ポスドクスタイル株式会社 取締役 葛原武典 氏

ポスドク問題を解決するために企業と博士人材のマッチングが必要

Q:御社は博士号保有者を対象とした人材紹介サービス事業をされていますが、起業の背景はなんでしょうか。

A:当社はWDBグループから2011年に設立されました。ポスドクスタイルは、博士号取得者・ポスドクの方向けの転職エージェントですが、WDBは1999年より、理学系研究職の人材派遣サービスを行っている会社です。企業が研究開発に必要な人員をすべて正社員雇用すると大きな負担になります。そこで研究開発の核となる研究員を正社員で雇用し、実験装置を単純作業で動かすようなサポートの方を非正規で雇用したいというニーズに対応しているのがWDBの派遣サービスです。今でこそ多少は認知をいただくようになりましたが、WDBが理学系分野で人材派遣サービスの提供を開始した当初は、派遣で、そのようなサービスがあること自体よく驚かれました。

一方で理系人材の進路を見ると、かつては正社員として企業に就職するか、大学に残って非常勤職員をするかの二択しかなかった。しかし96年の労働者派遣法の改正によって派遣業種が拡大され、専門性の高い業務として研究開発人材が認められました。それにより主に学部卒や修士卒の方を企業に派遣する事業をスタートさせたのがWDBです。子育てをされている女性の方も多く利用され、最近では最長6ヶ月以内に直接雇用することを前提とした紹介予定派遣も増えています。

しかし、さらに学歴が上の博士号を取られた方々が大学に残れず、一般企業にも就職できないという、いわゆるポスドク問題は深刻化しています。大学院重点化政策で博士号取得者が増加しましたが、大学のポストは増えるわけでなく、民間企業はむしろより厳選採用を強めている。高い能力のある方々を、企業や社会が活用できていないという状態は勿体ないと思います。

機械や電気の領域は産業の裾野が広いのでまだ進路が見つかりやすいのですが、特に生物学領域や化学領域では、適切な就職先が見つからない方が増えました。グローバル企業が日本に置いていた研究機関を中国などに移転したことも大きく影響しました。

WDBは、このポスドク問題にグループとしてきちんと取り組むべきであると考え、正社員または契約社員での採用を前提とした博士人材紹介会社ポスドクスタイルを2011年に設立したのです。

Q:どのようにマッチングをしていますか。

A:まず求職者の方にポスドクスタイルに登録していただきます。当社のキャリアカウンセラーが面談をさせていただき、その方の専門性や希望を伺います。登録やカウンセリングはもちろん無料です。一方で企業側からも欲しい人材についての求人情報をヒアリングしていますので、両者を仲介します。就職が決まれば、当社は企業から所定の成果報酬を頂きます。

WDBグループで15年間取り組んできた人材マッチングのノウハウと、多数の企業との繋がりが生きています。例えば、製薬業界であれば上位100社すべてWDBグループとの契約がありますので、求職者の方のスキルにマッチする具体的な求人が出ていなくとも、その方の能力を発揮できそうな会社の人事にこちらから提案もいたします。

また、企業側が求める人材像にマッチする人が登録者の中にいない場合もあります。その場合は大学の先生にこちらから声をかけて、ポスドクを紹介していただくこともあります。


ポスドクスタイル株式会社 取締役 葛原武典 氏

研究のみならず製品化やキュレーションなど多様な働きが求められる

Q:求職者の自己認識と企業側の求める人材像が合わないことはないですか。

A:もちろんあります。ミスマッチの要因は研究内容の専門性が合うかどうかではないことが多いです。例えば企業の多くは研究者にひたすら基礎となる研究だけをやって欲しいわけではなく、その成果として製品化まで導いてもらいたいと考えています。ですから、例えば医薬業界ならばGMP(医薬品等の製造品質管理基準)の知識を経験として持っていて欲しいという要望が多かったりします。ところがアカデミックできた研究者はそうした経験がありません。


Q:「入社後に一生懸命勉強して覚えます」ではダメなのでしょうか。

A:そうした気持ちがあれば採用する企業もたくさんありますが、一方でポスドクのほうにそのような柔軟性がない場合も少なくない。“頑なに研究だけをやりたい”人をどの企業もあまり求めていません。例えば、キュレーションのように学術的な背景を調べてエビデンスを取って行く仕事も重要です。会社として学術的な知見を貯めておきたいというニーズもあるのです。

また、企業は細かい専門性を期待しているのではなく、その研究を支えているバックグラウンドを生かした仕事をして欲しいと思っていることも多い。ところが、ポスドクの方は専門性が高い人であればあるほど、研究内容がピタリと合っていないと「違う」と判断してしまう。自分の研究がドンピシャで生かせる仕事でないと世の中の役に立てないと考える傾向がある。自ら可能性を狭めてしまうのです。

