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国立研究開発法人 科学技術振興機構

研究を推し進め、
成果を社会で活かすための起業という選択

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系 教授
太田 邦史

理化学研究所(以下、理研)に所属していた当時、動物個体の免疫に頼らないしくみで多様な抗体を生産する技術を開発し、それをもとにバイオベンチャー企業を設立。研究成果を社会に活かす、その手段として起業を選んだ理由は何だったのか。研究者がビジネスを行う上で必要なことは何なのか。現在は東京大学に所属を移し、設立したベンチャー企業においては社外取締役を務める太田邦史氏にお話をうかがった。

・起業後、研究と経営はそれぞれ得意な人が別々に担当した方がうまくいく。

・会社は、大きなリスクを伴いつつ、研究の事業化を大きく推進する。

・研究者がビジネスに関心を持ったときに勉強できるしくみが、さりげなく用意されているとよい。

経営と研究の両立は難しい

 研究成果が出たら、それを活かすことが重要。その手段として「起業」という道を選択することになったきっかけは、新聞社による取材を受けたことだった。別件での取材だったが、紙面にほんの少しだけ載ったその抗体産生システムについての記述に、ベンチャーキャピタルが反応してくれたのだ。「そのキャピタルの人と話をしているうちに、これはベンチャー企業になりますよ、と起業の方向性を提案してもらって」。

 2005年、理研のベンチャー支援制度を活用し、会社を設立。「特許申請から実用化まで、理研の事務スタッフの方にかなりお手伝いいただきました。そのおかげで、会社の設立がうまくいったと思っています」。

 会社立ち上げ当時、太田氏にはこの技術以外にも研究テーマがあり、会社だけに専念することは許されなかった。そこで、外部から社長となる人を招聘し、技術面では研究室にいた研究スタッフを送り込むことにより、太田氏自身が関わらずとも会社を回せる体制を、早いうちに確立しようと努めた。「経営者である父から『経営は研究と両立できるほど易しいものでない』という話を聞かされていました」。無理をすると、経営も研究も、どちらもできなくなってしまう。それならば、「餅は餅屋」で得意なことをやった方がよいだろうという結論に達した。「それは今思い返しても、正解だったと思いますよ」と太田氏は言う。

会社は、リスクを背負って研究を推進するしくみとなる

 会社にすることによって、「研究成果の事業化が非常に加速した」と太田氏は言う。「会社になると、事業計画や経営計画を立てて実行しなければならない。当たり前ですけど、計画を立てるとそれを実行せざるを得なくなるんですね」。計画上、かなり無理をしないといけない部分も出てくるが、厳しい計画によって尻を叩かれることで進めることができたとのこと。海外の企業との共同研究や、国内外の製薬企業との取引等、会社という体制になったからこそできるようになったこともあるという。また、市場からの資金調達ができるようになったこと、人材を採用できるようになったことも大きなメリットだ。

 その一方で、厳しい時期を通り抜けてもいる。「特に2006年のライブドア事件のときは、世の中のベンチャー企業に対する風当たりが強くなったことによってベンチャーキャピタルの投資へのハードルが上がり、資金調達が苦しくなったりもしました」。その後のリーマンブラザース事件のときも大変だったそうである。会社の技術とは無関係の、金融市場や政治の状況に相当影響される。「お金がなくなれば会社もなくなる。そうしたら、人を路頭に迷わせることになります。綱渡りの連続で、眠れないときもありました」。

 事業を軌道に乗せることができた最初の大きなポイントは、大手製薬企業との契約が成立したこと。「やはり、評価してくれるところが1社でもないと苦しいですね。また、アメリカや欧州・中国など海外で特許を取得できたことも大きかった」と太田氏は話す。

研究以外の何かに興味を持ったとき、ビジネスマインドは生まれる

 研究者もビジネスマインドを持つべき、といった風潮があるが、太田氏は「ビジネスって、生き馬の目を抜くようなところがあるので、無理してそんな恐ろしい世界に研究者全員が入っていく必要はないと思います」と話す。最低限、経済や法律、社会的なことについて「関心は持っていてほしい」。普段、論文しか読んでいない場合、新聞を読むだけでもかなり得るものがあるだろう。

 ビジネスマインドは、育てようとして育つものではない。素地がある人は、教えなくても勝手に育つ、というのが太田氏の考えだ。「大事なのは、足を引っ張らないこと。自分のように、ビジネスを始める研究者は放っておいても出てくるので、そういう人を見つけたら、ちゃんと育ててあげればいいと思います」。

 知財や法律等の講習会が用意されていることも多いが、「必要なときに勉強した知識しか血にならないと思います。興味のある人には、勉強できる道筋があくまで『さりげなく』用意されているのが理想ですね」。研究者がその環境に気づき、自ら勉強を始めたとしたら、それ自体がビジネスマインドをもち始めた兆しだ。何かのきっかけによって研究者の目の前が切り開かれたその瞬間、必要な勉強ができる環境。それがあれば、日本の研究者はもっと伸びていくことができるだろう。

(取材・文 株式会社リバネス 2013年12月20日取材)

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