独立行政法人産業技術総合研究所 イノベーションスクール 事務局長 神徳徹雄 氏

イノベーションを牽引する博士人材を育成

Q:初めに産総研の概況を教えて下さい。

A:産総研は、持続可能な社会の構築に向けて、産業界、大学、行政との有機的連携を行い、オープンイノベーションのハブとして新成長戦略に示されているグリーン・イノベーション、ライフ・イノベーション等の研究開発を行うことを使命としています。そのために、約2200名以上の常勤研究者がいます。

Q:産総研が博士人材の育成・キャリア支援を行うようになった経緯を教えて下さい。

A:2006年3月に閣議決定された第3期科学技術基本計画において、「科学技術力の基盤は“人”である」と謳われました。それを受けた具体的施策の一つとして、2006年に“産業技術力強化に寄与する人材育成”が産総研の業務として追加されました。2007年に文部科学省からイノベーション人材創出モデルの確立(産総研キャリアパス事業)の3年間の事業委託を受けてキャリア開発セミナーを企画し、ポータルサイト「Dr’sイノベーション」を開設して情報を広く発信してきました。2008年からは、産総研の独自事業としてイノベーションスクールを開設し運営しています。

イノベーションスクールの狙いは、“広い視野を持ち、異なる分野の専門家と協力するコミュニケーション能力や協調性を有する博士人材の育成”であり、スクール修了後は広く一般社会の中で指導的役割を果たしてくれることを想定しています。

企業インターンシップと講義の組み合わせで産業技術人材を育てる

Q:イノベーションスクールの概要について教えてください。

A:イノベーションスクールでは、博士号を持つ若手研究者を産総研の特別研究員として1年間雇用します。講義・演習を通じて研究者として必要な知的財産権等の知識やコミュニケーションの取り方、企業の研究開発の在り方等を勉強します。また、座学だけでなく、OJT(On the Job Training)として企業インターンシップを組み込んでいます。インターンシップで企業を経験することで、研究室だけでは得られ難い広い視野や異なる分野の専門家と協力するコミュニケーション能力、協調性を身に付けてもらいます。これにより、産学官いずれの分野でも活躍できる産業技術人材を育成することを目指しています。


Q:特徴はどんな点にあるのでしょうか。

A:民間企業での長期のインターンシップだと思います。企業でのインターンシップは最近増えていますが、イノベーションスクールの場合は最低でも2か月、最大6か月にわたる長期のインターンシップです。平均して3ヶ月ほど民間企業に滞在して、企業における研究開発を経験します。この狙いは、スクール生に民間企業の研究開発現場を肌で感じてもらい、民間企業で働くことへの食わず嫌いを治してもらおうというものです。実際にスクール生は、インターンシップを通じて多くの体験をすることで企業研究のイメージを掴むことができているようです。

もう一つの狙いは、逆に、民間企業に博士人材をよく知ってもらおうということです。多くの民間企業は博士人材とはどのようなものか分からず、従って博士人材にふさわしい仕事がなにかも分からないという状況だと思います。インターンシップによって民間企業に博士人材をよく知ってもらうことが大きな狙いです。言わば、出会いの場ですね。実際に、インターンシップを通じてお互いをよく理解し合い、そのままインターンシップに行った企業に就職するというケースが多くあります。

Q:講義ではどこに重点を置いているのですか。

A:スクールの講義は入校直後の4〜6月に集中して行ないます。講義は標準化活動や特許などの知的財産権からコミュニケーションの重要性までと広く、通常の研究活動ではなかなか学ぶ機会のない知識や経験を得ることができます。特に大切にしているのはコミュニケーションです。普段何気なく使っている専門用語は一般には通用しないことや、独りよがりでないコミュニケーションの重要性に気づいてもらいます。


独立行政法人産業技術総合研究所 イノベーションスクール 事務局長 神徳徹雄 氏

Q:コミュニケーション能力を高める教育とはどのようなものでしょうか。

A:スクール生を10人程度のグループに分け、グループ内で自分の研究を紹介してもらいます。最初は学会発表のようなプレゼンテーションとなってしまい、異分野の人から専門用語が分からないと指摘されます。最初の研究紹介はほとんど通じません。そこで初めて、専門用語に頼らずに説明する重要性に気づきます。人数が多いので2日間に分けて互いの研究紹介をするのですが、2日目の研究発表をする人は、皆さん色々と考えるので、ずいぶんと良くなります。学会発表のような専門家同士の発表では磨けないスキルです。最終的には、「自分の研究はここを目指している」、「世の中にここが役に立つ」、「ここを課題として捉えている」という大きなビジョンや自分の研究の位置づけをきちんと伝えることが出来るようになります。

