国立研究開発法人 産業技術総合研究所 理事 富樫茂子 氏

幅広い研究領域でのイノベーションと知的基盤で社会に貢献する

Q:産総研の研究分野について教えて下さい。

A:産総研は国立の研究開発法人であり、産業技術により持続可能な社会を構築するという使命のもとで研究開発を行っています。組織としては、5つの研究領域(エネルギー・環境、生命工学、情報・人間工学、材料・化学、エレクトロニクス・製造)がグリーン・イノベーションとライフ・イノベーションの推進を、2つの総合センター(地質調査、計量標準)が社会や経済を支える知的基盤の構築を担っています。最先端の研究開発を行い、その実用化を通じて社会に貢献するために、産業界から見て分かりやすい研究分野の分け方にしています。


Q:研究分野が多岐にわたりますが、研究所の運営はどのようにされているのでしょうか。

A:2001年に複数の国立研究所が統合されて産総研が発足したため、研究分野が多岐にわたっています。研究領域、総合センター毎にその背景、研究内容が異なっていますので、2015年度からは各研究領域、総合センターの自主性を高める運営をしています。ただし、研究領域、総合センター間の境界は固定されたものではなく、総合的に力が発揮できるような運営を心がけています。相互にまたがって実施している研究もあり、研究者の異動も多いです。

Q:特に、博士人材の活躍を期待する分野、強化していきたい分野はありますか。

A:各研究分野はそれぞれの研究戦略に基づいて強化していますので、全ての分野で博士人材の活躍を期待しています。特に強化したい分野の例としては人工知能があります。情報・人間工学領域の中に、人工知能研究センターを設立して研究者も増やしています。世の中でも人工知能の研究が盛んになっていますので、ぜひ、優秀な方にたくさん応募していただき、産総研で活躍していただきたいと思います。


国立研究開発法人 産業技術総合研究所 理事 富樫茂子 氏

多様な人材をその能力、適性を考慮して採用する

Q:博士人材の採用プロセスはどのようになっていますか。

A:主に春と秋の年に2回、研究分野とテーマを決めて研究職員の公募を実施しています。公募情報は、産総研のホームページとJREC-IN Portalで提供しています。応募者は郵送、もしくはJREC-IN Portal経由でのWeb応募で履歴書、業績、アピール点などの応募書類を提出してもらいます。2015年度はJREC-IN Portal経由でのWeb応募が概ね70%程度になりました。

一次審査は各研究領域や総合センターで実施します。このとき、配属予定先での予備審査も含めて、書類と面接で絞り込みます。その合格者に対して、産総研全体の審査会で書類、面接による二次審査を行って採用者を決定しています。

採用決定の際に応募者の能力、業績、適性、産総研での役割を考慮してテニュアトラック(審査を経てパーマネントな職を得る前の任期付きの雇用形態)採用か、パーマネント(定年制雇用)採用かを決めています。テニュアトラック採用者の任期は原則5年で、3年半を経過した時点でパーマネント化審査を行い、合格者は定年制雇用となります。今後は、パーマネント(定年制)採用を重点化する予定です。また、これらの採用制度とは別に、プロジェクトなどに特化して取り組んでいただける任期付の採用制度も用意されています。


Q:公募の研究テーマと自分の専門分野が一致していないと採用されないのでしょうか。

A:自分の専門分野とは異なるテーマで応募することも可能です。公募研究テーマにはピンポイントではなく、広めのテーマもありますので、専門分野がぴったり一致しなくても応募しやすいと思います。優先順位を付けて複数テーマに応募することも可能です。また、場合によっては、審査の際に応募された研究テーマではなく、もっと適性があると思われる別のテーマでの採用を提案させていただくこともあります。自分の専門分野とのマッチングをあまり厳密に考えないで応募していただきたいと思います。

Q:入所後のジョブマッチングはどのようにされるのでしょうか。

A:二次面接の段階で、入所後5年間のおおまかな研究計画を配属予定先上司と相談してもらい、お互いに合意を得ておきます。詳細な研究内容については入所後に配属先で相談することになります。採用の前後にきちんとしたコミュニケーションの場がありますので、入所後に研究内容について不満が出るケースはほとんどありません。

研究所内には研究テーマの提案制度もあります。制度に応じて、研究者が所属する研究領域や総合センター内で提案することも可能ですし、研究所レベルでかなり大きなプロジェクトも提案できます。研究所内の予算に限らず、外部資金に応募して認められた場合には、大規模な研究も可能です。


Q:外国籍の研究者、留学生の採用は積極的にされているのでしょうか。

A:グローバルな人材として、外国籍の研究者採用を増やしていきたいと考えていますし、実際に応募者も採用者数も増えています。2015年度の採用では10%を越えている状況です。日本に留学経験のある方の応募が多いですが、外国から直接応募される研究者も増えています。


