博士人材の課題発見・解決能力に期待 株式会社日立製作所 中央研究所所長 長我部信行 氏

博士人材の課題発見能力を社会イノベーションに活かす

Q:日立および日立中央研究所の状況をお聞かせください。

A:日立では2013年から3年間の中期経営計画を立てています。“技術で社会に貢献する”というのが日立のフィロソフィです。社会やお客様の課題を発見して、我々の技術やチームワーク、国際経験などを元に答えを提供していく、そういう会社になりたいというのが今の日立です。これを“社会イノベーション”と呼んでいて、我々研究所もその方向で動こうとしています。誰にもまねのできないテクノロジーを作るという従来の役割に加えて、課題がなんであるかの発見にも貢献していこうと考えています。これは、マーケッターや経営者にしかできないという話ではなく、研究というトレーニングを受けた人も役立つと考え、従来以上にそこに力を入れようとしています。


Q:それに伴って求める人材も変わってきますか。

A:お客様の課題を解決できる、あるいは課題を予見して将来のテクノロジーを準備する、さらには社会の中にある問題を研究者なりの方法論を使って解き明かす、そのようなことができる“課題発見型”の人材が研究部門の中の10%から20%は必要だと思っています。

Q:課題発見型の人材は今の大学、大学院から出てくるでしょうか。

A:研究というものは、課題を見つけて、仮説を作って、それをどうやって実証するかを考えて、実験をやって、その結果を解析して、何が分かって何が分かっていないかを明らかにして、では次に何をやるか、という一連の作業です。課題の発見も同じ方法論が使えます。観察して、何かを導き出して仮説を作って、それが正しいかを検証するというプロセスは同じと考えています。大学の学部、修士課程では与えられた課題を中心に研究をするけれども、博士人材は自分で課題を見つけて、研究をしなければなりません。まさに課題発見能力を素養として身に着けているはずです。現在、当所の採用では、5割以上の方が博士課程を修了した方になっていますし、そういう人たちは課題発見を含めて十分に働いてくれていると感じています。

博士課程での研究体験が物事の体系化に役立つ

Q:博士人材採用に方針のようなものがあるのですか。

A:特に、博士人材を何割採用するというような方針はありません。先ほどの5割以上という数字はあくまでも結果であり、課題発見の能力も含めて評価し採用した結果、博士課程修了者が多くなってきたということです。

博士人材に関しては、新卒採用のルートでも採用しますが、学位を取る時期にばらつきがあるので門戸はいつでも開いています。また、新しい研究を始める場合、分野を絞って経験者を採用するということもしています。今後は、必要な時に必要なエキスパートを採用するということが増えると思います。中央研究所の場合、いわゆる中途採用は全体の10%程度あります。

採用に際しては、面接だけで決めるのは難しいので、共同研究や学会発表の場での触れ合いを大事にしています。また、今後はインターンシップも積極的に受け入れ、相互理解の機会を増やしていきたいと思っています。イギリスの大手製薬会社の人の話では、年間300人ものインターンを受け入れていると聞きました。このようにして、民間企業の研究を知ってもらう、あるいはアカデミア以外で活躍したいという人と接する機会を増やす努力をしています。

株式会社日立製作所 中央研究所所長 長我部信行 氏

Q:大学側でも博士人材のキャリア支援の試みが多くあります。

A:それは重要だと思います。しかし一方で、やはり大学のファンクションである自分の学問分野でしっかり研究をやるということを疎かにしないで欲しい。研究者の一番大事なところは先ほど言った、課題発見からどこまでできたかの検証までの研究サイクルをしっかりやり抜く能力です。そこをしっかりと身に着けていない人は、方法論を作って物事を体系的にやるということが出来ず、行き当たりばったりの仕事になり生産性が悪くなります。研究サイクルを一通りやり抜くということを、大学でぜひやって欲しいと思います。

独自の思想、考え方を持った人材を期待

Q:最近入社する人たちの印象はどうでしょうか。

A:能力レベルやモティベーションは十分にあると思います。昔に比べて少し変化があると思うのは、強引さがなくなってきたことです。チームプレイを最初からよく理解していて、周りに気を使い、会社の方針に従おうとする意識が強過ぎるように思います。会社の動きを理解しなければなりませんが、それにプラスして自分独自の思想なり考え方を作る努力をすることが重要だと思います。組織も最後は個の塊になるので、個が強くないと組織は強くならないので、個性が重要です。


Q:異分野で成功されたわけですが、後に続く人に何を期待しますか。

A:博士の学位を持つ人はもっと活躍し、日本の未来に貢献すべきだと思います。博士は例えば、一般的なジェネラリストよりも物事を深く掘り下げるトレーニングを積んでいるし、課題を設定することも出来ます。

