エネルギー分野に興味を持ち、大学院で核融合炉の研究を推進

Q:大学院へ進まれた動機はなんだったのでしょうか。

A:大学学部の時は理工学部物理学科で物性物理が専門でした。具体的にはナノ磁性体の物性の研究です。物性の研究を続けている時に興味を持ったのが、エネルギー分野でした。実体のあるもので世の中に役に立ちたいという思いと、大学でしかできないハイリスク、最先端の研究をしようという思いから、大学院は核融合技術を専門に選び、修士、博士課程で核融合炉に使用する材料の研究をしました。


文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課 係長 名倉勝 氏 博士(工学)

Q:具体的にはどのような研究をされたのですか。

A:核融合は現在、原子力発電で使われている核分裂反応より安全で放射性廃棄物も少ないという特徴があります。核融合反応の維持には高温・高圧が必要なので、問題があった時には高温・高圧状態を止めれば反応がすぐに止まる。そのため、核分裂による原子力発電より安全性が高くなります。したがって、その実用化が期待されていますが、技術的な課題も多いのです。その一つは炉で用いる材料の寿命です。

材料として何を使えば寿命を保障できるのかが問題でした。核融合炉の実現には色々なアプローチがありますが、私の主な研究対象は、液体リチウムを冷却材に使った核融合炉でした。リチウムは海水から抽出できます。またこれを冷却材として使うと、核融合反応で発生する中性子を吸収して燃料となるトリチウムになりますので、核融合の原料が高い効率で生成できるという特徴があります。そこで、炉で用いる材料の候補であった酸化エルビウムと液体リチウムとの間の腐食対策を検討し、長寿命化することが研究の課題でした。

研究を続けた結果、成果を出し、学会でも何回か賞も貰うことが出来ました。

研究志望から科学技術政策の推進へと志望を変え、文科省に入省

Q:研究成果を出されたのに、何故文科省に就職されたのでしょうか。

A:博士課程に進学した時は研究者の道を考えていました。ただ、核融合の研究は国家プロジェクトで進めていたので、研究や大学院での生活の中で国の科学技術政策について常に気になっていました。研究を続けても良いが、行政側でやった方が核融合の実用化や科学技術の社会での有効活用に貢献できるのではないかという思いを次第に持つようになり、もっと良い科学技術政策があるのではと考えるようになりました。

例えば、科研費や人材育成の経費がどのような議論でどのように配分されているのか興味を持ったわけです。また、当時大学の改革や研究者養成も進められていましたが、大学の一学生である自分にはその理念、政策の妥当性が良く分かりませんでした。一例をあげれば、博士課程の学生に給与を支払う制度がいくつかあるのですが、その給与には上限があり、成果を挙げている人もそうでない人もほぼ同額の給与が支給される例が周りにありました。

その結果、優秀な人は博士課程には進学せず、給与の高い民間企業に就職していく例を目の当たりにしましたが、このような制度の背景がどのようになっているのかも気になりました。興味の対象が変わったわけですね。

Q:それで文科省に入省されたわけですか。

A:はい、行政側で仕事をした方が日本の科学技術振興の役に立つし、自分の力を発揮できると考え、文科省に入省しました。民間の会社にも就職活動をして、外資系のコンサルティング会社の内定も貰いましたが、よりやりがいがあると思える文科省に2011年4月入省しました。入る直前に東日本大震災が起き、入省した時は省内が騒然としていたのを思い出します。


Q:文科省の面接ではどのようなアピールをされたのでしょうか。

A:文科省では学部卒、修士、博士と採用枠がそれぞれあるわけではなく、人物本位のフラットな採用をしていると思います。私は大学院の時にSTeLA(現在NPO法人)という団体の日本側の代表を2年間していました。この団体はハーバード、MIT、北京大学などの大学と科学技術分野のリーダーシップを育成することがミッションで、日本代表として中国でのフォーラムを仕切ったりしました。こういった経験やそこで身についたリーダーシップ、それと科学技術にかける思いをについてアピールし、入省することができたわけです。

博士課程の経験を活かし、政策立案に奮闘

Q:文部科学省同期入省で博士の方は他にいるのでしょうか。

A:同じ採用区分での同期は30人、博士課程進学者は3人です。修士以上の大学院進学者が3分の2程度だと思います。 文系と理系の割合としては、文系が3分の2、理系が3分の1ですね。


