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国立研究開発法人 科学技術振興機構

伝えることによって、研究を大きく育てる

日本大学藝術学部 教授
佐藤 綾子

近年、研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動を行う「アウトリーチ」活動が盛んに行われるようになってきた。自身も「パフォーマンス学」の研究者であり、「伝え方」についての研修や講演を行う日本大学の佐藤綾子氏に、「伝えること」の意義や考え方についてうかがった。

・表現されない実力は、ないに等しい。

・内面が表現に現れ、表現によって得られた結果によって内面も変化する。

・学問は、「伝える」ことによって大きく育てることができる。

中にあるものは、外に出さないと見えない

 他人の前にいるとき、そこで行われる表現は無意識的に浮かぶものではなく、自分の自己表現についてあらかじめ考えられ発現している。自分の中にあるものを、どんな意図にもとづいて、どうやって伝えるか。その方法を研究するのがパフォーマンス学だ。「人が持っているすばらしいものがうまく表現されなければ、相手にはわからない。表現されない実力は、ないのと同じなのです」と佐藤氏は話す。「日本には、直接言わなくても相手が推し量ってくれて言いたいことが伝わる『暗示文化』がありました。極端な例だと、『ひとつよろしく』のひと言で話が全部通ってしまうような。1980年頃すでに、これから日本はグローバル化するだろう、という感覚があった。日本が本当にグローバル化したとき、『ひとつよろしく』なんて言っていることはできないだろう、と思ったのです」。言わなくても伝わる時代は終わった。シャイな人が多い日本人も、自分の中にあるものを相手にわかるように表現できなければ生きていけない時代になったのだ。

人の内面と表現は、互いに影響し合っている

 パフォーマンス学に則って表現のトレーニングをした結果、その人の潜在能力が掘り起こされるケースもあるという。「表現することによって内面が磨かれることはよくあります」と佐藤氏。たとえば、他人ときちんと対話をしようと思えば、そのために事前に情報収集をしたり、自分の考えを整理したりする必要が出てくる。相手が言っていることも理解をしてうまく要点をつかもうとする。対話することは外に向けて行うことだが、その上達に伴って自分の中に情報が蓄積したり、中身が整理されたりして、内面にも変化が起こるのだ。

 対人関係からなるべく身を引こうとする「対人恐怖症」の人には、「視線恐怖症」の人が多い。人を見つめたり、人に見つめられたりするのが怖い。だから、人と接するのも怖いのだ。「見つめるという動作自体は易しいことですが、そこには、その人の自信や不安、恐怖心などの内面が表れているのです」。人を見つめること、見つめられることに慣れて視線恐怖症を克服すると、対人恐怖症の方も改善するのだという。

学問を育てるために、広く伝える

 研究者が、自分がやっている研究を「伝える」意義は何か。佐藤氏は大きく2つを挙げた。ひとつは、研究室に集まる後輩や弟子たちを育て、自分の哲学や目標、実験スキルなどを教え、自分の代ではできなかったことを次の世代に託していくこと。もうひとつは、一般の人に研究の意義や成果、それによってもたらされる未来を伝え、理解してもらうことだ。両者とも伝われば伝わっただけ、その研究を一緒にやってくれる人、理解してくれる人、応援してくれる人たちが増え、研究を大きく育てることができる。佐藤氏は、「自分がやっている学問を広めることは、その学問をやっている人の使命、仕事の一部だと思っているんです」と話す。佐藤氏自身、パフォーマンス学の研究を行う研究者。パフォーマンス学を広めるため、研修やワークショップなどを数多く実施している。「でも、そうやってひとりで何年かやっても限界がある。私は、ひとりだけで30年間やるよりも、『伝える』ことで学問を広め、人を育てることによって300年間でも研究が継続するようにしていきたい。そうすれば、学問はもっと『育つ』でしょう?」

 折しも今は、「研究を伝えること」が求められている時代。「研究者は、せっかくすばらしいことをやっている、すばらしいものを内面に持っているのだから、それを発信すべきです」と佐藤氏は言う。「スタイル&サブスタンスという言葉があります。スタイルは表現するかたちのこと、サブスタンスは実質、中身のこと。両方がそろってはじめて、人間の自己表現が完成するのです。研究者にも、その両方を磨いてほしいですね」。よい研究を行い(サブスタンス)、それが伝わるような表現をする(スタイル)。「スタイルは何でもいいんです。ひとりずつ違っていていい。それを考え実行することは、研究者の仕事、使命のひとつだと思いますよ」。

 ぜひ一度、自分の研究を振り返り、それを伝える方法について考え実行してみてほしい。その過程によってきっと、研究自体にも磨きがかかるはずだ。

(取材・文 株式会社リバネス 2014年1月17日取材)

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