筑波大学生命環境系 教授
漆原 秀子氏
研究を進める中で、それまでの業績をまとめる場面は数多くあるだろう。自らが著者である論文リストを作成すること以外にも、研究予算の申請書や研究室のwebサイトに記載するなど、自らの研究成果をまとめるにはさまざまなかたちがあり得る。そのとき、どのようなことを意識すれば、自分の研究にとってプラスになるだろうか。2013年4月まで日本学術振興会学術システム研究センターで主任研究員を務めた、筑波大学教授の漆原秀子氏にうかがった。
業績をまとめるというと、著者となった論文や学会発表のリストを作成することを想像する研究者は多いのではないだろうか。だが、重要なのは、「それまでの研究が、今の研究にどうつながっているのか、将来どのような道筋で何を明らかにしていくのか」といったストーリーをわかりやすく伝えることだと漆原氏は話す。「研究費の審査員は短期間で、場合によっては100本以上の申請書を審査します。その状況でリストの論文内容を細かくチェックすることは困難です。リストも重要ですが、申請書をわかりやすく書いてほしい、と強く感じます」。
特に、若手研究者には重要な意味を持つという。「大きなラボにいたから論文の数は多いが、自身の論点がはっきりしないというケースも実際にありました。若手を評価する際は、申請者自身が研究主体としてやっていけるかを見極めるため、過去の成果から将来の道筋までのストーリーが見えるかどうかがひとつの指標になります」。
1996年に細胞性粘菌のcDNAデータベース担当になった際にポータルサイトをつくった漆原氏は、特にwebサイトのつくり方はある程度勉強しておいた方がよいと話す。若手研究者にとって、先にも書いた通り、自らの哲学を発信し、研究の道筋を明確に示すことは研究費獲得の可能性を高めることにつながる。自らwebサイトやその中のコンテンツをつくれるようになることで、発信力を強めることができるのだ。
また、「どこかのタイミングで勉強しておくと、予算がとれて制作を外注する際にも役に立ちます」とも話す。漆原氏自身、科研費の審査員選びの際や、大型プロジェクトの審査の際には必ずwebサイトを確認したという。特に大型の研究費の場合、申請書に記載された内容の確認のためにwebサイトを見て研究の背景や論文、賞罰の確認を行うなど、できる限り多くの情報を集めて実行可能性を判断していた。そうした場合にも、文字だけが並ぶ研究紹介より、図版や動画などを効果的に配置する方が研究の内容をわかりやすく伝えることができるだろう。Webで何を表現できて、何が難しいのかを理解しておくことは、将来にわたっても無駄にならないはずだ。
研究を進める中で、研究成果を伝えるべき相手は研究者や研究費の審査員だけではない。一般市民に対して伝えることは、自らが籍を置くアカデミアへの支援を促すことにつながるだろうし、公的資金で研究を行っている場合は義務ともいえるだろう。大学の執行部や事務、研究支援人材に対しても伝えていくことで、自身の研究の認知につながり、学内でのプロジェクト研究発足の足がかりになり得る。さらに、自らがPI(Principal Investigater)となった際には、学生やポスドクに向けて積極的に発信することが、仲間を集めることに役立つはずだ。
多種多様な相手がいる中で、伝える際に意識すべきことは、「相手に理解してもらおう」という姿勢だ。研究費の申請書であれば、自らの専門とは異なる分野の専門家に向けて、いかに論理的に申請内容の価値を伝えるか。学生向けであれば、いかにおもしろいと思ってもらうか。相手によって、多様な手段で自らの研究を伝えていく必要があるのだ。「論文を書く際には、その研究の価値を理解してもらおうと強く主張する意識を誰もが持っていると思います。ですが、その他の場面では論文ほど注意していないのではないでしょうか」。論文はあくまで研究の「出口」のひとつでしかない。出発点である申請書や、理解や支援を促すためのwebサイト、アウトリーチ活動での情報発信などにも同じように注力することは、労力はかかるが結果として研究をスムーズに進めることに寄与するだろう。
業績やこれからの研究を発信し、自らの存在感を高めていくために何よりも重要なのは「情熱」だと漆原氏は話す。実際、学会でも積極的に議論をしかけてきた若手ほど記憶に残っており、グループ研究を組む際や審査員を選ぶ際など、長くコミュニケーションをとり続ける相手となっているという。国の予算でも、大学の予算でも、限りある資源をどのように配分するかを考えたとき、目に留まりやすく、その研究の価値を積極的に発信している人の方が有利になるのは想像に難くない。「論文やwebサイトといった一方向の情報発信だけでなく、学内や学会での双方向のコミュニケーションは非常に大切です」。自分の研究テーマが、相手にとって、社会にとっていかに価値あるものなのかを考えぬいて発信し、自らの存在を相手の記憶に刻み込んでいく。そうすることが、研究の先達に囲まれたアカデミアの中で、自分の立ち位置を確立していくことにつながるはずだ。
(取材・文 株式会社リバネス 2013年12月13日取材)
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