株式会社エマージングテクノロジーズ 代表取締役社長 深澤知憲 氏

博士特化型キャリア支援で、利用者の95%以上が博士人材

Q:エマージングテクノロジーズの設立背景を教えてください。

A:早稲田大学と産業技術総合研究所の研究者が、自らの研究開発成果の事業化を目的とし立ち上げた会社ですが、研究開発という事業領域を広く捉えて何か社会貢献ができたらと考えていました。折しも2005年の設立当時、いわゆるポスドク問題が騒がれており、この解決ができないかと、若手研究者のキャリア支援事業をスタートさせました。

Q:新卒博士やポスドクのキャリア支援を行う「博士情報エンジン」、「博士情報エージェント」というサイトも運営されておりますが、他社求人サイトとの差別化という面ではいかがでしょう。

A:当社が扱う求人情報は基本的に研究開発もしくは研究関連領域のみです。利用者も95%以上が博士人材という点では、他とは一線を画しているのではないでしょうか。実際、研究者を求める企業からも「ほかの一般的な求人エージェントも使っているが、研究者として期待するレベルにはなかなか巡り合えない」と求人の相談を頂いています。

博士人材の採用にミスマッチが生じる理由とは

Q:キャリア支援を行う中で問題に感じる点はどのようなものでしょうか。

A:よく言われるのがミスマッチについてだと思います。ポスドクの方と企業が求める研究者像がズレているケースがあるのです。ここにはいくつかの問題が潜んでいます。


Q:ミスマッチについて、企業側と人材側それぞれの側面から教えてください。

A:採用の背景によっても大きく変わりますが、例えば大手企業の中央研究所でのキャリア採用のケースだと、元々研究者を沢山抱えているため、新しい研究を行う場合や特定の研究領域を強化するには、まず社内の人材リソースの再配置を検討することが合理的と考えられます。その上で「ここは社内で出来る人材がいない。社外のリソースが必要だ」となると求人を行いますが、その時点でニーズがかなりピンポイントになり、例えるなら“針”のように先鋭化しています。人材側も専門性を掘り下げていればいるほど、やはり“針”のような専門性になっていきますので、針と針をピッタリ合わせるような非常に難しいマッチングが必要になってしまいます。


Q:それが中堅・中小企業になるとどうでしょうか。

A:中堅・中小企業の場合は、特に研究人材ということになると、社内リソースに余剰が無く、始めから社外のリソース頼みというケースも多いです。しかし、そうした中堅・中小企業について博士人材がそもそも社名すら知らないことも多く、機会損失が発生してしまいます。さらに、今まで知らなかった会社、家族や友人が知らない会社で働くことを躊躇してしまうケースも少なくありません。中堅・中小企業でも世界レベルの高い技術を持った会社は多く、業界内で高い評価を得ているところもたくさんあります。ですから、有名企業や大手企業以外にも視野を拡げ、様々な会社でのキャリアについて普段からイメージしておくと、就職・転職活動を行う際の機会損失をかなり防ぐことができると思います。

株式会社エマージングテクノロジーズ 代表取締役社長 深澤知憲 氏

Q:企業が専門性の条件を緩める・広げるということもありますか。

A:完全に一致していなくても人材のポテンシャルを評価して採用につながることはあります。しかし、条件を緩和して面接はしたものの、「やはり即戦力にはならない」という判断になってしまうこともありますので、ケース・バイ・ケースですね。ただ、専門性に加えて他分野への広い知識や興味関心を持った人材への評価は高いです。「この分野しかやりたくない、できない」という人材は厳しいです。


Q:人材側に「自分たちには専門性以外の幅広さも求められている」という認識はありますか。

A:専門分野だけのいわゆる“I型人材”ではなく、ベースになる専門性以外にも幅広い知識を持っている“T型”とか、さらに複数の専門分野を持つ“Π型”、最近では異なる専門を統合する“Σ型”人材という言葉も出てきていますから、キャリアに関心のある方であれば気付いている方は多いと思います。しかし、実際に就職活動を始めると、自分の専門性を伝えるときにどうしても“針”だけを表現してしまう傾向にあります。

もちろん“針”をしっかり表現できることは重要で、それが大前提ですが、例えるなら“風呂敷”のように幅広い分野への知識や経験、必要に応じてそれらを統合して活用できる力を表現できることも必要になります。最近ではアカデミアでも同じ研究テーマをずっと続けることは難しいですし、企業では数年で研究テーマが変わることも珍しくありません。これまでの専門と関連する領域や、場合によっては全く違う領域でも、どれだけ成果を出せるかが期待されます。

