秋田県教育庁高校教育課指導班 主任指導主事 藤澤修 氏 / 秋田県教育庁高校教育課指導班 指導主事 能美佳央 氏

地域に技術で貢献できる人材育成のために、博士人材の積極採用を開始

Q:秋田県では博士人材の採用に力を入れていますが、その背景は何なのでしょうか。

能美:秋田県では地域振興のための産業振興という課題がありました。そのためには地域に根ざした独自の技術の開発を支える人材の育成が必要です。博士人材の専門性を活かして、授業を通じて、地域に技術で貢献できる生徒を育てたいという期待がありました。また、教育の現場では探究型の授業(例えば課題研究)が重要視されています。博士人材の方は研究を続けられた方なので、課題研究の方法、楽しさを伝えることが出来ることを期待しました。

当時、秋田県には大学、産業界などの外部委員から構成されている「県発展戦略会議」というものがありました。その会議で、博士号保有者などの優れた人材を高校に採用し、その専門性を活かして人材を育成しようという方針を決め、2008年度に博士号保有者の積極採用を決定しました。現在、全県で7名の博士号教員がおります。


秋田県教育庁高校教育課指導班 主任指導主事 藤澤修 氏 / 秋田県教育庁高校教育課指導班 指導主事 能美佳央 氏

Q:博士号保有者を採用、配置した成果は出ているのでしょうか。

藤澤:秋田県には「齋藤憲三・山崎貞一顕彰会」があります。これはTDK株式会社を創業し、生涯科学技術の振興に努められた齋藤憲三さんの遺志を継ぎ、二代目TDK社長の山崎貞一さんが創設された公益財団です。この財団では、科学する心を子どもの頃から育みたいということで、学校の研究活動のための基金を用意して、応募する学校に配分しています。小中高校のクラブ活動で科学部などがこういう研究したいという応募をしています。その応募が博士人材を教員として配置している学校から飛躍的に増えました。これは、子どもたちの科学する心が確実に芽生えていることの証だと思っています。

他の例として、農業系高校の博士号教員による“クニマスを地域で育てて田沢湖に戻そう”という活動があります。クニマスは昔田沢湖にのみ生息していたのですが、水質が変化して酸性になってしまったため、絶滅していました。それが2010年に、富士五湖の一つである西湖に生息しているのが発見されました。そこで、博士号教員が高校の課題研究で生徒と水質改善に取り組んで、クニマスを田沢湖に戻そうと活動を始めたわけです。行政も一緒に活動したいということで大きな活動となり、国語の教科書にも取り上げられました。

また、博士人材は生徒の発表の場を積極的に作るという点で他の教員と違うと感じています。研究の成果を行政の場で発表させたり、イギリスの論文誌に発表させたりした教員もいます。通常の高校の教育の現場からは出てこない発想ですね。

博士人材は研究経験を活かして多彩な活動を通して教育に貢献

Q:博士人材の採用はどのようにしているのでしょうか。

能美:教員の採用枠の中に、博士人材の採用枠を設けるという形です。選考は一次が書類審査、二次が適性試験と論文、面接もあります。面接では応募者の人となりを見極めた上で採用を決めています。博士人材の方は教員免許を持っていないケースが多くあります。その場合は、内定後に申請して特別免許を受けて、教職に就くことが出来ます。


Q:ずっと研究を続けてきた博士人材の方が、生徒とのコミュニケーションが必要な教職に就くのは不安があると思いますが。

藤澤:そのために、初任者研修があります。採用の日から1年間にわたって授業を担当しながら実践的に研修を行います。実際に研修を受けた人からは、「授業について学ぶことですごく刺激になった」、「先生の仕事はこんなにあるんだということがわかり、非常にありがたかった」と言ってもらっています。


Q:教育の現場で、博士人材が力を発揮するのはどのような領域なのでしょうか。

藤澤:博士人材は普通の先生とちょっと違った切り口の授業をやります。授業からの刺激が、受験へのモチベーションに変わったり、課題研究をさらに主体的にやる頑張りに繋がったりしています。そういう生徒達の姿を見ると、間違いなく効果が上がっていると思います。

