大阪府立大学 21世紀科学研究機構 教授 松井利之 氏 ・ 産学協同高度人材育成センター プログラム運営統括 松田元伸 氏

専門性とそれを彩る応用力を、産学共同プログラムで身に付ける

Q:「産学協同高度人材育成センター」の設立背景と概要を教えてください。

松井:当大学は公立ですから、地域に貢献していく人材育成を教育の柱としており、従来から博士をはじめとする高度人材が産業界に進出する割合は一定数おりました。それをさらに伸ばし、産業界で活躍するための付加価値の高い人材育成に特化していこうという狙いがありました。そこで、学生の素養を高めるカリキュラムとして、4つの演習に落とし込み、その中でインターンシップも行っています。博士後期課程の学生・ポスドクだけではなく一部のカリキュラムは博士前期課程(修士)の学生も受講可能なものとしています。2014年度は約400名を超える受講者で大教室があふれてしまいました。

Q:プログラムの中で、これぞ!という特徴的なものを挙げてください。

松田:企業でどうやって商品が生まれるかをバーチャルな形で体験していく「ビジネス企画演習」が特徴的です。どんな商品ができるのか、そのためにはどんなマーケットがあり、ライバル社はどこか、コストは、必要人員は…と、実際の事業さながらの企画・プレゼンを行っていきます。アイディアベースではなく、自らの専門を新たな発明につなげていくため、これまで5件の特許申請を検討し、3件を申請、2件は現在検討中です。ともすれば自分の研究だけに没頭してしまいがちな学生に対し、広い視野を与えて企業の発想に落とし込む機会となっていますし、他には例を見ない本学オリジナルの演習だという声もいただいています。

インターンシップを通して高い就職率を実現

Q:センター設立から5年という節目ですが、これまでの実績をお聞かせください。

松井:過去5年のプログラム参画者は、博士後期課程の学生が205名で、2013年3月時点で民間企業に就職した者が70名。まだ在学中の学生が61名ですから、ここも加味すると就職者数は100名を超えると予測しています。

また、ポスドクについては参画者52名で、民間企業就職は38名でした。残りの14名は、プログラムに参加してインターンシップも経験しましたが、それでもやはりポスドクの道を選んだ者ですので、それは本人の意思として尊重しています。

松田:インターンシップは理系研究科の博士後期課程の一般学生の約20%におよぶ39名、ポスドクはプログラム受講者52名全員を派遣しています。その内、博士課程学生は18名、ポスドクは38名が就職を実現しており、就職先はインターンシップ先もありますし、もちろん別の企業も含まれますが、いずれにせよ「これは高い数字だ」と教育界では評価をいただいています。

本人の研究分野もありますし希望や適性もありますから、一人ひとりと面談してしっかりと話し合い、マッチングさせることを意識しています。


大阪府立大学 21世紀科学研究機構 教授 松井利之 氏

Q:産業界に送り出してきた人材で、印象に残った例を教えてください。

松田:これまでに就職した約100名については、個々に深く関わっているためにそのどれも1例1例印象強く覚えています。 例えば、大手バイオ系企業に就職したAさんという女性ポスドクの例です。実はもともと企業側から「今年度は採用の予定がない」と言われておりました。しかしAさんの希望もあり、「インターンシップだけでも」とお願いしてどうにか派遣をしました。いざ研修がスタートすると、企業が持ち合わせていなかった幹細胞分析などの技術が評価され、合わせてインターン生ながらリーダーシップを持って事業を牽引し、チームワークを円滑にする人間性も高く認めていただいたのです。そして研修終了間近に企業側がわざわざ足を運んでくださって「採用予定がないと言った言葉を撤回させてほしい」と採用の通達を頂きました。本人の喜びも私たちスタッフの喜びも非常に大きかったですね。

また、電機メーカーに就職したBさんは、メーカーが新たに電気を用いた植物工場を立ち上げるということで「バイオ的な能力を持った人材を」と要望されておりましたが、その一方で「実用化に至らない場合、せっかくの専門性を活かせない可能性もある」と採用を躊躇されておりました。しかし、インターンで「専門分野にとどまらず広い視野と応用力があり、この人材ならどの部署でも活躍できる」と太鼓判を押していただきました。現在は見事工場の立ち上げに成功し、希望分野で活躍しています。

