研究者人材データベース JREC-IN Portal
国立研究開発法人 科学技術振興機構

情報の共有が信頼を築き、
公正な研究を推進する

日本学術振興会 理事
浅島 誠

データの捏造や研究費の不正使用など、研究における不正行為防止のため、さまざまな取り組みが行われているが、研究不正のない社会はお互いが信頼できるようなシステムによってつくられると、日本学術振興会の浅島誠氏は話す。さまざまな場面で「責任ある研究活動」について提言をしている浅島氏に、公正な研究の進め方について、自身の体験を交えてお話をうかがった。

・実験ノートを使い研究室メンバーと情報共有することで信頼関係を築く。

・厳しい規則と先の見えない状況が、不正を生む要因になっている。

・日本の科学が伸びていくしくみを考えることが不正をなくすことにつながる。

情報共有でメンバーとの信頼関係を築く

 研究を行う中で、たとえば何かを自分が初めて見つけたとき、その再現性を求められることがある。「いったいどうすればそれが証明できるかという問題が、いわゆる『公正性』にも関わってくると思うんです」と浅島氏は言う。「再現ができなければ、前の発見は間違いだったと見られることもあるんですね。特に生物学では、相手の生き物が変わると、あるいは場所が変わると結果が変わることもある。ですから、同じことをもう一度やれといわれても、できる場合とできない場合があるんです」。そんなときにデータの公正性を保つためのひとつの方法が、「研究者が、きちんとしたその時々のデータと記録を残しておく」ことなのだ。

 1972年、浅島氏は大学院修了後すぐドイツに渡り、ベルリン自由大学の研究員になった。そこで研究を始めるときに、教授から分厚いノートを渡された。すべてのページに番号が振ってあり、書き間違えたときもページを破ることは許されず、バツ印をつけてそのページは残しておく。毎日、実験をするたびに日付とともに内容を記入し、帰宅時には、自分のデスクの上に置いていくため、研究室メンバーなら誰でも見ることができる。「日本では、『実験ノートは自分のもの』で家に持ち帰ったりもしていましたから、非常に大きなショックを受けました」。

 何か問題があったとき、その真相はノートを見ればわかる。たとえば、グループの中で、ある実験を非常に特殊なテクニックを持つひとりのスタッフに任せることがあるが、その場合の再現性や結果の適切さをチェックするのは非常に難しい。しかし、「そのときにもやはり記録がきちっとしていれば、その中で上の人が質問したり議論したりして、最終的に判断すればいいと思うんですね」。実験の詳細を記すことによって自分の行動を監視されているようにも思えるが、「ノートを見ればお互いの進捗状況もわかりますから、信頼関係も生まれます」。デスクに置いていったノートを翌朝見てみると、ボスからコメントが書き込まれていることもあった。それは、忙しくてできなかったディスカッションの代わりとなるものだった。

研究の明るい未来が見えないから不正が起こる?

 特に若手研究者の激しいポジション争いも不正につながる、と浅島氏は言う。できるだけよいポストに就いて、自分のやりたい研究をしたい。よいポストに就くためには、インパクトファクターの高い雑誌に、早く論文を出さなければならない――。過度のストレスに曝された結果、データの捏造や盗用に手を染めてしまう可能性もある。

 たくさんのルールに縛られ、明るい未来が見えなくなったとき、研究者はその道筋から逃げようとして不正を起こすのかもしれない。「研究では、途中いろいろな壁にぶつかることがあります。それを乗り越えようとしたとき、それを継続していける時間的余裕と場所が必要。研究費を有効に使える方法や、若い人たちが自分のポジションを得て元気に活動できるような整備を国として行わなければならないと思っています」。現状は、大学等のポジションは少なくなってきており、かつ若手には任期がつくことが多いため、なかなか大変だ。

 近年、不正行為に対し日本学術振興会が取った措置として、不正行為の内容や程度にもよるが、「関与した教授による、日本学術振興会が所管する競争的資金等への応募・申請を5年間制限する」というものがあった。これは、「実質的に研究者生命を絶たれることと同じなんです」と浅島氏。たとえ、制限期間を終えた後に競争的資金に応募・申請したとしても、その間の研究業績がないため、評価できる実績がないからだ。「不正行為をしたことのある人には関わりたくない」と思う人も多く、研究チームを形成するのも難しい。資金も協力者も得られず、「研究の世界から離れて、まったく別の生活を始めるという人もいます」。

日本の科学を伸ばすためには、みんながルールを知る必要がある

 「僕がいちばん心配しているのは、本当は楽しい学問なのに、規則に縛られすぎて『何もやらないことがいちばんいい』みたいな空気になることです」。もちろん、無制限がよいというわけではないが、ただ単に取り締まるだけでは何も解決しないのだ。

 本当に日本の科学を明るく、なおかつ伸ばしていくことのできるシステムとはどういうものかを研究者自身が考え、たとえば研修プログラムなどの教育をしていくことが、不正行為をなくすためにも重要だと浅島氏は考えている。決められたルールを守れば、その中では本当に自由に研究ができる、そんなシステムだ。現状はガイドライン1)としてまとめられているが、重要なのは、そのシステムやルールを共有し、伝えていくこと。海外で、「研究の公正性を守る」しくみを自ら体験した浅島氏だが、「日本では、科学者の行動規範といったものを教育する場は必ずしも多くないように思う」と話す。今まで日本は、こういった取り組みや教育の場において消極的すぎたのかもしれない。ひとりひとりがしくみやルールを知り、社会的責任を持って、かつ透明性を持って活動すること。本当は、研究者が自分の研究に誇りと責任を持っていれば、今のようには研究不正は起こらないはずだと浅島氏は考えている。

(取材・文 株式会社リバネス 2014年1月31日)

1)研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて-研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書-(科学技術・学術審議会 研究活動の不正行為に関する特別委員会)(平成18年8月8日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/__icsFiles/afieldfile/2013/05/07/1213547_001.pdf

*コンテンツの内容は、あくまでも取材をうけた方のご意見です。