今の日本はオリジナリティのある問題を設定する力が欠けていると思います。将来を見据えた課題を設定して解決することが必要です。このリーダーシップを取れるのは博士人材です。


Q:博士人材は使いにくいというイメージが昔からありますが、どうですか。

A:博士人材は使いにくいという風評は確かにありますが、そんなことはないと思います。私が入社した時は、博士課程修了者が10%いました。では、その人たちが使いにくい人だったかというと決してそんなことはなく、むしろ活躍されていたかと思います。そういう点では、昔も今も変わらないと思います。「使いにくい」とおっしゃる人は、博士人材と接した経験のない人ではないでしょうか。そういう意味でも、インターンシップ等でお互いをよく理解することが重要だと思います。また、博士号を持っているからと言ってあまり気を遣わなくてもいいのではないですかね。

一方、先ほど言いましたように、博士人材でもものわかりの良過ぎる人が多く、少々使い難くても自分独自の思想なり考え方を持ち、それを主張できる人が思うように集まらないのが悩みです。

株式会社日立製作所 中央研究所所長 長我部信行 氏

Q:自分独自の考え方を持つためにはどうすれば良いのでしょうか。

A:好奇心が重要だと思います。好奇心を持っていれば多くの情報が集まり、そこから色々学習することが出来ます。それによって、頭の中の引き出しが増え、発想が豊かになり自分の考えを持つようになります。その結果、発想のスケールも大きくなり、より大きな仕事が出来るようになると思います。好奇心や学習能力はベーシックな能力としてすごく大事です。

好奇心を持たせるためには、高等教育の前の初等中等教育、特に中等教育が重要な気がしています。自分の経験では、高校の教育が刺激的でした。公立の高校でしたが、物理の先生は高校の物理を教えないで量子力学を教え、英語の先生は英語を教えないでイタリアルネッサンスの話ばかりしていました。「受験勉強は勝手にやって」という感じでした。すごく衝撃を受けたし、「なんだ、この学校は」と思いました。しかし、知的刺激はすごく受けたし、好奇心は広がりました。私にとっては、高校での経験が分岐点になったと思います。

日立でも、入社後に色々な教育を用意していますが、入社後に教えられることと教えられないことがあると思います。ナレッジとかスキルとかは社内教育で教えられるが、先ほど申し上げた中等教育に代表されるように、若い時に経験したこと、ドクターで言えば研究のテーマを苦しんで探すところから完遂するところまでやったというようなことは、会社で追体験するのは難しい。そこが博士課程を経験したことの一つの意義ではないでしょうか。

多様なキャリアの博士人材が活躍

Q:博士人材には、色々なキャリアを積んで日立に入る方も多いのではありませんか。

A:はい、色々なキャリアの人がいます。昔は大学や公立の研究所の職にあった人が中途入社するケースが多くありました。数はそれほど多くないと思いますが、今でもあります。また、最近は、必要に応じてエキスパートを外部から採用しようという動きがあるので、今後よそでキャリアを積んできた人が増えると思います。

今でもそのような人が活躍しています。例えば、アメリカの大学で博士号を取得し、その後日本の国立研究所を経て日立に入社した人がいます。その人は、今では中央研究所のエレクトロニクス系の研究センタのマネージャとして活躍しています。よそでのキャリアが活きた例もたくさんあります。このように色々なキャリアを積むということは決して悪いことではありません。特に博士人材の方は自分のキャリアに拘りがあるかも知れませんが、色々な機会に挑戦して自分の幅を広げて頂きたいと思います。

Q:多様なキャリアの博士人材は、人材のダイバーシティの点でも重要ですね。

A:グローバル化の時代はダイバーシティが大事です。その点では、女性研究者の活躍も重要です。現在、中央研究所には部長以上の高位職の人が十数名いて、その内三人が女性です。一人は、日本の大学で博士号取得後、海外の研究機関を経て日立の事業部門へ入社しました。その後、事業部門から中央研究所へ異動して研究者としてキャリアを積み、現在研究マネージャとして活躍しています。現在は、毎年入所してくる人の2割強が女性になっています。

研究を回す能力は企業活動に不可欠

Q:最後に、これから就職をしようとする博士人材に一言お願いします。

A:学位を取る時に必要だった能力、すなわち、研究を回す能力は普遍的なもので、いろんな職種に対して方法論として非常に有効に働きます。ですから、広い目で見れば博士人材の可能性は自分が思っている以上に大きい。実際に、我々の会社に入った博士人材も、企画をやったり、事業部門に行ったり、本社経営部門で仕事をしたりといろんなことをやって活躍しているので、ベーシックな能力として今まで持ってきたものは必ず役立つと思います。食わず嫌いをしないで色々なところを見てみたら可能性はたくさんあると思います。これは事実として証明されています。

取材2014年6月