Q:最近の応募者を面接されて特に気がつかれたことはありますか。

A:応募者のバックグラウンドが多様になっていますね。ポスドクや大学の助教を経て応募される方も多いですし、企業の研究者、大学でも准教授など長い経験を積まれた方,新卒の方や女性・外国人の応募も増えています。産総研としても人材の多様性を増すために、色々な経験、バックグラウンドを持っている研究者の応募を歓迎しています。入所されたあとも、独自の視点、スキルを活かして活躍されている方が多いです。

研究活動のきめ細かな評価やマネジメント職経験で人材を育成する

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 理事 富樫茂子 氏

Q:採用後の人材育成はどのようにされていますか。

A:入所者はほとんどが自立した研究者ですので、人材育成はOJT(On the Job Training)が主体になります。研究者はチームの中で仕事をしており、日々の打ち合わせ、上司との相談、共同研究による内外の交流、海外経験等の研究活動を通じてキャリアを形成していきます。

この他、各種の内部研修も行っています。コンプライアンスなどの職員として必要な知識を学ぶ基礎研修、職務遂行に必要な知識を学ぶ階層別研修、知財、標準化などの特定分野のノウハウや英語によるプレゼン等の研修といったスキルを身に付けるプロフェッショナル研修を適宜実施して、産業技術を通じて社会に貢献できる人材を育成しています。

Q:研究成果の評価はどのようにされていますか。

A:産総研は研究分野が多岐にわたっているので、研究状況が分野ごとに違っています。例えば、論文にしてもリードタイムが長い分野も短い分野もあります。ですから、単純に論文の数などで評価することは出来ません。そこで、短期評価と長期評価に分けて、きめ細かい評価をしています。短期評価は年度ごとに目標と達成度を上司と研究者が相談して決定し、評価は次の年度の業績給に反映させます。長期評価では研究者の職務遂行能力を見ます。論文はもちろんのこと、特許、実用化、人材育成などの業績の量と質をその研究者が担っている職務に照らして、多様なエビデンスとコミュニケーションで評価するわけです。数年ごとに評価のチャンスがあり、クリアすれば一つ上の職位に進みます。このような評価システムは、どのような能力の人に活躍してもらいたいかという産総研としての方向付けをすることも目的ですので、評価する方も大変ですが時間をかけて取り組んでいます。


Q:研究者のキャリアパスについてはどうでしょうか。

A:研究所ですから研究を主体に展開していく人が大部分です。一方、研究所として研究プロジェクトを推進していくには、それぞれの適性に応じて色々な役割も担っていただくことになります。研究のリーダーとしての役割を担う場合もあり、研究マネジメントの仕事や研究成果を産業界で活かすための仕事をする場合もあります。入所後で言いますと、数年間の研究従事のあと、所内の研究企画部門や省庁、企業等で研究マネジメントの仕事をする機会を用意しています。本人には新しい経験になりますし、異分野の人的ネットワークも広がり、研究現場に戻った時に研究のスケールが大きくなります。

このように、色々な仕事をする中で自分の適性を自覚してもらい、その人に適したキャリアパスとなるようにしています。産総研では研究とともに、企業との橋渡し役をする仕事、プロジェクトのリードや高度な専門能力を活かした仕事など、大学よりも多様なキャリアパスがあると思います。

異分野に挑戦し、新しい領域を切り拓ける人材に来て欲しい

Q:産総研を目指す博士人材にはどのようなことを期待されますか。

A:産総研は先端研究による産業技術を通じて社会ニーズに応え、持続可能な社会を構築に貢献するというミッションを持っていますから、それを担っていただける方が必要です。研究者としては、自分の主体性や独自性を持って、オリジナルな研究が出来ることが基本ですね。また、産総研は様々な研究分野があるので、しっかりした自分の専門分野をベースにして異分野にチャレンジし、異分野の人とも仕事をして新しい領域を自ら拓く意気込みを持った方に来ていただきたいと思っています。自分の現在の専門分野が募集テーマに見つからなくても、自身の適性を広い視点で分析して応募していただければ、柔軟に対応することも可能です。物理学が専門の方が物理学の手法を人間の行動に関する研究に応用するという提案をした方もいます。意欲のある方はぜひチャレンジして下さい。

Q:これから社会に出ようとしている博士人材へのアドバイスをお願いします。

A:一般的になりますが、自分でやれることに自分で限界を作らないで欲しいと思います。難しいと思ってもトライしてみることが重要です。実は、私自身も産総研の前身となった研究所に応募したのですが、採用されずに再度トライして採用されたという経験があります。何事もチャレンジしないと始まらないですね。

また、自分の強みやオリジナリティを自分の言葉で話すように努力していただきたいですね。採用面接の際などでは、色々な視点から話をお聞きしても一般的な答えしか返ってこないケースもあります。これでは印象も薄くなってしまいますし、面接をする側の心にも響いてきません。研究を通じて自分がどんなことがやりたいのか,どんな役割を果たしたいのか、将来を見据えて常に問いかけてみる姿勢が重要だと思います。

取材2016年1月