Q:現在はどんな仕事をされていますか。

A:科学技術研究成果の事業化を促進する仕事をしています。大学や研究機関の成果をうまく活用してイノベーションを起こすことが目的です。具体的には、研究成果を活用した大学発ベンチャーを興していく、科学技術を活かした起業が容易な社会を作っていく事業ですね。大学発ベンチャーを興すための研究資金を出すとともに大学の研究者とベンチャーキャピタリストを組み合わせて新事業を創出していく、大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)というプログラムの担当をしています。また、今年度始めたのが、グローバルアントレプレナー育成促進事業(EDGEプログラム)です。これは大学で実際に研究している人を対象に起業家教育やイノベーション教育をすることを目的にしています。大学院生、ポスドク、研究者に起業を考えてもらう、あるいは自分の研究に対して、どんな市場ニーズがあるのか、どんな社会課題を解決できるのかを考えてもらう教育をするために大学への補助金を出しています。私はこの事業の制度設計をはじめとした担当をしています。昨年度に企画立案し、今年の4月に公募して8月に採択機関の発表をしました。今は執行の段階です。

この事業では学外の人を入れることというのが条件になっていますので、採択された大学以外の学生や研究者も参加できるようにしています。日本全国で起業のムーブメントを起こして、起業が大学の研究者にとって身近なものであるという環境を作り、文化を変え民間資金も巻き込んで、日本にイノベーション・エコシステムを作っていきたいと考えています。

文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課 係長 名倉勝 氏 博士(工学)

Q:仕事で博士課程での経験が活きたのでしょうか。

A:そうですね。業務に際しては、もちろん上司と相談しながら進めるわけですが、博士課程での経験が大いに活きていると思っています。博士課程での経験から、研究者の人が何に困っているのか、どういう経験をベースに意見を言っているのかということが理解できるので、どういう政策の設計をすれば博士課程の学生や若手研究者が食いつくのかは分かります。

また、大学の先生方と相談をして制度設計をするのですが、博士課程での経験で先生方の話に共感できるところがたくさんあります。博士課程を経てこの仕事に就けた意義は非常に大きかったです。STeLAの代表としてのリーダーシップ経験、国際学会での研究者とのディスカッション、共同研究の立ち上げなどの経験も役に立っていますね。


Q:文科省での仕事にやりがいを感じているのですね。

A:仕事は大変面白いです。今はアベノミクスの影響もあり、経済のためになること積極的にやろうという状況ですので、やりがいがあります。新しいことを提案しても通ることが多いです。自分がやりたかったことが出来ていると感じています。

博士がやりがいのある仕事をするために必要なこと

Q:博士課程で名倉さんのような経験をする人は少ないのでは。

A:はい、それが博士課程の問題だと思っています。論文を書いて博士を取るだけでは、車で例えれば、免許証を持っているだけで、うまく車を運転できるのか分からない、どんな運転をするのか分からないわけです。自分の分野の論文を書くことだけに執着してしまうと、研究しかできない人材となり、それ以外の活動を経験した人との差がついてしまいますね。研究は博士課程の人がするべきことのほんの一握りのことでしかなく、研究以外のことにもチャレンジするべきだと思います。


Q:就職に関して博士が考えるべきことは。

A:就職の前に研究以外に自分が何を出来るのか、何が強みなのかを良く考えて貰いたい。そしてその強み、興味を伸ばして貰いたい。博士課程はお金を払ってまで、つらいこともある研究に取り組むわけで、その分何かを得ないといけないですね。

就職後も同じです。自分の抱えている仕事以外のことにも興味を持って取り組む人が伸びるのではないかと感じています。まだ、就職して4年しか経っていないのですが。

Q:今までの経験から博士人材へのアドバイスはありますか。

A:博士課程を出て、新しいことにチャレンジし色々なことを経験したことは、思っていたよりもやりがいがありました。文科省ではおよそ2年ごとに職場を変えて新しい職務に取り組むのですが、毎回異なる仕事にチャレンジが出来るわけです。専門性を活かすことが出来ない場合もあって厳しいこともありますが、その場その場で自分が試されているということは非常にやりがいがあります。

博士課程に進んだ方もどんどん新しいことにチャレンジすることで、自分自身が試されますし、自分の世界も広がります。一つのことをやっている人より、深みも厚みも出ると思います。研究にとどまる場合でも、分野を変えるとか、新しい研究に挑戦することが大事で、研究で成功する人の本質もそこにあるのだと思います。確実に論文を書ける範囲だけでやっていくと本当に良い研究はできないのではないでしょうか。自分の経験が活かされない仕事にもチャレンジして欲しいと思います。

取材2014年9月