卒業生は中小企業を含む多くの民間企業に就職

Q:スクール開校以来の成果を教えて下さい。

A:2013年度までの6年間で、1期生から7期生まで235名の育成を行い、164社の民間企業の皆様にご協力を頂き、インターンシップに送り出しました。インターンシップ先の業種はバイオ、家電、電子、デバイス、通信、情報、金属、機械、材料、化学、分析計測、建設、環境、エネルギーなど、また会社の規模は10,000人以上から20人未満までと多岐にわたっています。スクール修了後の就職状況を見ますと、修了生の約75%が正規就業しています。さらに特徴的なのは、修了生の約40%の人が産業界に就職していること、さらにその半数がインターンシップ先の企業に就職していることです。就職先民間企業の半分くらいが中小企業になっていることも大きな特徴だと思います。このように、従来の博士人材の就職先のイメージとは大分異なります。


独立行政法人産業技術総合研究所 イノベーションスクール 事務局長 神徳徹雄 氏

Q:スクール生はどのように成長していくか、具体的な例を教えて下さい。

A:入校から卒業までの間で、スクール生が変わって行くのがよく分かります。産業界を就職先として考えていない人が、インターンシップを通して企業を経験することで、自分の研究が産業界で役立つことを知り、産業界に興味を持つようになります。

また、異分野の人との交流を通じて、周りに興味を持つようになります。例えば、昨年の第7期では、イノベーションスクールで知り合った異分野の人が使っていた材料に興味を持ち、自分の研究に取り込んで研究が進むきっかけとなったことがありました。殻に閉じこもる研究態度ではなく、他の分野も興味を持って見るという習慣が身に付いたのだと思います。


Q:中小企業への就職が多くなっている理由は何でしょうか。

A:大手企業は独自のインターンシップ制度を持っているところが多く、かつ、中小企業ではユニークな研究・技術開発を行っているところもあり、結果としてイノベーションスクールが派遣するインターンシップ先は中小企業が多くなります。長期のインターンシップによりお互いを理解することになり、就職に繋がっているようです。今までお互いを知る機会がなくイメージだけで判断していたものが、実態をよく知ることにより、博士人材は企業を自分の活躍の場として認識し、企業は会社のための人材として認識するようになったということですね。

自主的にアクティブに動ける人が求められる

Q:インターンシップ先の企業は、スクール生に対してどのような評価をしているのでしょうか。

A:インターンシップ終了後、企業には派遣されたスクール生をAからDの4段階で評価してもらっています。A評価は自分の会社の人材として欲しいというレベルであり、D評価は出入り禁止のレベルです。幸いこれまでD評価は一人もいません。C評価は年に一人いるかいないかというところで、博士人材としての期待に沿わないとC評価になります。


Q:良い評価を貰える人とそうでない人の差はどこにあるのでしょうか。

A:言われたことだけをやった人は評価が低いですね。言われたこと以上の実績を出すか、何か新しいこと、問題点を見出して解決するなど、自主的にアクティブに動ける人は評価が高くなります。本人は一生懸命にやっているのでしょうけど、受動的だと駄目です。報告も、やったことをただ報告するのではなく、仕事の目的や位置づけを理解して、問題点も考察して報告する事が重要です。このようなことが企業から求められている人物像だと思います。

Q:最後にこれから社会で活躍していく博士人材へのメッセージをお願いします。

A:出来るだけ若いうちから視野を広く持って欲しいですね。世の中、色々なところにチャンスがある。今まで通りで何も変えないのが一番楽ですが、自分を変えてチャレンジするのが大切です。また、仲間を作ることも大事。一人では辛いことも、仲間がいるとできる。そのためには、 人に興味を持つこと、人がやっていることに興味を持つことが大事だと思います。

取材2014年5月