国立研究開発法人 物質・材料研究機構 人材開発室長 竹内孝夫 氏 / 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人事部審議役 矢吹聡一 氏

社会に役立つ研究開発がNIMS、産総研のミッション

Q:NIMS、産総研のような国立研究開発法人のミッションを教えて下さい。

竹内:ざっくりと言えば、国からのミッションを遂行する研究所ですね。基礎研究中心の大学と応用重視の民間企業の研究所を足して2で割ったような研究機関で、大学と異なり教育の義務はなく研究に専念できるのが特徴です。

矢吹:また、大学と企業の橋渡しをして、民間に研究成果である技術を移転することも大きなミッションです。

竹内:それぞれの特色では、産総研の研究開発は実用化フェーズ寄りという意味で民間に近く、NIMSは基礎研究が多いので大学寄りです。他の研究開発法人の例として、理研(国立研究開発法人理化学研究所)は基礎から応用まで幅広く研究しています。一概には言えませんが、理研の基礎研究についてはさらに大学寄りというところでしょうか。また、高エネルギー加速器研究機構のように、大学共同利用機関法人として、大学にも民間にもない大型の研究施設を運用し、それを他の研究機関に提供するというミッションの機関もあります。


Q:そのような研究開発法人の中でNIMS、産総研のミッションは何でしょうか。

矢吹:産総研は経産省管轄なので、産業に関連する研究テーマを基礎から実用化フェーズまで幅広く扱っています。日本の産業分野は広いので、理工学分野のほぼ全域をカバーしています。こうした研究開発の成果を産業界へ“橋渡し”し、画期的な基礎研究やアイディアを産業界での技術開発につなげて、新たなイノベーション創出に貢献することが、産総研のミッションです。また、産総研の技術に大学や産業界の技術を組み合わせたり、共同研究や人材交流による多様な人材の相互交流によりイノベーションを起こしたりすることとも重要なミッションです。

竹内:NIMSは文科省管轄で、物質材料研究に特化して、産業界でイノベーションを起こせる技術を産み出すことが重要な目的の一つです。産総研でも材料研究を行っていますが、産総研では産業界での応用に近い仕事をされているのに対して、NIMSでは基礎・基盤研究が多いという特徴があります。ただし、研究開発成果の最大化を推し進めるため、基礎・基盤研究ばかりでなく、優れた技術シーズの創出に加え、システム化・統合化までの研究展開を見据え、社会実装までの研究フェーズも意識して研究に取り組むことが求められています。また、研究成果の普及と活用、設備の共用、人材育成も重要なミッションです。

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 人材開発室長 竹内孝夫 氏 / 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人事部審議役 矢吹聡一 氏

Q:研究職員の構成はどうなっていますか。

矢吹:産総研の研究員数は平成27年度当初で約2300人であり、その内のおよそ2000人が博士人材です。博士号を持つ研究者の比率はここ20年で飛躍的に高くなりました。最近では学位取得、あるいは学位取得見込みという選考基準での採用が多いので、新規採用者についてはほとんど博士号取得者です。修士課程修了者を対象とした研究職も、計量標準の限られた分野だけではありますが、毎年若干名採用しています。

竹内:NIMSの正職員は、おおよそ研究職400人、エンジニア職50人、事務職100人といった構成です。研究職は96%以上が博士で、エンジニア職の博士比率は43%です。エンジニア職の仕事は基本的にはテクニカルサポートですが、高度な技術を持つ職員が多く、研究職とエンジニア職は処遇に差がでないように同じ給与体系で採用しています。

また、任期付き研究員は約400人で、内ポスドク180名、テニュアトラックに準じる20名、連携大学院制度を通して受け入れた大学院生100名、経験豊かなシニア研究員100名です。上記の連携大学院制度は、NIMS職員が大学の教授を兼務して、NIMS内での先端研究を通じて大学院生を学位取得まで指導する仕組みです。

矢吹:産総研でも連携大学院制度は活用されており、約300人の研究者が客員教授となり、技術研修員として学生を100名ほど受け入れています。

複数の形態で研究者を採用、女性研究者の比率向上も課題

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 人材開発室長 竹内孝夫 氏 / 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人事部審議役 矢吹聡一 氏