産学協同高度人材育成センター プログラム運営統括 松田元伸 氏

Q:個別のサポートが素晴らしい成果につながっているのですね。

松井:学生の研究分野や事情、考え方は本当に様々ですから、画一的なプログラムではいけません。産業界の第一線を牽引してきたベテランや、現役で活躍されているスタッフ(コーディネータ)がマンツーマンで学生を指導し、ご自身の経験をもとに相談に乗ってアドバイスをするなど、きめ細やかに対応するようにしています。その一方、企業にもアプローチをして「こんな学生がいます。ぜひインターンを受け入れてもらえませんか」と地道に開拓しています。システムを作るだけではなく、学生と企業のつなぎ役である存在として手腕を発揮してくれています。


Q:ベンチャーでの実例はありますか?

松田:非常に興味深い例があります。Cさんという理学系学生ですが、もともと好奇心を持って行動を起こせるタイプの学生でした。北海道北端の肥料系ベンチャーのインターンを体験したところ、海産物から肥料を作るという全く新しい技術の開発・販路開拓・営業等の事業全般を自ら担当できることが分かり、それに魅力を覚えて就職しました。その後は営業部長、技術部長、事業部長を兼務するような環境で、ぞんぶんに力を発揮してくれたようです。

松井:いずれも、専門の研究領域という確固たる軸がありながら、柔軟性が高い、好奇心旺盛、行動的などといった人間性に加え、プログラムで培った「企業内で力を発揮できる」点も評価されています。

松田:インターン先企業の中では、「博士研究者を雇用する場合は、大阪府大のプログラムを経て採用を考える」と言ってくださっている方もおられます。また、学生側も大手やベンチャー問わず社風が魅力だとか、研究分野を活かせる、ベンチャーで自分の力を試していくなど、フレキシブルに進む道を考えるようになりました。

松井:さらに“異なる文化を理解してコミュニケーションできる素養を培う”狙いのもと、「異分野融合研究会」という博士学生の自主的な組織があることも特徴的です。これまでに「異分野融合祭」と題した研究発表やOBを招いての講演会を企画し、横のネットワークを自ら広げようとしています。また、合宿や勉強会も開催しますし、今年は「プラズマの力を使って生物の育成を行おう」という全く新しいイノベーションに取り組んでいるほどです。こういった経験も大学だからこそですので、この環境を十二分に活かしてほしいですね。

学生・大学・企業の意識の変化が、求人増の一助に

Q:学生や企業と接する中で、それぞれの変化を感じることはありますか。

松井:日本の大学の多くが博士課程進学者数の減少に危機感を抱いていると聞きますが、当大学はプログラムスタート時からありがたいことに順調に進学者数が増えてきています。かつ、「修士の時にいい就職先がなかったから博士へ進む」ではなく、「活躍するために意思を持って博士へ」という意識の高い学生が集まってくれているので非常に活気があります。

また、学生、企業、教授に毎年アンケートを取っておりますが、65%もの教員が「本プログラムが博士後期課程進学者数の増大に貢献している」と実感し、継続的なプログラムの推進を望んでいると答えていただいています。

松田:博士人材が研究室のコネクションで就職するだとか、専門が狭くてつぶしがきかないというのはもはや一昔前の話になっていて、今は企業側の方が「彼らは専門がありながらも広い視野と応用力を持っている」「彼らの専門分野を尊重しつつ、多少動かしてもいいのかもしれない」と思ってくれるようになっており、博士人材の求人はこれから伸びてくるのではないかという手ごたえを感じています。

Q:最後に、就職希望者へのメッセージをお願いします。

松田:「博士を活かせる場はアカデミアだけだ」とか「産業界なら大手企業のみを希望先にする」というような、人材の先行きを狭めてしまう意識を社会全体で変えていき、一人ひとりが最も活きる道に進んで欲しいと思います。これから期待される分野はたくさんありますし、実際元気があって成長著しいベンチャーもありますから、活躍の場はとても広いです。

松井:博士人材は優秀でポテンシャルがあるため、専門領域を極めることはもちろん、専門以外にもチャレンジしてやりきることができる能力を持っていますから、あとは実社会のニーズを踏まえた素養を身に付けることです。産業界にイノベーションを起こすという気概を持って飛び込んで欲しいですね。いろんな人と出会っていろんな世界を見ると、自ずと道は開けていきます。

取材2014年5月