株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズ 生産管理部長 藤村祐 氏 博士(工学)

自分の想いを実現するための博士課程進学と就職活動

Q:まず、就職するまでの経験をお聞かせください。

A:大学学部は精密機械工学科で、生体工学の研究室に所属しました。当初、大学院に進学するつもりはありませんでした。しかし、だんだん研究が面白くなり、精密機械工学と生体工学を組み合わせて世の中の役に立つことが出来るのではないかと思い、修士課程に進学し生命環境科学専攻を選びました。人の赤血球などの細胞膜の硬さがストレスでどう変わるかに興味を持って、2年間研究しました。

細胞膜の硬さを測定する装置を自作するところから始めたので、2年間では足りず、博士課程への進学を教授に相談しました。しかし、教授には進学すると就職が厳しくなるよと言われ、親にも反対されましたが、押し切って進学しました。博士課程でも同じ研究を続け、ストレスで細胞膜が硬くなることが分かり、海外でも発表しました。細胞膜の硬さを測定する装置を自作したのですが、実用化して世の中の役に立つところまでは到達しませんでした。

この経験を通して製品として世に出せる装置を作りたいという思いが、更に強くなり、それならメーカーだと。ポスドクという考えは全くありませんでした。インターネットで探したところ、産学官の研究に関する求人情報を無料で提供するJREC-INというサイトに辿りつき、自分の想いを実現できそうなオンチップ・バイオテクノロジーズを発見して、応募しました。

Q:採用に到るプロセスはどのようなものでしたか。

A:応募者は10数人いたようですが、面接選考に残って、社長と開発部長の面接を受けました。大学での研究の内容と今後の希望について1時間ほど話しました。自分から会社が私に求めているものは何ですかと聞いたところ、君の全てだよと言われたことが印象に残っています。ベンチャーなので教育も十分に出来ず、全てを自分でやらなければならないという意味ですね。当時は、社員は5人、装置も開発中という状況で新人を雇ってもいいのですかと、厚かましく聞きましたが採用になり、2010年3月博士課程を修了して、4月に入社しました。後で分かったことですが、採用の決め手は会社が必要としていた機械と細胞の両方の知識と経験があることと、セールスも出来そうだなということでした。


Q:就職活動で苦労はなかったですか。

A:結構苦労しました。大学では就職先を紹介して貰えませんでした。一般的な就職支援サイトの求人情報を見て応募しましたが、面接では博士は使いこなせないと言われ、どこもうまくいきませんでした。研究者向けの求人サイトを探したところ、JREC-INを見つけました。

検索したところ、自分の思いとぴったりの会社が見つかりました。募集要項に装置の開発、製造、販売担当と書いてあり、「これだ」と思いました。応募の際に履歴書と代表論文を送れとの指示が有り、私は指示通りにしたのですが、ほとんどの人は論文を3報も4報も送ってきたという話を後で聞きました。読む方の身にもなってくれというのが採用する側の気持ちだと思います。相手のことを考えることが就職活動では大切ですね。

就職については親も喜びましたが、就職先については博士課程まで出てベンチャーかという反応でした。今はそんな時代ではない、何が出来るかが重要だと言って納得してもらいました。

ベンチャー企業の良さとは

Q:入社して感じたベンチャー企業の良さとは何でしょうか。

A:博士課程を修了すると30才近いので、早く成長したい、いろいろなことを経験したいという想いでした。そのためには中小企業が良いと考え、結果的に面白い仕事が出来ることになったと思います。

仕事はものすごく大変ですが、良い経験が出来ているし、大学で学んだことだけでは十分でないことも分かり、必死に勉強しました。大学院では特定分野の深い研究をしますが、仕事ではもっと広い知識が必要ですね。入社2ヶ月後にお客様のところに行く機会をもらいました。装置のデモをし、営業もしましたが、自分ではすばらしいと思っている性能の話をしてもアピール出来ません。相手の要望にどう応えられるかを言わないとプレゼンにならないことが分かりましたし、営業活動の結果を製品の設計にフィードバックできるので営業活動は大変役に立っています。また、京都大学iPS細胞研究所など最先端のユーザーが多いので、最新の技術にも触れることが出来ます。