Q:任期付き採用と定年制採用はどのような考えで区別されているのでしょうか。

竹内:その点に関しては、産総研とNIMSで考え方が違うかもしれません。NIMSでは定年制採用が基本で、その他にテニュアトラックに準じる採用とポスドク採用があります。テニュアトラックに準ずる採用は若手国際研究センター(ICYS:International Center for Young Scientists)が行うもので、人材育成が目的です。応募者が提案した研究内容を審査して面白そうであればICYS研究員として採用します。メンターを2人付けて研究支援し、その提案したテーマを2年から3年研究してもらいます。最終的に定年制職員になるためには、定年制職員の公募に一般の方と同じ条件で応募してもらいます。ポスドクは各研究担当者がテーマを決めて募集、審査、採用をしています。

矢吹:産総研の場合には、任期付職員(テニュアトラック型)と定年制職員(パーマネント型)は同じ枠で募集し、応募者の能力やポテンシャルなどを総合的に評価してどちらの制度で採用するか判断しています。テニュアトラックでの採用者は5年の任期終了前、具体的には入所後およそ3年半経った頃に、所内でのパーマネント化審査を行い、合格すれば定年制職員となります。最初から定年制で採用する人はポスドク、助手などの研究の経験者が多いのですが、博士課程新卒者も採用実績があります。この他に、プロジェクト型という採用形態があります。これは、プロジェクトの実施期間に応じ、最長で5年間雇用されるものです。

Q:採用枠についてはいかがでしょうか。

竹内:年によって変動しますが、NIMSの定年制での採用枠は10数名です。採用されるほとんどの方がポスドク等の経験者です。

矢吹:産総研の採用枠は例年100名程度です。平成27年度の研究職員採用では、パーマネント採用がかなり増えました。また平成27年度のパーマネント化審査では、審査対象者はほぼ100%に近い割合で合格し、平成28年4月より定年制職員へと移行する予定です。


Q:採用の際にダイバーシティは意識されているのでしょうか。

竹内:NIMSでは、国からの指導もあり、女性の割合を増やしたいと考えています。しかし、女性からの応募が少ないというのが悩みでした。そのため、分野を問わず、女性だけが応募できる枠を平成25年に新設しました。その結果、女性の応募者が約20%と以前の2倍になりました。また、男女共同参画デザイン室という組織があり、育児・介護支援など、女性が働きやすい職場作りを行っています。

矢吹:産総研の女性の応募者の割合は、年によって変動が大きいです。平成27年度に実施した2回の公募の平均は約15%で、採用時は20%になりました。産総研でも託児所を用意するなどの様々な支援を行っていますし、“くるみんマーク(子育てサポート企業として、厚生労働大臣の認定を受けたことを示すマーク)”や“トモニンマーク(仕事と介護の両立支援のシンボルマーク)”も取得しています。また、外国籍を持つ人材の採用は10%を超え、徐々に増えつつあります。平成27年度の採用では過去5年と比較して比率がかなり高くなりました。JREC-IN Portalでの英語の公募も効果があったと実感しています。

竹内:NIMSでも“くるみんマーク”、“トモニンマーク”を取得しています。定年制の研究者のうち海外出身者は10%を、また任期制を含めると30%を超えます。


Q:最近応募される博士人材は昔の応募者と比較してどんな特徴がありますか。

矢吹:ポスドクなどの経験者は発表の経験も豊富で、良く言えばこなれているというか、プレゼンが上手く、視野の広い研究を提案しますね。大学院を卒業してすぐの方は自分の研究分野は分かるが、周りが見えてない人が多いという印象があります。

竹内:NIMSでは研究者は国際公募ですので、面接は全て英語で実施しています。審査員も大変なのですが、最近の博士人材の方は英語が上手いなというのが実感です。

産業界、大学との交流・共同研究により人材の育成を図る

Q:採用者の専門分野と実際の研究テーマのマッチングが重要と思いますが、どのような工夫をされていますか。

竹内:現在のNIMSでの、例えば電池材料や超伝導材料などという研究分野を指定した採用枠では、採用審査で応募者の研究歴とその分野の適合性などをチェックします。また、若干名ですが、物質・材料研究であれば分野を問わず基礎でも応用でもかまわないという枠を用意しています。この枠では、採用者の特性を見て基礎研究グループに配属するか、応用研究グループに配属するかを決めています。

矢吹:産総研では、公募テーマについて研究分野をやや広めに設定して公募します。選考の過程や入所したあとに、研究指導者などと綿密なコミュニケーションを取ってお互いの考えを摺り合わせて、研究テーマと研究方針を決定していきます。このようなプロセスを経ているためか、入所後の人材のミスマッチは起こりにくいようです。また、テニュアトラックによる採用の人材のほとんどが、こういった採用後の綿密な意思疎通のかいもあって、無事にパーマネント化審査に合格していくのだと考えています。