求められるのは根底の「研究開発力」と、企業目線に翻訳して伝えるスキル

Q:とかく研究職はコミュニケーション能力不足について言及されることも多いように感じますが。

A:間違って捉えて欲しくないのが、企業が博士に期待するものは「コミュニケーション能力」以前に「研究開発力」が第一だということです。研究開発力がある前提で、それを発揮し成果を出すためにコミュニケーション力が求められるということです。就職・転職の場面では、研究開発力がどれくらいあるのかを企業側に伝えられる力ということになります。ただ、そこにもまた一つ注意点があり、言語の違いもミスマッチの原因になり得ます。大学や公的研究機関の研究者と、企業の研究者や人事担当者では、研究に対する捉え方、規模感、時間軸や判断基準などが異なる場合が多く、それによって同じ言葉・表現でも意味合いや印象がかなり異なってくるケースがあります。そのズレによって、「研究者としては優秀なのかもしれないけど、企業での研究にはなじまない」と判断され、不採用になってしまうことも少なくありません。そのため、自分の熱意や技術を採用側に正しくアピールできる伝え方にするための翻訳作業が必要になってきます。

とはいえ、この翻訳作業は、我々のような研究者に特化したエージェントや博士人材を対象としている大学等のキャリア支援機関を利用すれば十分に克服できると思います。ただ、もともとの専門性やバックグランドの部分は私たちにはどうすることもできません。研究生活の中の積み上げでしか育たないので、この部分を大事に育んできてほしいですね。


Q:一般的に就職の際は企業研究の必要性も言われていると思いますが。

A:学部生がやるような企業研究は不要だと思います。

企業研究というよりも、企業で研究開発をするからには最終的には事業化してモノかサービスにする必要があるので、それを想像できるかどうかですね。自分の研究や専門性がその企業のどの事業とどのように結びつくのか、自分が入社することでどのように貢献できるのか。それを想像するために必要となることを調べた方が、よっぽど価値のある企業研究になると思います。


Q:現在、企業から求人ニーズが高いのはどういった分野でしょうか。

A:サービスやモノが多い分野ですね。例えば化成品はそこら中にあるわけですが、化学、特に材料系は研究開発も盛んです。あとは機械、情報なども強いですね。逆にそうでない分野、例えば文科系だから強みがないかというと、必ずしもそうとは言えないと思います。協力している大学でも文理問わず様々な博士人材のキャリア相談を受けていますが、今まで研究をしてきた中で「何を活かせてどういう貢献ができるか」ということに向き合うことが大切で、それはどんな分野でも変わりません。過去から現在までのキャリアと次のキャリアを繋げる説得力のあるストーリーを持っていれば、採用する側も必要性を感じてくれる可能性は十分にあります。そのためには、次のキャリアパスやその先を見越して現在の研究に取り組むことも大事かもしれません。

Q:最後に、就職希望者へのメッセージをお願いします。

A:もっと自信を持ってもらいたいですね。研究者の方は、自分の研究テーマに係わる直接的な専門性には相応の自信を持っていますが、一方でその周辺の知識に関して「専門の人には知識が劣るので、自分は知らない方だ」などと考えがちです。しかし、一般的に見ると基礎知識の域を超えている、専門領域だと受け止められるケースは非常に多いのです。

ですから、就職活動の際には、“針”となる専門分野もその周辺領域に関しても、自分のスキルはすべて列挙することをお勧めします。特に書類選考の際は、書いてあることしか伝わりません。採用担当者に「この専門分野のことしか書いていないから他は期待できない人材だ」と判断されてしまう場合も実際に多く、自らチャンスを潰してしまっているようなものですので、本当にもったいないと思います。


株式会社エマージングテクノロジーズ 代表取締役社長 深澤知憲 氏

Q:少しでもチャンスを広げる為に、相対的に自分を評価することですね。

A:よく言われることですが、一人でも多くの人と接点を持ち、実際に話す機会を多く持って欲しいです。研究に熱心になるあまり研究室の中だけの世界で終ってしまうのではなく、研究室の外に出られる機会があれば積極的に行動して欲しいですね。例えば自分とは違う分野の人と接点を持ってみるとか、学会でも企業の方とコンタクトを取ったり、共同研究をすると仮定してその企業との接点に考えを巡らせてみたりすると良いのではないかと思います。最近ではそういった活動を支援している大学が増えていますから、どんどん活用してほしいです。お試しでも気分転換でもいいので、気軽に参加してみてはどうでしょう。きっと、普段意識しない角度からの話を聞くことができる貴重な経験になりますよ。

取材2014年5月