Q:もったいないですね。

A:研究内容がピタリと一致する仕事はなかなかありませんから、応募する段階ではもっと裾野を広げた方がいいと思います。これまで“自分の専門性に合った仕事をする”という発想の方は、“企業の研究目的に合わせて仕事をする”という発想に切り替えることが必要だと思います。視野を広げれば、世の中にはこれまでの経験知識を生かせる仕事はたくさんあります。


ポスドクスタイル株式会社 取締役 葛原武典 氏

専門知識を持った博士人材に対する求人が増えている

Q:研究職以外に転身した例として、どのような職種がありますか?

A:専門性の高い研究をポスドクでされていた方で、製薬会社からマーケティングの仕事を受託している広告代理店にメディカルライターとして採用され、活躍されている方がいます。

ある試薬メーカーは、技術営業職で博士人材を採用したいと当社に求人を出しました。なぜかといえば、顧客である大学の先生方とある程度対等に話ができる営業が欲しいと言うのです。今顕在化しているニーズを聞くだけでは御用聞きと同じ。競争も激しくなる一方ですので、他社と差別化する意味でも、研究をきちんとやられてきた博士が先生にロジカルに説明をし、潜在ニーズを掘り起こし、次の試薬開発に繋げたいと考えているのです。 自分の研究領域でなく、自分が研究で使ってきたものの業界はすべて就職の対象になると考えてください。試薬や分析装置の会社から、カスタマーサポート部門に自社製品を使ったことのある博士人材が欲しいといった話も多くあります。研究室などから問い合わせがあった時に、きちんと使い方やトラブルの対処法をガイダンスするために、その製品を使った経験があるのとないのとでは大違いだからです。

ベンチャーは個人に蓄積されるスキルが大きい

Q:ベンチャー企業からの求人はありますか?

A:求人は非常に多いです。しかし、そのマッチングはあまり出来ているとはいえません。1つ目の理由として、ベンチャー企業は少数精鋭ですので、様々なスキル経験を兼ね備えたスーパーマンのような人材を求めてしまうという傾向があります。

2つ目の理由として、やはり求職者がベンチャーを敬遠する傾向がある。研究者は環境に対して安定志向が強いので、5年先、10年先を考えたらベンチャーはリスクが大きいと考えるようです。

しかし、ベンチャーには大企業にはない魅力があります。ベンチャーはビジネスモデルがわかりやすいので、求職者の研究とぴったりマッチした仕事は見つけやすいですね。また研究成果がビジネスに直結するケースが多いため、会社に大きなインパクトをもたらし易い。ですから、優秀な方ほどベンチャーに入ってハマれば大活躍が出来ると思います。

確かにベンチャーは5年で倒産することはあり得ます。しかし、その5年間にベンチャーで得られるスキルは、大企業の研究組織に属しているよりも、おそらく個人に蓄積されるものが非常に大きい。経営に非常に近いですし、他の部門との連携やチームプレーが重要ななかで、人間関係も自分でコントロールして行くわけです。スピード感も大企業や大学院の研究とは全然違う。そういったスキルが、その後のキャリアを積む上で絶対無駄にならないと思います。

自分の経験を棚卸しし、視野を広げてみて欲しい

Q:最後に、これから就職を考えている博士人材の方に一言メッセージを。

A:ポスドク問題の構造として、40歳前後まで好きな研究をやり、その辺りでアカデミックポジションに年齢制限がかかるため、急に応募する先がなくなるという現実があります。慌てて一般企業に就職先を探し出す人が多いのですが、その年齢まで行くと企業の募集も減ってしまう。できれば30代前半によく考えて、30代半ばまでに決断していただきたいですね。もちろん、リスク覚悟でアカデミアで活躍を期するならば、それもひとつの決断です。

しかし、それ以外の世の中に博士人材が活躍できる場はたくさんありますので、意識を少し替えて視野を広げること。アカデミシャンとしての専門性やレベルばかりを考えるのではなく、もう少し違う角度で自分の経験を棚卸しできると良いと思います。

また、大学院と民間企業では優秀さの定義が少し違います。民間企業で優秀な方というのは専門性の突き詰め方が高いだけでなく、周囲に配慮できるか、様々なことに興味が持てるかといった柔軟さも兼ね備えています。そうした点はこれからでも努力されるといいと思います。前向きな決断をポスドク・博士の方のエージェントとして精一杯応援させていただきたいと思います。

取材2014年6月