また、博士人材は高校と大学の架け橋のような役割をしてくれています。例えば、「この大学ではこんな研究ができるよ」と、実際に自分の出身の大学に行って、研究室や研究内容を見せるといった取組をしている先生もいます。実践的進路指導であると言えますね。

博士教員教育研究会という博士人材が自主的に立ち上げた組織もあります。教材の開発や指導法の確立、学術研究の充実を目的としているのですが、ユニークな取組として“未来の博士養成講座”を開いています。生徒にとって興味がありそうな分野の講義を定期的に博士人材がしてくれるものです。

Q:出張授業という仕組みがあると伺いましたが、博士号を持った先生も活躍されていますか。

能美:現在博士人材を高校に教員配置していますが、教育活動の場は高校だけではありません。小さい頃から理科に対する興味を醸成していきたいという思いで、小中学校で出張授業を実施しています。博士号教員は、小学生でも分かりやすい講義にしてみたり、相手に応じて視点を変えたりしながら、授業をしています。昨年度の彼らの出張授業は38回、小学校25件、中学校2件、高校5件、その他が6件です。今年度は7月までのこの5、6、7月の4カ月間で17回派遣しています。出張授業の内容については、県の総合教育センターのホームページに出ておりまして、小中高校でその一覧を見て出張授業を依頼するという形です。大学やNPO、市の行政の方まで行って講演したこともありました。


Q:他の先生方も刺激を受けるのでしょうか。

能美:高い専門性と研究に対する考え方に、実業高校や工業高校の先生方が刺激を受けて、意欲的な指導に活かしているという話を聞いております。課題研究でも、我々は「ものがない」とか、「どうやって指導すればよいか」と思ってしまう、つまり自分の範囲だけで指導しようと考えてしまうわけです。博士人材はまずやってみて、分からなければ自分の人脈で外部の方と連携して解決する。外向きですし、一緒に答えを見つけようというスタンスなわけです。普通の教員には新鮮な考え方で刺激を受けますね。


Q:今後の博士人材に対する期待することはありますか。

能美:博士人材の持っているノウハウを他の教員にも伝えて欲しいですね。博士人材のいる学校だけが良くなるのではなく、その地域にある学校の研修会などを企画して、地域のリーダーとなって欲しいと思っています。

博士人材は教育界にも必要、教職を将来の選択肢に入れて欲しい

秋田県教育庁高校教育課指導班 主任指導主事 藤澤修 氏 / 秋田県教育庁高校教育課指導班 指導主事 能美佳央 氏

Q:教育界にとって博士人材は歓迎すべき対象でしょうか。

能美:秋田県だけではなく、多くの県で博士人材を教員として採用しています。お話したように、大学での研究経験、研究費の取り方、発表技術など、全てを教育に活かすことが出来ます。ぜひ教員を将来の職業の選択肢に入れて欲しいと思います。


Q:最後に博士人材にメッセージをお願いします。

能美:博士の先生方は教育だけでなく研究も継続して頑張っています。研究も教育もうまくいくのは、研究を通じて培ったリーダーシップやコミュニケーション能力があるからだと思います。こうした能力は、他の分野でも活かすことが出来ると思います。ですから、学生の時に視野を広げていろいろな経験を積んで、頂きたいと思っています。そのためには、研究だけじゃなく、人脈を作ったり、外部での講演などの機会があったときに積極的に出て行ったりして欲しいですね。そうすると、面白いなと思えるようなことにも出会えて、研究以外に自分が活かされる場所というか、違う視点が持てるんじゃないかと思います。

藤澤:本来大学にいるべき先生方が高校に降りてきて、そこで子供たちのスキルを上げてくれているわけですよね。その子供たちが大学に行くわけです。普通に大学に行くのと博士人材から指導を受けて行くのとでは、明らかに持っている力が違うということを、ここ数年見てきています。これは、恐らく日本の理系教育が世界に勝てる、そういう人材を育成するためにはすごく大事なことなんじゃないかと思っています。高大接続っていうことですね。そのために、博士人材の方にぜひ教職という選択肢を考慮して頂きたいですね。

取材2016年8月