東京農工大学 副学長 兼 イノベーション推進機構 機構長 千葉一裕 氏

イノベーションを起こすためにリーダーシップをとれる研究者を育てる

Q:イノベーション推進機構設立の背景、理念を教えてください。

A:イノベーション推進機構は4年前の設立です。また、イノベーション推進機構が設立される前は、私は産官学連携・知的財産センターでセンター長を務めていましたが、そこで感じたのは、良いシーズがあり、社会のニーズが分かって、今までになかったものを作り出そうとしても、リーダーシップをとる人がいないと前に進まないということでした。

現場でチームを作り、次に何をするかを考え、投資家から必要な資金を集めるなど、様々なことをしなければイノベーションは成功しません。残念ながら、かつて理系の大学ではそのような教育をあまりしてきませんでした。イノベーションとは新しい価値を世の中に提案し、その社会実現を達成させることです。従って、シーズとニーズを結びつけ、先に挙げたような様々なことができる人を育成することがイノベーションに不可欠と考えたのです。

このような人材育成の背景には、かつて日本を支える産業基盤であった養蚕、製糸業の育成を一つの使命として東京農工大学が生まれ、そこから様々な産業の進展と共に大学も発展してきたという長い歴史があります。

Q:どのような教育をされているのでしょうか。

A:イノベーションは科学技術だけでは不十分であり、リーダーシップや社会を説得する力も必要です。そのため、高度な専門知識を持った博士人材に他の専門領域の専門家とのコミュニケーション能力、全く何も無いところから新しいものを産み出す力、課題解決を完遂する力などを付ける必要があります。

法律、経済、経営、知財等の教育・研修の他、ビジネス、日本の文化、世界の文化、芸術などの講座も大切な役割を担います。さらには研究開発と事業化戦略や知財戦略をクロスオーバーした教育・研修が重要です。例えば、ビジネスについては「高齢化社会のためにはどんな食品を開発したらよいか」といった先を見た課題を企業からも提案してもらいます。誰も気づいていないもの、10年後に成り立つものを考える訓練をすることがイノベーション人材育成には大切です。

また、いろいろなプログラムがある中でも、特に多様性のあるインターンシップを重視しています。

インターンシップで求人側と採用側の意識を変える

東京農工大学 副学長 兼 イノベーション推進機構 機構長 千葉一裕 氏

Q:インターンシップにはどのような特徴があるのですか。

A:インターンシップ活動では企業以外にも学生を派遣していますが、まず事前にイノベーションに関する基本的な教育の機会を提供することが重要です。例えば、アメリカはイノベーションに成功している国ですから、これに学ぼうと、かつてスタンフォード大学のイノベーション推進のための研究所として設立されたSRI Internationalと連携し、大学として世界で初めてこの研究所と共に、大学の人材養成の研修活動を開始しました。ここでは農工大に限らず日本中の学生、農工大の副学長、教授、事務職員等をSRI Internationalのセミナーに参加する機会をつくりました。

研修での3日間に、イノベーションを起こす心構え、チーム作り、リーダーシップの発揮など多くのテーマが設けられ、実際にシリコンバレーの投資家とも話をする機会が作られています。また、ドイツのシュタインバイス大学とも連携していますが、この大学では主として中小企業の人材を教育し、MBE (Master of Business Engineering) の学位も与えています。シュタインバイス大学のプログラムはビジネスプランを作ることが主な目的であり、我々のプログラムの中の位置づけとしてはSRI Internationalで現在行っている研修よりも、さらに実践的な内容となっています。ここからは農工大に毎年70〜80人の学生が来て共同研修を行っています。日本の学生と一緒になって中小企業とのワークショップなど行います。これらの活動は、国内外の企業や研究機関等にインターンシップに行く上で、非常に重要な事前学習の機会になっています。

Q:企業でのインターンシップはどうでしょうか。

A:このようなインターンシップ活動を続けてみると、学生の考え方は意外にフレキシブルであることが分りました。先に挙げたこれまでの研究とは関係なさそうなところにも本人から希望して行くようになったのです。また、学生の60%くらいはインターンシップ先に就職しています。この活動で博士人材の就職先が広がり、キャリアパスの拡大に効果があったわけです。企業側の意識も変わってきました。6〜7年前ですと、企業が博士を採用する場合は専門が合っていないと役に立たないと思われていました。しかし今では、博士人材のポテンシャルに気づいていただき、博士人材を定期的に採用する人事システムを持つところも増えました。

また、イノベーション推進機構のHPにはプログラム参加者の体験談を載せています。「企業目線のターゲット像の選定を学んだ」、「メンバーの強みや優れた点が何なのかを常に意識する」と言った具体的な感想があります。参加した人に聞くと、この推進機構に巡り会えてよかったという人が多く、社会で活躍する上で求められているものが何かを知ることができたのではないかと思います。


Q:今後はどのような新しい展開を考えていますか。

A:学生に海外での事業展開を実際に経験させたいと思っています。新興国は新しいビジネスを必要とし、いろいろな意味で資源も豊富です。新興国で学生が専門知識を活かして事業を興すことによって、新興国に成長をもたらします。加えて、日本との関係ができれば、日本の良さを知ってもらうこともできるでしょう。ビジネスを学び、研究とマッチングさせ、サポーターを見つけて事業を提案する。事業を始めたら次のステップのイメージを描く。そういったことのできる人をこの海外事業展開で育てたいと思っています。

社会に貢献できる博士人材とは

Q:今までの活動を通じて企業から求められている博士人材とはどのようなものとお考えですか。

A:自分で課題を見つけ、自分で解決して新しい道を見つけるような人が企業から求められています。自分の専門分野に固執するような人では困りますね。また、ルーチンで当面の課題解決を図るのではなく、将来を見通した課題解決が必要です。例えば、顧客に言われたものをすぐに作るというのではなく、顧客の要望を参考にして、将来必要とされる製品やサービスを開発することが必要です。

また、他の部署や社外の人と連携し、後輩を育て、製品を売って利益を上げるという社会人として当たり前の仕事は、他の研究者と連携し、人を育て、研究費を獲得して研究成果を上げるという研究者の仕事と同じです。研究者として当たり前のことをしっかりやることが、成長の糧となり、その結果として企業でも活躍できるのだと思います。実験操作をするだけでは研究者として不十分です。良い研究者は礼儀正しく、人付き合いも良く、社会人としてもしっかりしていますし、学術的にインパクトのあることを成し遂げるには人間として統括的なものが必要です。


Q:博士人材へのアドバイスをお聞かせ下さい。

A:大事なことは、自分にとっての成功の定義を決めることです。そして、その成功への道筋を考えることで成功への確率を高めることができるようになります。どうしたら確率を高められるかを真剣に考え、何度もチャレンジすることが大切です。

また、責任は自分で取ることです。言い訳せず、他人や社会の所為にしないで自ら努力する心構えを持つことで、うまく行かないことがあったらうまく行くように自ら努力することになります。

理科系はグローバルな性格のものだ、英語が大切だと言いますが、日本語を大切にする必要があります。日本人がものを考えている時は日本語で考えています。日本語がしっかりしていれば人を理解することができ、人のハートに訴える話ができます。また、話す中身も大切です。それには文学などの書物を読むことが必要です。自分というものを持っていなかったら他人は付いて来ません。海外に行っても一方的に発表するだけになってしまいます。  専門知識を身に付け、社会との繋がり方を知ったイノベーション人材が育つことを期待します。

東京農工大学 副学長 兼 イノベーション推進機構 機構長 千葉一裕 氏

取材2014年5月