秋田県立大館鳳鳴高等学校 校長 立石隆博 氏/秋田県立大館鳳鳴高等学校 肥田宗友 氏 博士(理学)/秋田大学医学部医学科 太田真由 氏

秋田県で最初に採用された博士人材を受け入れた大館鳳鳴高等学校

Q:大館鳳鳴高等学校の沿革と特徴について教えて下さい。

立石:秋田県で二番目に設立された旧制中学(第二尋常中學校)が前身で、学制改革で高校に変わりました。設立以来118年になります。2003年にはスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受けました。ここ県北地域はかつて鉱山が栄えていて、鉱山技術者の子供が多い地域でした。このため理科系志向が強く、その伝統が今でも残っています。卒業生も地元を出て製造業など、最先端の技術職に就くことが多く、地元定着率は秋田県の他の地域と比べると昔から低かったですね。地域の人口減もこの20年で一気に進んだと感じています。ですから、地域を支える人材が不足しています。特に医師と教員ですね。そこで、地元に残って地元を支える人材、世界で活躍して地元に産業を興せるような人材を育成するために、“質実剛健、自律共生、進取飛翔”という教育ビジョンを掲げて教育しています。


秋田県立大館鳳鳴高等学校 校長 立石隆博 氏/秋田県立大館鳳鳴高等学校 肥田宗友 氏 博士(理学)/秋田大学医学部医学科 太田真由 氏

Q:秋田県では2008年から博士号取得者の教員採用を始めたわけですが、その時はどのように思われたのでしょうか。

立石:正直なところ、最初はどんな仕事をお願いすればよいのか戸惑った部分はあります。博士人材が研究してきた分野は高校の科目よりかなりレベルが高いので、高校の授業に直接役だつのだろうか、という気持ちが強かったですね。また、高等学校では他の教員と協力して仕事を進める必要がありますから、あまり一匹狼的な人では困る部分もありますし、生徒との接触の仕方や授業の進め方など、順応してもらえるのかという心配もありました。

秋田県で最初に採用された肥田先生が本校に配属されたわけですが、肥田先生の働きぶりを見て、私の戸惑いは払拭されました。課題研究に関しても、私たちはついつい結論ありきで実験や調査を進めてしまいがちなのですが、肥田先生にはそれがありません。予想と違う結果が面白いと感じるのが研究者なんですね。進路指導に関しても、データ分析をもとに説得力のある指導をしてくれます。それも、根拠を持って数値で示すという研究の場で培ってきた姿勢が背景にあるからだと思います。

未来ある人を育てたいと決意し、研究職から教育の現場に

Q:肥田先生は何故教師という職業を選択されたのでしょうか。

肥田:高校までは他人の人生に影響を及ぼすような医療とか教育などには就けないなって思っていました。高校というのはどうしても息苦しいというか、先生とはなじまないと感じていました。ところが、大学では個性を認めてくれる先生が多くいました。また、大学院では専門外の日常のニュースでも、「こういう背景でこういうことが起きているじゃないか」と鋭い切り口の解説をしてくれる人類学の先生がいたわけです。「高校ではこういう先生に教えてもらいたかったな」と感じ、自分も高校生に最先端のことを伝えたいと考えるようになりました。しかし、それ以上に研究が面白くて、教員免許は取得したものの、製薬会社や、日本学術振興会の特別研究員として研究を続けていました。

大きな転機となったのは子供の誕生でした。超低出生体重児として生まれてきた我が子を見て、今の自分は直接子の命を助けることも出来ないし、教育に携わることも出来ないと歯がゆさを覚えたんです。医療も考えたのですが、教育なら未来ある人を育てられると思い、「教員がいいなあ」と思いました。そんなタイミングで、秋田県で博士人材を教員として採用するという新聞記事を見つけて、「これだ」と思いました。それが応募のきっかけでした。


Q:実際に教員になってみて、印象はいかがだったのでしょうか。

肥田:身内に教員がいなかったので、授業をやって、会議や部活がある程度で高校の先生は楽なんだろうと思っていました。しかし、実際には書類作りなどプラスアルファの仕事が多く、授業の準備は夜中や早朝というハードな仕事でした。また、教員というのはもっといい加減な人間だと思っていたのですが、周りの先生方はとても真面目で、教え方も上手いし、生徒のためになることは何でもやるんですね。そんなわけで、抱いていた教員のイメージが大きく変わりました。


