東京工業高等専門学校 校長 古屋一仁 氏

自律的・協働的・創造的な姿勢で社会の諸問題に立ち向かう人材を世に出したい

Q:まず初めに東京高専の理念、教育目標についてお伺いします。

A:高専は大学・短大という他の高等教育機関とは異なり、中学校卒業で入学でき、5年間の一貫教育により一般科目と専門科目を効率的に学びます。特に実験・実習を重視し、理論と実践の力を兼ね備えた技術者を養成しています。

東京高専は“専門的かつ実践的な知識と世界水準の技術を有し、自律的・協働的・創造的な姿勢で地域と世界が抱える社会の諸課題に立ち向かう、科学的思考を身につけた人材を養成する”を理念とし、“早期体験重視の教育を通して、創造力・実践力・応用力の備わった技術者を育成する”ことを目標に掲げています。ここで“早期体験重視の教育”とは、大学に比べて早い15歳から具体的な“もの”に触れ体験しながら学ぶということです。

東京工業高等専門学校 校長 古屋一仁 氏

自律的、協働的、創造的な学生を育てるために博士人材に期待すること

Q:特に力を入れている教育はどのようなものでしょうか。

A:学生の専門分野を深める教育はもちろん大切ですが、社会のニーズに応える教育・研究が重要と考えています。日本が直面する高齢化社会、エネルギー、地球温暖化などの課題に立ち向かう力を学生に付けさせたい。このような課題解決の経験をさせるため、インターンシップで企業に学生を送りだし、就業体験を積ませています。

また、社会が抱える問題を考え、実践的に解決する社会実装(ニーズの把握、ソリューションの提案、開発、実証評価を一貫して経験させる教育)を目的とした“イノベーティブ・ジャパン”プロジェクト(http://www.innovative-kosen.jp参照)を6校以上の高専と協力して遂行しており、特に身近な課題に向けた社会実装を体験させています。例えば、一人暮らしのお年寄りを見守りつつ、掃除も出来るロボットの試作、評価が良い例です。

Q:そのような教育で博士人材に期待することは何でしょうか。

A:博士号を取得した人は課題の本質を考え、解決法を創造する力を培ってこられたわけです。即ち“自律的・協働的・創造的な姿勢で社会の諸課題に立ち向かう力”を身につけていると思います。学生は多感な年代ですから、教員が自分で身に着けたものを学生に示してくれることを期待しています。

教員が身に付けたものを学生に示すために、教員には教育以外でも企業との共同研究や技術指導を積極的に取り組んでもらっています。社会の問題を解決し貢献する先生の姿は、学生の強い関心を引き、生きた教材になります。そんな教員を見て学生は育っていきます。

採用方法は公募が原則、採用後の研究活動を奨励

東京工業高等専門学校 校長 古屋一仁 氏

Q:教職員の採用はどのように行われているのですか。

A:教員が約80人いて、63歳が定年です。毎年2、3人が定年退職し、同じ人数の教員採用をしています。工学だけでなく、社会や英語、国語、数学、化学、物理などの教員も採用しています。採用は、27歳の新卒者や30歳台の若手、そして企業から移ってくる30歳から40歳台の企業経験者も対象にします。各大学の学科長などに募集案内を配り、本校のホームページやJREC-INなどに募集公告を出しますので、それを見て応募して頂ければと思います。

採用方法は公募が原則です。書類審査、面接試験、その中で模擬授業(事前に内容と課題を伝えてある)をしてもらっています。先ほどお話しましたように研究を続けて頂きたいので原則、博士号を持つ人あるいは近々博士号を取得する見込みの人を採用します。

Q:教員となった後はどのような研究ができるのでしょうか。

A:創造的な学生を育てるには教員が創造的である必要があります。査読付き学術論文を発表できることは、新たな知見を創り出す証ですので、是非実行していただきたいと考えています。高専教員は教育に割く時間が多いので、大学と比較すると学術論文発表の頻度は低くなると思いますが、長続きする重要な研究分野を継続して取り組んでいただくことを望んでおります。また、企業との共同研究も大いに奨励しております。


Q:採用活動で苦労された点、例えば博士人材の専門分野と採用後の仕事とのマッチングなどはどうでしょうか。

A:高専の教員は、大学や企業の研究所で研究に専念する職業とは大分異なります。この点は採用面接で十分に説明し、確認していますので着任してから苦労することはあまりありません。高専特有の活動、クラス運営などには向き、不向きがあるかもしれません。学生とコミュニケーションがとれることも重要です。学生と仲良くなってしまい、教員であることを忘れてしまって失敗する例もありますが。後でこんなはずではなかったとならないように、面接の時にじっくり議論をし、また教員の有るべき姿を身に着けてもらうための説明もします。


Q:教員のキャリアパス、また自己啓発支援はどのようになっていますか。

A:採用後は、5年くらい経つと他の高専との交流、海外研究機関での研修・研究などの人材育成プログラムが巡ってきます。また様々なセミナーが行われます。例えば、クラス経営、メンタルヘルスについてなどです。多くの教員は研究発表などで国際会議にも出かけます。

教員の活躍状況と博士人材へのメッセージ

ものづくり日本大賞受賞作品をバックに、松林教授(後列右端)常盤大臣官房審議官(後列左端)、学生の皆さん
ものづくり日本大賞受賞作品をバックに、松林教授(後列右端)
常盤大臣官房審議官(後列左端)、学生の皆さん

Q:教員の活躍状況について教えて下さい。

A:若い人では、この4月に博士号を取得したばかりの新卒者、国の研究所からの転職者、他の高専から東京高専に移って来た教員、皆さん東京高専に来てよかったと言って、はりきって仕事してくれています。特に、自分が世話した学生が成長する姿を見るのはうれしいと言っています。

当校では“組み込みマイスター”という課外活動を実施しています。今後ますます重要になる組み込みソフトを中心にした実践的な試作を行います。若い先生も含む教員が150名程度の学生を指導しているわけです。この活動の成果で多くの受賞例があります。一例ですが、松林教授が内閣総理大臣賞を受賞しました。彼の長年の指導の成果として、昨年、専攻科生5名が第5回“ものづくり日本大賞”を受賞しました。日本大賞の対象は可視光通信による省電力照明システムの開発でした。

Q:これから社会に出ようとする博士人材に対するメッセージをお願いします。

A:私も工学博士であり、博士号を取るために大変努力した経験を持っています。それに基づいて考えると、博士号は汎用能力の証だと思います。ですから、博士人材の活躍の場については広く考えたら良い。博士を取るために研究した研究分野や環境にこだわる必要はないと思います。あなたを必要とするところで、これまでに身につけた能力を思う存分発揮して頂きたいと思います。


Q:特に、高専の教員を志望される方にメッセージはありますか。

A:博士号を取得するために払われた努力、学問を基礎からしっかり学んで自分のものにした経験は教育に活かされます。博士人材は研究を通じて誠実な態度、忍耐力、発見の喜び、論理的思考、研究の価値を人に分からせる表現技術など貴重な資質を持っているので、良い先生になって頂けると思います。これらを学生に伝えて貰いたいと期待しています。工夫しながら多感な若者に自分の経験を伝え、影響を与えていくことは面白いですよ。

取材2014年5月