京都市立堀川高等学校 校長 恩田徹 氏

「自分の子供を入れたい」と思える学校作り

Q:堀川高校の歴史と教育方針について教えて下さい。

A:堀川高校は明治41年創立の元京都市立堀川高等女学校を起源とし、昭和23年の学制改革により新たに京都市立堀川高校として発足しました。当時の京都の高校は、戦後の学制改革によりどこの高校に行っても共通の教育が受けられる教育を目指しました。しかし、高校進学率が90%を越え高校教育の多様性が求められるようになり、公立高校としてもそのような変化に対応する必要が出てきました。

そこで、京都市教育委員会は、21世紀構想委員会を作り高等学校生徒の多様化に対応した魅力ある高等学校教育の創造を目指した改革を議論し、老朽化した校舎の建て替えと連動して教育改革を推進するとの答申が平成8年になされました。京都市立高校の中で最も校舎が老朽化していたこと、京都市教育委員会での議論に先行して堀川高校独自の将来構想委員会を作り教育改革を議論していたことなどにより、堀川高校がモデル校として選定されました。「自分の子供をこの学校に入れたいか」という問いに真摯に向き合って、校内での将来構想委員会で改革議論をしました。その結果、新しいものに挑戦する知的な耐力、社会の変化を作り出していける主体性、そのような力を持った「自立する18歳を育てよう」という夢を持って、学校改革を進め今に至っています。

Q:堀川高校の「探究科」は有名ですが、学校改革の中で出来た「探究科」の位置づけを教えて下さい。

A:これは、制度と関係しています。従来の普通科は、通学区域は京都市内という制限がありました。元々の改革の精神は、「どこに住んでいても自分の子供を行かせたいと思う高校を作る」ことでしたから、京都市以外からも来ていただける学科を作りたい、そのためには通学区が制限されない専門学科を作る必要がありました。当時の専門学科は、工業科、商業科、職業専門学科しかありませんでした。本校が目指す「自立する18歳」は、大学でも主体的に新しいものに挑戦し、学び続ける人材です。この育成には「探究」しかないという結論になりました。現行制度を突破するための工夫から、教育改革の本質である「探究」にたどり着いたことになります。


堀川高校の学校改革により生まれた専門学科。その中の「探究基礎」の授業では、課題設定から研究報告書作成まで自主的に行い、自主独立の教育・探究する力の育成を実践している。

博士人材が生徒の主体性を育てる探究研究を先導

Q:堀川高校ではスーパーサイエンスハイスクール事業(SSH)※※を推進されています。SSHと学校改革あるいは探究基礎の授業との関係をお話し下さい。

A:当初「探究」の授業は東大の「知の技法」を参考に、いわゆる考えさせる授業を試みました。その一環として、理科においては、色々な大学・研究機関と連携して授業を行おうとしたのですが、うまく行きませんでした。生徒もそれでは満足できなくなって、校内に授業のベースをしっかりと作らないとだめだということになりました。そんな時にSSHに応募したらどうかという話しが教育委員会から来たので、教育委員会の支援・連携のもと、SSHに応募をしました。教育委員会の支援として人材の強化があり、いろいろな伝手を頼りにSSHにおいて研究指導の出来る人材を探しました。その時に、探究基礎の授業を大きく進化させてくれる先生と運命の出会いをするわけです。それが飯澤先生です(「博士人材」の飯澤先生のメッセージ参照)。

SSHの運営が出来る人材ですから専門的な技量が必要ですが、それだけではだめで教育者として生徒に寄り添える人でなければなりません。堀川の場合、その両方を備えた人が来てくれました。SSHがなくても「探究」の授業を進化させる過程で、博士人材の採用にいずれは行きついたと思いますが、SSHがきっかけとなって博士人材の採用が決断できたと思います。

Q:博士人材の採用にあたって苦労した点はありますか。

A:飯澤先生は常勤講師として採用しました。当時、彼は教員免許を持っていなかったわけですが、その当時にあった助教諭という制度を使って採用しました。理科の3分野以上の単位をあるレベル以上の成績で取っている人は京都府内であれば教えることが出来るという京都府教育委員会が発行する臨時免許です。今では、理科・数学・保健体育・英語・工業に関してフロンティア特別選考があり、普通免許状を有しない人及び取得見込みのない人も教員採用試験を受験することが出来るようになっています。飯澤先生が成功例となり、現在堀川高校には博士人材が3名います。採用後に博士号を取得した人材も生まれてきました。


※※文部科学省が高等学校を指定して科学技術や理科・数学教育を重点的に行い、教育課程等の改善に資する制度であり、将来国際的に活躍し得る科学技術人材等の育成を目的としている。

博士人材が生徒の主体性を育てる探究研究を先導

京都市立堀川高等学校 校長 恩田徹 氏

Q:博士人材が教育の現場に入ってきてどのような点が良かったでしょうか。

A:博士人材は、研究部門のリーダになってくれています。研究の作法をマスターしているので、従来の正解を求める教育から脱して、生徒の主体性を引き出す探究のリーダーシップを取ってくれる存在になっています。博士人材がいるおかげで、大学との双方向の対話がうまく行っています。教員というものは教えたいという性があり、どうしても生徒に正解を教え込もうとしてしまいます。しかし、「探究」には生徒に主体的に考えさせる事が必要です。生徒に正解を教えず考えさせるというやり方は、飯澤先生に学ぶところが大きかったですね。教員も研究し、学び続けなければならないという文化が育ちました。

