株式会社 悠心 社長 二瀬克規 氏

零細企業に入社、志を持って仕事を選択、経験を拡げる

Q:会社を設立するにはそれなりの経験が必要と思います。大学卒業後の仕事について教えて下さい。

A:大学卒業した当時は就職には恵まれた環境でしたが、自分の価値がどの程度なのかを調べてみようと思い、昭和47年に零細企業に就職しました。従業員18人、お菓子などを入れるセロハンなどの袋をグラビア印刷して製造する会社でした。技術レベルも低く、当時は「鉄は国家なり」の時代でしたから、「士農工商プラスティック」と言われ、自分の会社、技術に誇りを持つ社員は少なかった。そんな中で、自分が努力すれば会社を良くすることができるのではないかという思いが湧きました。社長は大学卒の社員の使い方が分からなかったので、フリーに働けるようにして下さいとお願いし、“計数管理担当”という職名を貰いました。現場の仕事を1年やり、現場の仕事の進め方を理解しました。「博士の使い方がわからない」とよく言われますが、同じ状況でしたね。

現場の仕事を理解できると、製品の原価に興味が湧きました。どんぶり勘定の会社だというのが分かったからです。そこで、工業簿記を勉強して、原価計算をしてみると、利益の出る製品と利益の出ない製品がはっきりと分かり、会社の利益の源泉が何なのかも分かります。さらに、工数管理にも手を拡げたところ、製品仕様を見ただけで利益が出るかどうか分かるようになりました。最後には、材料選択、仕入れ、製造工程など会社の運営をどうすれば良いのか理解できたわけです。

この後、新しく工場を建設することになり、プロジェクトチームの一員になりました。当時、公害防止が話題になっていました。具体的にどのような防止策を講じれば良いのか、官公庁に聞いても分からない状況で途方に暮れ、他のプロジェクトチーム員は次々と抜けていき、結局一人残り、建設責任者になってしましました。当時24歳で20数億の予算を執行する責任者になったわけです。

Q:小さな会社に入社したことが知見を拡げる経験につながったということですか。

A:そうですね。従業員が18人ですから、一人が18分の1の仕事をしているわけで、全てを経験するのはそれほど難しいことではありません。自分の意思で仕事が決められたというのも良かったですね。


株式会社 悠心 社長 二瀬克規 氏

研究開発組織を作り、新製品を開発に成功して上場へ

Q:工場建設の後、残った仕事は製品開発でしょうか。

A:売り上げを増やすためには大手と取引することが必要ですが、そのためにはオンリーワンの製品を開発しなければなりません。製品を開発するための技術もなく、また社長の指示もあったので研究所を設立しました。営業からは「そんな暇があるなら営業を手伝え」と文句も出ました。そこで、1年で成果を出すために、不当なクレームへの対応をするための立証と材料メーカーに対する自社からのクレームに取り組み、研究所費用以上の成果を出し、研究所の基盤が固めることができたわけです。

開発の基盤ができたので、会社を発展させるためには目標が必要と思い、一部上場しようという目標を設定しました。最初は馬鹿にされましたが、目標が出来ると全員ががんばろうという気になるものです。

Q:そのために、どのような製品を開発されたのですか。

A:当時、液体を包装容器に充填する充填機の会社は少なかったので、充填機を目標に開発に着手しました。どうせ開発するなら世界一の製品を、と目標を設定しましたが、単独では開発が難しいと考え、機械のノウハウを持つ会社と組むことにしました。車の部品メーカーの社長を説得して、共同開発することが出来ました。従来品の6倍の充填速度36m/分の液体小袋充填機を目標として開発を推進し、結果的に24m/分の充填機を開発できました。この充填機は液体が漏れないという優位性もあり、業界でシェア30数%を取ることが出来、売り上げも上がり、結果的に会社を上場することが出来ました。

新会社を設立して新たな開発に取り組む

Q:会社も上場できたのに、何故新しい会社を設立したのでしょうか。

A:会社というものは規模が大きくなって上場すると、リスクを取らないようになるものです。そんな雰囲気がつまらなくなり、退職して自分の会社を作ることにしました。開発を一緒にやっていた仲間3人が加わり、4人で始めたのですが、最初の年の売り上げはわずか390万円、半年で資本金が開発費に消えてしまうような状況でした。そこで、2年目にアンプルカットと呼ばれる、納豆などのタレを入れる、開けやすい小袋とその製造法を開発し、商品化することで、何とか会社を倒産させずにすみました。

Q:現在の主力製品は何でしょうか。

A:鮮度を保つ液体容器とそれを製造するための自動充填システムですね。これも業界にないオンリーワン商品ということで開発したものです。逆止機能を持つフィルム弁があり、容器内の液体が空気に触れないので鮮度を保つことができます。醤油の容器などに使われています。

博士が社会で活躍するためにはどうすべきか

株式会社 悠心 社長 二瀬克規 氏

Q:現在会社に博士の方はいらっしゃいますか。

A:私も含めて3人います。一人は入社後に大学院に入学して取得しました。会社として通学を認め、サポートしました。もう一人は博士課程修了後に採用した人です。

私自身はいわゆる論文博士です。前の会社の研究所で、成果を論文にして発表している内に大学の先生と知り合いになり、学生を会社に派遣してくれるようになりました。大学の先生から論文誌への投稿を進められ投稿したのですが、当時の研究テーマであるラミネートフィルムでは一般性がないとの理由で論文がリジェクトされてしまいました。これからはプラスティックの時代だという自負もあり、あきらめるわけにはいかないという思いから、耐熱性という別の切り口にして再投稿し、受理されました。このように研究から論文というサイクルを繰り返している内に、博士号も取得することが出来た訳です。情熱を持って仕事を進めれば結果が付いてくるものですね。


Q:博士は定期的に採用していますか。

A:採用に関しては、博士、修士、学士の区別はしておりません。必要な時に役に立つ人を採用するという考え方です。但し、「この会社でこういうことをやりたい」という熱烈な意思を持った人はいつでも歓迎します。何でも情熱とやる気が基本です。

Q:博士をどのように評価されているのでしょうか。

A:日本はもっと基礎研究をやらないと将来がない。博士、修士の方と話をすると、会社に夢を持って入社したのに基礎研究がなくなり、他の仕事をしている人も多いそうです。社会のために役立ちたいと思っている人をきちんと受け止められる社会にしたい。研究人材は大事です。

博士でも研究テーマを自分で苦労して見つけた人は課題の発掘に光るものがある。文章も書けるし、がんばりもあると思います。こういう人は会社でも役に立ちます。但し、なんとなく修了させてもらった博士も多い。学位はこれから社会で博士としてやっていけるだろうという意味で、実力を保障しているわけではない。これを勘違いしている人は使えない。学ぶ手順を学んだのだから、何でも勉強して役に立ちたいと言う人は成功すると思います。

お話した、前の会社で充填機の共同開発の打診をした際に、博士の肩書きが相手からの信用を得るのに役だった経験があります。これも博士の価値でしょうか。


Q:これから社会に出る博士にメッセージをお願いします。

A:志を持って欲しい。その志を実現するために、人生の計画を立てて、それに従って努力すると結果は付いてくると思います。人生は長いので、たらたらと生きていくのは人に翻弄される人生になってしまいます。

二つ目は、博士号を取った人は使われ上手になることが必要です。一般の会社の幹部に博士は少ないし、使うのが難しいと思われています。使って貰えなければ力は発揮できないですね。

最後に、コミュニケーション能力です。これがなければアイディアが良くても、提案が通らないし、しゃべりが悪いと社長にはなれません。

取材2014年8月