DIC株式会社 取締役常務執行役員 技術統括本部長 阿河哲朗 氏

プリンティングインキのコア技術をベースに多分野に展開

Q:事業概要について教えてください。

A:DICはグループ売上高7800億円、営業利益450億円弱、従業員数は単体で3500人、グローバルの連結では約2万人強の世界規模の会社です。

当社は1908年にインキの製造会社として創業し、1925年にインキの原料である顔料事業、1952年に合成樹脂事業と業容を拡大してきました。当社が現在展開している事業分野は大きく分けて、プリンティングインキ、ポリマ、ファインケミカル、アプリケーションマテリアルズの4分野になります。 プリンティングインキ分野は当社のコア事業であり、売上の半分を占めます。世界シェアは1位で、常に市場をリードしています。出版用インキ、パッケージ用インキ、包装用接着剤などが製品で、世界中で使われています。

ポリマ(合成樹脂)分野は汎用的なものよりも、スペシャリティと呼ばれるような、特殊な用途の合成樹脂を当社は得意としています。例えば非常に硬度が高く傷がつきにくい紫外線硬化型樹脂は、タブレット端末の表面にも使われています。

ファインケミカル分野は、液晶の材料や、ディスプレー向けカラーフィルタ用の有機顔料などがあります。カラーフィルタは赤、緑、青の3色がありますが、当社は緑と青が得意で、緑の顔料は世界シェア80%を超えています。当社の成長を牽引する事業ですね。

アプリケーションマテリアルズ分野は、当社がこれまで培ってきた合成・分散・塗工・成形などの技術を複合することで生まれたプロダクトです。ジェットインキ、エンジニアリングプラスチック、工業用粘着テープといった多種多様な応用製品を提供しています。

Q:研究開発の体制はどのようなものでしょうか。

A:主に基礎研究を行っている「R&D本部」と、製品開発を行っている「技術統括本部」に分かれており、その間を繋いで基礎研究から製品化を促す組織として「製品化推進センター」があります。これらの国内で研究開発に関わるスタッフに加えて、グローバルには、中国に開発センターがあるほか、アメリカ、中国、タイ、マレーシア、ドイツ、イギリス等の各地に製造拠点があり、それぞれに技術者がおります。

R&D本部の現在の研究開発領域は、包装材料分野、電気電子分野、自動車分野、輸送分野に広がっています。当社のコア技術をもとに、有機ナノ材料、有機無機ハイブリッド材料、藻類、バリア材料、機能性複合材料、耐熱・放熱材料、プリンテッドエレクトロニクスなどを研究しています。 技術統括本部は製品の種類によって8つの技術本部に分かれていいます。

組織改革を行うとともに、計画的な博士人材の採用をスタート

Q:博士人材は活躍されていますか。

A:R&D本部にも技術統括本部にも多数の博士人材がいます。役員、部課長級でチームを率いて活躍している方の中には博士号を持たれている方が非常に多くいます。

ただ、じつはその下の層には博士人材は少ないという現実があります。当社は2000年頃から10年ほど、新卒の博士人材を積極的に採用してこなかったためです。


Q:なぜでしょうか。

A:当時は事業部制で、技術開発部門は16の技術本部に分かれており、募集と採用は技術本部単位で行われていました。つまり各技術本部の意向として修士の採用が中心になっていたのです。その理由は、やはり博士より修士の方が使いやすいと考えていたのではないかと思います。

ところが、当社は2010年、技術本部を約半分に再編し、その上に技術統括本部を作る形に組織改変を行ないました。やはり隣の事業部が何をしているのか分からないような縦割りの組織では、中小企業の集まりのようなもので、このままでは当社の武器であるはずの総合力が出せないという経営判断によるものです。 そこで、採用についても技術統括本部が行うことで一本化し、それから博士採用を計画的に行っています。当社の未来を考えた場合に、やはり当社の事業領域は化学ですから基礎技術が重要ですし、実際に現在の当社を見ても研究開発の核となっている人の多くは博士ですからね。


