月に東証マザーズ上場)、そしてヒト型ロボット開発の株式会社SCHAFT(2013年12月Googleにより買収)などが挙げられるだろう。産学連携本部では、さらに新たな企業を生み出すべく、東京大学の学部生、院生、ポスドクを対象とした起業講座である「東京大学アントレプレナー道場」を運営している。
道場では、理工系の研究を行っている学生と、文系あるいは人文科学を学ぶ学生とがひとつの場に集い、ビジネスプランを磨くためのディスカッションを行っている。また、監査法人等に務める外部人材のメンター組織や東大OBの起業家が協力をして学生の教育を行い、新たな成功事例をつくっていこうとしている。「強く意識しなければならないのは、学術論文を書くために必要な研究データと、ビジネスの"ニオイ"がする研究データは違うということです。新しい知見を得ることを目的にするのではなく、社会が現在抱える課題を解決する、あるいは現状を改善することを目的として、実用可能性が明確なデータを出していく必要があるのです」。
「研究の中で行う問題の発見や再定義、解決に向けた仮説の設定、実証というステップは、ビジネスの中でも行われています。ただ、その視点を金銭の流れを含む現在の社会に向けるのか、自然や技術、文学、歴史といったものに向けるのかの違いだけなのです」。アカデミアで研究を進めることと、ビジネスの視点で研究を見ることは、互いに排他的なものではなく、両方の考え方を身につけることが武器になると各務氏は話す。「研究だけしか見ない、狭い視野の中で生きるのではなく、社会の中で自分の研究テーマがどのような位置にあるかを幅広い視点で見る必要があります。社会実装に向けた事業プランを立てる視点を持つことは、誰もが経験しなければいけないと考えています」。
アメリカでは理工系の学生や研究者がビジネスプランコンテストに出ることが多く、また研究成果を元にしたベンチャー企業の数も多いために、研究の事業モデル化を学ぶチャンスは数多くあるのだという。その点、日本はまだ成長途上。各務氏は、まず東京大学の学部や大学院の授業として理工系学生がビジネスを学ぶ機会を増やしていこうとしている。特に博士課程まで進む学生や、ポスドクとして研究を続けている人材の中には、今後もアカデミアに残り続けたいと考える人は多いだろう。それに対し、「アカデミアに残るからといって科学や技術の基礎だけを追求するのではなく、いかにして社会実装するかのトレーニングをしてみませんか」と各務氏は問いかける。「一度練習して覚えたら忘れない水泳と同じで、新しい事業化ためにビジネスプランを書くことは、理系・文系に関わりなく学生のうちに一度は頭の筋肉を動かすトレーニングしておくべきことだと考えています」。その準備があれば、研究が進んで実用化が見えたときに、成功する可能性が高まるはずだ。
(取材・文 株式会社リバネス 2013年12月20日取材)
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