応用物理学会 中央大学 理工学部電気電子情報通信工学科 教授 庄司一郎 氏

博士人材のキャリアパス支援事業の背景

Q:学会として博士人材の支援事業を始めた背景は何なのでしょうか。

A:学会内の男女共同参画委員会や学術講演会期間中に開催するインフォーマルミーティングで、若手会員の問題などを議論していました。その中で、ポスドクが就職で大変苦労しているということが話題になったわけです。そこで、ポスドクや博士課程学生のキャリアパス問題を考えることは、学会にとっても重要なことであるという共通認識に至り、学会としてもサポートしていこうということになりました。当時、修士の学生までは、大学のキャリア支援室などシステマティックな就職サポート体制が確立していました。しかし、ポスドクや博士課程学生といった博士人材については大学のサポートの対象外でしたから、個別に就職活動を行ったり、あるいは個人のコネや指導教官の紹介で就職先をなんとか探したり、というのが実態だったと思います。

Q:支援事業には大学、民間と違う特色があるのですか。

A:応用物理学会の会員は、半分が企業における研究者、残りが大学の教職員や独立行政法人の研究者であり、学会員の研究分野も多彩です。学会の学術講演会はこのような会員が集まりますから、講演会をインフラとして利用すれば、企業や大学、研究所などの求人側と博士人材の求職側の交流の場にもなりうると考えたわけです。したがって、この支援サービスは学術講演会に参加した方を対象としています。支援事業のための登録も必要なく、講演会の合間の自由な時間にサービスを受けられることも特色です。

支援事業は“博士のキャリア相談会”と“キャリアエクスプローラーマーク・イラスト”が2つの柱になっています。

博士人材の悩みの相談にのる“博士のキャリア相談会”

Q:“博士のキャリア相談会”はどのようなものですか。

A:博士人材のキャリアデザインや就職の悩みの相談相手になるということが目的です。また、企業の求める人材像を博士人材に聞いてもらい、博士課程やポスドク期間中をどう過ごすべきかを考える参考にしてもらうことも出来ると考えました。

2008年秋の学術講演会でトライアルを実施し、博士人材の採用にご理解をいただいている企業や研究所あわせて15機関からブースを作って出展してもらいました。内訳はメーカー10社、国立大学法人1校、独立行政法人3機関、財団法人研究所1機関です。また、学会からは経験豊富な学会員によるキャリアアドバイザーブースを設け、総勢50名の相談員を揃えることが出来ました。企業のブースでは、人事の方と研究員の方のペアで対応してもらいました。その結果、トライアルでは200名を超えるポスドク、博士課程学生が相談に来場してくれました。これを受け、現在まで毎年2回開催している学術講演会の期間中に“博士のキャリア相談会”を実施しています。博士人材だけではなく、博士課程に進学を検討している修士学生の相談にも応じています。

応用物理学会 中央大学 理工学部電気電子情報通信工学科 教授 庄司一郎 氏
“博士のキャリア相談会”の様子

Q:参加した博士人材の反応はどのようなものでしたか。

A:ポスドクや博士課程学生は、企業に就職した博士人材がどのような研究をし、どのような働き方をしているか、という情報を得る機会があまりないので、“博士のキャリア相談会”で得られた情報は就職先を考える参考になっていると思います。実際、来場者アンケートによると、「将来の不安が軽減されたことが一番良かったです」、「企業が求める人材像が聞けて良かった」、「キャリアパスに対する新たな視点が得られた」など大変ポジティブな反応がありました。また、修士課程の学生は、「博士課程のイメージを持つことができた」など、進学するか否かの判断の参考になっているようです。

この企画は単なるマッチングだけを目的とするのではなく、“キャリアデザインのための相談ブース設置と相談員の配置”という点が良かったのだと思います。また、学会員の相談員はキャリアパスの悩みなどの相談にのっていますが、指導教員に次ぐセカンドメンターという第3者的な立場でアドバイスをもらえるという点で好評を得ています。


Q:採用側の反応も良かったのでしょうか。

A:博士人材と企業のマッチングも目的の一つですが、現在までにこの相談会で就職が決まった例はそれほど多くはありません。しかし、出展いただいた機関からは、現役の学生やポスドクの方と直接話が出来ること、学会という専門性の高い場で実践的な人材募集や人材発掘が可能であるという点で評価を頂いています。

就職活動をサポートする“キャリアエクスプローラーマーク・イラスト”

Q:もう一つの柱である“キャリアエクスプローラーマーク・イラスト”について伺えますか。

A:これも学術講演会をインフラとして利用し、就職希望の博士人材をサポートする事業です。学術講演会での発表者が希望する場合には求職中であることを示す “キャリアエクスプローラーマーク(PD(ポスドク)、DC(博士課程学生))”を予稿集、プログラムに記入することが出来ます。また、“キャリアエクスプローラーイラスト”を発表の際のスライド、ポスターに記入することも出来ます。

これによって、発表者が求職中であることが採用側に分かり、本人と個別にコンタクトが出来るようになるというものです。

キャリアエクスローラーイラスト
キャリアエクスローラーイラスト

Q:この支援事業で就職に成功された方はいるのでしょうか。

A:残念ながら、学会としてこの事業の成果の追跡調査は行っておりませんが、現在でもマークを付けられているポスドクや博士課程学生が相当数いますので、求職側からの期待は高いと感じています。

博士人材はリーダーとして期待されている

Q:このような事業を通じて感じておられる博士人材の就職の問題点はどのようなものでしょうか。

A:博士人材の方は、次のキャリアとして大学や公的研究機関を希望している人が多いのですが、求人数はそれほど多くなく、アカデミアの道に進むことが難しい状況です。学会の支援事業も、企業の研究者などアカデミア以外の道があることを提示し、将来のキャリアパスについて広く考えてもらうようにしています。 企業からは修士の学生が即戦力として期待されているという現実もあります。採用側でも、また博士人材自身も博士の価値が見えていないことも原因の一つと思います。


Q:どのようにすれば問題点が解消するのでしょうか。

A:自分のキャリアパスについてあまり狭く捉えることはせずに、多様な可能性を考えることが重要です。研究でも生涯同じことが出来るわけではないのと同様に、どんな仕事でも経験を活かして新しいことに挑戦しなければならないわけです。博士課程を経験するなかで、課題発見能力が養われます。この能力を活かし、幅広い視野を身につければ、どんな仕事でもこなすことが出来ると思います。

応用物理学会 中央大学 理工学部電気電子情報通信工学科 教授 庄司一郎 氏

Q:最後に就職を考えている博士人材へのアドバイスをお願いします。

A:博士人材はリーダーとして期待されているのだと思います。そのための素養を意識して身につけて欲しい。博士の価値は専門性に加えて、リーダーとしての立場で課題を見つけ、周囲の人を巻き込んで解決できるという点にあるわけです。これは大学の研究室運営でも企業の研究でも同じです。修士の方が企業から期待されているという話をしましたが、博士は修士より少なくとも3歳年齢が高いわけです。その3年分の価値としてのプラスアルファはリーダーとしての資質ではないでしょうか。研究だけに没頭するのではなく、そのような能力を意識して身に付ける努力を地道に続けることを願っています。

取材2014年6月