Q:改革の成果は出てきていますか。

A:研究開発に非常に流動性が出てきて、異なる技術の複合化がしやすくなりましたね。複合的な領域での製品開発もかなり増えてきています。 さらに2012年、先ほど申し上げた製品化推進センターが設立されました。R&Dから出てきた新しい要素技術を、製品に持って行くスピードを早める目的があります。

博士人材の採用は2012年に3名、13年に1名、14年に4名、15年の内定者に6名と、順調に増やしてきています。

DIC株式会社 取締役常務執行役員 技術統括本部長 阿河哲朗 氏

Q:どのようにして博士人材の採用を行っていますか。

A:一般公募以外にもさまざまな取り組みをしています。2011年から博士人材のインターンシップを実施しており、2012年以降は7名から10名の受け入れをし、そこから毎年1名から2名の入社があります。3ヶ月間、当社の研究テーマを一緒にやってもらいますので、お互いに専門性や考え方がわかりますから、入社後のミスマッチが起こりにくいと思います。

そのほかにも、共同研究等を通じて大学から紹介を頂いたり、業界団体である日本化学工業協会の化学人材育成プログラムに当社が発起人として参画したり、博士人材が集まるさまざまな交流会や説明会に出向くなど、積極的に動いています。

また、当社の創業者である川村喜十郎が創設した公益財団法人川村育英会は、博士課程在籍以上の優れた研究者に最大100万円の奨学金を支給する研究奨学生制度を実施しています。

多様な博士人材に新たな領域を開拓して欲しい

DIC株式会社 取締役常務執行役員 技術統括本部長 阿河哲朗 氏

Q:どのような研究領域の方を採用されますか。

A:もちろん化学系博士の採用が多いですが、限定していません。むしろ今、非常に欲しいと思っている人材は電気や機械系の人材ですね。その理由は、当社が電気電子分野や自動車、輸送分野に展開する際に、そちらの高い専門知識を持った人材の必要性を感じているからです。エレクトロニクスの先端分野は素人ではなかなかついていけませんから。

また化学でも無機化学など少し毛色の違う方にも、来て頂きたいですね。我々の製品のほとんどは有機化学なのですが、そこに無機化学を加えることで新しい機能を持つ素材を開発するといった方向性を今、重要なテーマにあげていますので。


Q:博士人材が活躍をされている事例は有りますか。

A:ある博士が中心となり、まったく新しいポリマを作る技術を開発しました。この技術を利用して、今工業化に向けて開発が進んでいるのが、印刷材料分野に使えるポリマです。この新しいポリマを混ぜれば、従来よりも少ない顔料で非常に濃い色が出るようになります。従来の常識を覆すような非常に安くて使い易いインキができます。

Q:博士人材にどのような活躍を期待しますか。

A:やはり研究開発のリーダーになってチームを率いてもらうことですね。指示待ちではなく、与えられたテーマに対して、こうやって研究を進めれば達成できるのではないかと考え、研究の設計を自分で出来る事がリーダーに必要な資質です。それも自分の能力の範囲で設計するのではなく、その周辺の技術をある程度理解し、自分からパートナーを探して共同研究を持ちかけていけるような人です。そういう博士の活躍に期待したいですね。


Q:1人で研究に没頭する研究者タイプはいかがですか。

A:当社は1人で研究することはありません。他のメンバーの力を借りてどう自分のポリシーや研究を成功させていくかが重要なのです。また特に技術本部の場合はクライアントと話しながら新しいものを作っていく仕事ですから、相手が何を求めているのか、どこが重要なのか、的確に理解しなくてはいけない。大学では文献が読めて教授と話が通じれば良いのかもしれませんが、企業ではより広いコミュニケーション能力が求められます。


Q:博士人材にメッセージをお願いします。

A:もちろん大学に残られるという道もあると思いますが、企業にも目を向けて欲しいですね。やはりまだまだ日本の化学は強いですし、世界のトップレベルですから、すごく面白いと思います。優秀な博士人材が日本の化学企業で活躍してくれることが、日本のためにもなると思います。

取材2014年8月