Q:今やりがいを感じていることはなんでしょうか。

肥田:無理だと思っていたことが可能になったときは楽しいですね。例えば、大学受験で絶対無理と言われていた生徒が合格するのは最高に面白いです。ちゃんと指導すれば合格できるわけですから。

また、生徒の20年後、30年後を見るのが楽しみですね。将来を見据えて、その時には高校生に響かないと思うことも投げかけていますから。そんなわけで、研究ではないところを選択して教員になったのですが、今は“どうしたらどういう人材を育成できるのか”という教育方法を研究しています。

Q:太田さんは肥田先生の生徒だったわけですが、先生に対してどのような印象をお持ちですか。

太田:肥田先生は私が高校の2,3年時の副担任で生物の授業と進路指導でお世話になりました。最初は辛辣なことも言うし、怖い先生だなと思っていたのですが、実際はどの先生よりも生徒の一人ひとりのことをじっくりと見てくれる先生でした。

授業では、教科書に載っていない最新の科学の話をしてくれたのが印象に残っています。高校時代に専門的な知識に触れられたのは、とても良い経験でした。進路についても、女性医師のキャリアや、大学で学べることを、ご自身の経験にも基づいて具体的にアドバイスをして頂き、医学部への進学を明確に決めることが出来ました。


秋田県立大館鳳鳴高等学校 校長 立石隆博 氏/秋田県立大館鳳鳴高等学校 肥田宗友 氏 博士(理学)/秋田大学医学部医学科 太田真由 氏

研究経験を持つ博士人材は教育で深い学びを体験させることが出来る

Q:大学院や民間企業での仕事の体験が現在の仕事に活きていますか。

肥田:最も役だっているのは自信です。これまでの経験から得た自信はぶれません。教員がぶれれば生徒が戸惑うので、教員がぶれないというのは教育ですごく大事だと思っています。

また、研究を通じて“目的、方法、結果、考察”という流れで考えることを身につけていることも大きいです。問題点を見つけ、把握し、改善方法を考え、試行錯誤して成果を得るという流れはどんな分野でも同じです。論理的思考力や問題解決力を育成するための課題研究やアクティブラーニングは、博士人材が経験を活かして深い学びを教えることが出来る場と思います。

あとは、研究の発表技術やコンピュータのスキルもありますし、英語に対するアレルギーがないことも良かったと感じます。また、大学では宇宙飛行士になる人からお笑いにいく人まで、色々な世界を見ることが出来たので、このようにやっていけばこんな人になれると生徒に伝えることが出来ます。「遊ぶのも、人付き合いも役にたたないことはない、生きてる限り勉強だ」と生徒に言っています。


Q:教員を希望する博士人材にアドバイスはありますか。

肥田:一番大事なのは情熱ですね。言い換えれば、教育に興味があるかということだと思います。今の教育の問題は何なのか、その改善方法は、改善した時の効果はどうなのか、といったビジョンが持てれば、結果が付いてくるのではないでしょうか。

また、自分の専門にこだわってしまうと仕事が限られてしまいます。小学校でエゾタンポポの話をして欲しいと頼まれたことがあります。自分の専門は人類学で、そんなタンポポは見たことがなかったのですが、一度断ったらもう話は来ないので、引き受けて話をしました。専門以外のことにもチャレンジする意欲、しなやかさがすごく大事だと思います。

あとは、いろいろな人に質問する力ですね。質問して良いところを取り入れていくことが大事です。職場を見ていても、影響力を発揮する人は知識も豊富ですが、知らないことはすぐ質問にいく人で、真似をすべきと思いますね。

教員を志望する人は私たちを含めて経験者が多くいますので、コンタクトして下さい。学会とかセミナーで博士号を持つ教員が講演する機会も多いので、是非直接話を聞いて頂きたいですね。教員に合う、合わないがありますから、就職した後に気が付いたのでは悲惨です。

秋田県立大館鳳鳴高等学校 校長 立石隆博 氏/秋田県立大館鳳鳴高等学校 肥田宗友 氏 博士(理学)/秋田大学医学部医学科 太田真由 氏

Q:最後に、今後の目標について教えて下さい。

肥田:卒業生がこの地域から出ていくのは産業がないからです。優秀な生徒には「自信があるなら自分で仕事を作れ」と言って、この地域の外に出しています。地域を離れた生徒がいずれ戻って、新しい産業を作ってくれることを期待しています。そして、地域にイノベーションを起こしたいです。

取材2016年8月