Q:従来からいらっしゃる先生方と新しいやり方をしようとする博士人材の間に考え方のギャップはなかったでしょうか。

A:教科書に基づいて、考えるためのバックグラウンドである知識・スキルを身に着ける学習と、答えのないことを考えて、研究する手法を身に着ける探究活動の両方を子供たちに指導するのが堀川高校です。教員にとって、探究活動はものすごく予習も必要だし、自分の勉強も必要なので、従来の受験勉強に逃げたいというのが本音としてあるわけです。でも、現実に生徒は伸びているし、進学を目的にしていないけど結果的に進学に繋がっているし、楽しいではないか、探究活動がないと生徒から尊敬されないではないかということで、飯澤先生のリーダーシップでまとまっていったと思います。我々は進学校ではなく探究校を目指すのだ、分からないことがあったら飯澤先生に聞こうという雰囲気ですね。面白い例として、生徒から「分からないことがあるのですが、どうしたら良いですか、どう調べたら良いですか。」と聞かれ、どう答えようかという議論がありました。飯澤先生の答えは、「じゃあ、君、どうしたらいいと思うと、聞き返すのや」というものでした。これは、教員の発想になかった言葉でした。使ってみたら、見事にはまったのです。勿論、それを言えるだけのバックグラウンドや学問の幹のようなものが、今まで研究してきた結果としてあるのだと思います。


Q:飯澤先生を中心に、同じ目標を実現しようという一体感が生まれたのですね。

A:そうです。教員として、若いうちに今の堀川高校に来たらものすごく得なのではないかと思います。「ここからここまで覚えてきなさい」という教育をしてきた私としては、一緒に考えようという教育を20代、30代で出来ていたらまた違った人生だったかなと、堀川にジェラシーを感じますね(笑)。

研究指導だけでない博士人材:ハイブリッドな組織の重要性

京都市立堀川高等学校 校長 恩田徹 氏

Q:実際に博士人材を受け入れて、想定外の効果や影響があったでしょうか。

A:当初は、メンバーシップ型の雇用社会であった高校にジョブ型の雇用を入れたのだなあ程度にしか思っていませんでした。しかし、専門分野しか出来ないのかと思ったら、結構色々なことが出来るのですね。これは大きな喜びでした。博士課程を出てきた人に事務的な仕事を任せたら、変化球でも暴投のような依頼でも教育界の人たちとはちょっと違った観点からキャッチしてくれるようなところがあります。本当に、いろいろな組織でこのような人材が一人二人入ったらよいと思います。今まで教育界では当たり前だと思っていたことが、実は当たり前でなくていろいろなやり方があるということに気付かされます。カリキュラム作成、仕組み作り、行事、部屋のコンセプト、どれ一つとっても、ハイブリッドな組織を作ることの重要さに気付かされました。飯澤先生は去年まで研究部門の部長をやっていたのですが、ありがたいことに、今年はなんと教務主任になり教育課程改革をやってくれます。教育は積み上げ式が多いので、教員は部分的課題を見て積み上げ式に考えるところがあります。しかし、博士人材は時々20階の屋上から俯瞰的に全体を見て課題を設定してくれるところがあります。別の世界の専門家が、教育というフィルターを通して人材育成を協同して行うことの尊さを感じます。勿論、課題もあるのですが、そこは管理職が背負って調整すべきと考えます。

Q:博士人材に活躍してもらうには、校長先生など管理職の理解が重要ということでしょうか。

A:学校の教育目標が明確かつ具体的であれば、博士人材を学校に入れることが目的化するのではなく、子供の育成のために組織の一員として一緒になって友としてやるという考え方にごく自然になると思います。ところが、本当にジョブ型だけで終わってしまったら、「この仕事があるから頼む、他のことは良いから」となってしまい、これは良くありません。京都市の場合は、学校の熱意と教育委員会の方針がうまく一致したと思います。この成功体験に酔うことなく、今後も危機感を持っていかないといけないと思っています。


Q:博士人材に期待することは何でしょうか。

A:教育界を目指そうという博士人材の方にとっては、今まさにチャンスの時代です。高大接続改革により、高校教育は、知識を身に着けさせる教育から、考え抜く力と挑戦する力を身に着けさせる教育、世界と対話し勝負できる人材を育成する教育に変わっています。まさに博士人材の方のための改革だと思います。勇気を持って踏み出して、失敗を恐れずに人材育成の尊さというものを自ら実践していただきたいと思います。講師等、色々な道があります。学生ボランティアとして来てもらい、おもしろかったら試験を受けてもらうでも良いと思います。高校教育に興味のある方は、学校に声掛けをしてもらいたいと思います。学校としても、JREC-IN Portalを活用して、人材募集情報を出していきたいと思います。

取材2016年8月