Q:人材の育成も国立研究開発法人のミッションと思いますが、具体的な取り組みを教えて下さい。

矢吹:人材の有効活用を図り、社会に優秀な人材を送り出すことも、産総研の重要な役割です。そのために、若手博士人材の育成制度であるイノベーションスクールでは、ポスドクを対象に、講義形式の授業や、企業研修も含めた人材育成プログラムを実施しています。新規採用職員に対しては、まずは入所後のオリエンテーション的な研修に始まり、その後1年目のフォローアップ研修などの、ある一定の年齢や入所年限で受講すべきプログラムが用意されています。また、英語でのプレゼンテーションや簿記、財務会計、ロジカルシンキング等、目的に合わせた研修プログラムも用意されています。

竹内:NIMSでは、先ほどお話したICYSや連携大学院などで若手研究者や学生を受け入れ、人材育成を行っています。また、オープンイノベーション活動の場として、環境エネルギー材料等の研究拠点を設置して、産官学の共同研究を推進しています。大学や産業界から研究者が参加していて、研究者が共同研究を通じて研鑽し合うことで人材育成にも貢献しています。

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 人材開発室長 竹内孝夫 氏 / 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人事部審議役 矢吹聡一 氏

Q:民間企業との共同研究はどうでしょうか。

矢吹:産総研では、人的な交流も含めて色々なレベルで共同研究をしています。人的交流では企業との間で相互に出向して研究することがあります。研究者が行き来することで実用化に向けた動きが加速しやすい環境が生まれますし、お互いの優れた技術を組み合わせることで自前主義脱却にも貢献できます。民間企業との共同研究、人材交流は今後も積極的に進めていきたいと考えています。

竹内:NIMSでも共同研究を進める中で、出向という形で企業の方を受け入れたことがありますし、それを契機にNIMSの職員になった研究者もいます。企業と包括的な契約をして共同研究しているケースもあります。NIMSとしても共同研究を通した人的交流はお互いに視野が広がり、どのように“もの作り”をするかという観点で良い刺激を受けるので、奨励しています。


Q:企業経験者は大学、公的研究機関からの人と比較して違いはありますか。

竹内:NIMSでは、企業経験者は歓迎していて、何人も採用しています。同じ材料研究であってもその応用先で何が問題なのかを強く意識して、出口を見据えた研究をする人が多いと感じます。NIMSとしては、そのようなマインドの人を期待しています。

研究で社会に貢献する意欲のある研究者の応募を期待

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 人材開発室長 竹内孝夫 氏 / 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人事部審議役 矢吹聡一 氏

Q:こういう博士人材に来て欲しいというイメージがありましたら教えて下さい。

矢吹:欲を言えばきりが無いのですが、産総研は産業界への貢献が目的ですので出口を意識して研究できる人ですね。基礎研究ばかりではなく、自身の研究がどのように社会に役に立っていくのかを意識して欲しいと願っています。自分の研究がどのように発展し、世の中にどのように役に立つのかを意識しながら研究できる人材に強く期待しています。

竹内:まったく同感ですね。NIMSの場合には出口は“もの作り”です。“もの作り”まで研究を発展できる能力があって、基礎学力をしっかり持っている研究者は大歓迎です。本人の研究とNIMSの物質・材料研究との接点をきちんと説明できる方を期待しています。

Q:国立研究開発法人を目指す博士人材へのアドバイスをお願いします。

竹内:産総研も同じと思いますが、NIMSの研究者が省庁に1-2年間出向して国の科学技術政策の立案に携わることが多くあります。全員が必ずとまでは言いませんが、視野を広く持って、企画立案できることも必要です。論文、発表も重要な指標ですが、決して論文第一主義ではありません。論文を書かずに、ベンチャー企業を起こすような良い成果を出している研究者もいます。また、特許が取れることも重要で、実用化されて特許が使われると高い評価になります。

矢吹:大学の場合には研究室という少人数の組織の中で研究することが多いと思います。しかし、国立研究開発法人の場合には部署間の移動があったり、新しい部署を作ったりすることが多いので、色々な人とうまくやっていける柔軟性やチームをまとめる力、資金を獲得できる提案力が必要ですね。

矢吹、竹内:色々言いましたが、全てを満足できる人はいないわけで、多様なタイプの人材が必要ということです。研究に専念できる環境がありますから、研究で世の中に貢献したいと考えている方にはぜひ来て欲しいですね。

取材2016年1月