開発から営業など広い経験ができ、役員会にも出席しているので会社の全てが分かって仕事が出来るという点には満足しています。大企業の友人は、自分がしている仕事以外は良くわからないと言っていました。

株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズ 生産管理部長 藤村祐 氏 博士(工学)

Q:待遇面はどうですか。

A:最初は相場がよく分からなかったのですが、入社した時はこんなに貰っても会社は大丈夫かなと感じました。ただ、もの作りをしたいという想いが強かったので、待遇よりも想いが実現できているということの方が重要でした。

製品開発とそこから得たもの

Q:入社後の製品開発体験についてお聞かせ下さい。

A:マイクロ流路チップ・セルソーターの製品化を担当しました。セルソーターというのは細胞にレーザ光を照射して生じる回折光や蛍光を調べることで細胞の性質を検出し、その性質によって細胞をソートする装置です。主に、医療の現場や細胞生物学やゲノム生物学の研究に使われています。入社当時は未だ装置の構想段階で、製品化するのが私の仕事になりました。製品化するには設計、ソフトウェア、電気の知識が必要です。自分で必死に電気、ソフトなどの勉強しながら苦労して指示書を書き、協力工場の方と一緒になって製品化にこぎ着けました。開発の過程で試作してもらいますが、出来上がったものが自分の意図とは異なる物であったり、ソフトにバグがあったり、デザインを変更したりと試行錯誤の末の製品化でした。知識が足りなければ勉強して補い、かつチャレンジすることが大事だと感じました。


Q:製品の特徴、反響はいかがですか。

A:この製品はマイクロ流路チップが使い捨てという点が特徴です。従来の製品は実験毎に洗浄が必要でコンタミネーションをゼロにするのは難しいという問題がありました。これはバイオの研究にとっては大きな問題です。

また、新しいソーティング法により細胞にダメージを与えず生きたままでソートできるので、従来出来なかった研究が出来るようになりました。海外で細胞を生かしたままでソートするデモをした時には研究者の方が興奮していました。2013年度の東京都ベンチャー技術大賞優秀賞も受賞しました。マイクロ流路チップが消耗品というのも特徴の一つで、プリンタービジネスのように将来は消耗品での持続的な売り上げも期待しています。

全世界を見るとマーケットも大きく、海外にも年に2−3回デモンストレーションに行っています。そこでユーザーのニーズをしっかり聞くようにしています。

株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズ 生産管理部長 藤村祐 氏 博士(工学)

※藤村部長が手に持っているのがマイクロ流路チップ

博士の価値とは、後輩へのメッセージ

Q:博士の価値についてどのように感じていますか

A:日本にいるとあまり感じないのですが、米国では博士の価値を強く感じます。お客様のもとに行った時の対応が違います。ユーザーも博士のケースが多いので、同じ目線で話が出来、仲間意識を持ち易いし、提案もし易いです。米国では学位がないと話を聞いてくれないことも多いです。


Q:いま振り返って、ご自身の大学時代を振り返って思うことはありますか。

A:私は出来ませんでしたが、企業でのアルバイト、インターンを早くから経験しておくべきだったと思っています。企業での仕事を通じて、大学の専門だけでは役にたたないことに気がつくし、人脈も作れます。自分の目標とする職種を早く決めて、それに向かって勉強が出来ると思います。私の会社でもアルバイト、インターンを募集していますが、会社が大学のキャンパス内にあるにも関わらずなかなか応募してくれないのが悩みです。

Q:これから社会に出ようとしている後輩にメッセージをお願いします。

A:就職に当たって、大学院での専門分野にこだわる人も多いと思います。私も専門を活かしたいと思って仕事を探しましたが、そんなに専門にこだわっていたわけではありません。装置で世の中に貢献したいという想いの方が強かった。自分の希望の専門分野の仕事に就ける人は数パーセントしかいないですから、専門にはそれほどこだわるべきではないと思っています。それよりも早く経験を積むべきです。また、就職先の選択肢の一つとしてぜひベンチャー企業、中小企業も考えて欲しい。私の場合もそうですが、いろいろな仕事が出来て、多くの人に出会え、人脈も広がります。結果的に自分の成長も早いのではと感じています。

ベンチャー企業に行かず、大企業に入ったとしても、ベンチャースピリットを持ち、自分で会社を変えてやろうという気概を持って欲しいと思います。

取材2014年5月