日生バイオ株式会社 取締役 北海道研究所長 林田茂 氏

これまで使われてこなかった素材から有効成分を抽出し、製品化する

Q:御社のビジネスモデルについて教えてください。

A:当社は代表の松永政司が1994年9月に設立したバイオベンチャーです。サケの白子にある核酸や、メシマコブやベニクスノキタケなどのきのこ類、植物由来乳酸菌、アスパラガスなどを原料に、健康補助食品や化粧品、育毛剤、有害除去フィルターなどを製造販売、またはメーカーへ原料提供をしています。例えば、サケの白子には手で触れるぐらいの長いひも状の核酸(DNA)があり、それを保護するためのタンパク質が主成分のぷるぷるした物質が周囲に巻き付いています。その核酸を精製し、加工処理して商品化しています。

本来核酸は人の体内でも合成され、遺伝だけでなく様々な生理的作用にも関わっています。それは人が生きていく上で大変重要なものですが、加齢とともに減少します。核酸を補助食品として摂取することで健康をサポートすることができます。一例をあげれば、母乳には核酸が含まれており、それが乳児の免疫力を強めることがわかっています。そのため、乳児用の粉ミルクには核酸が加えられており、当社は粉ミルクメーカーに核酸を提供しています。 DNAに特殊な低分子加工を行い、化粧品化にも成功しました。DNAはそのままでは分子が大きく皮膚に浸透しませんが、低分子にカットしたDNA(オリゴDNA)を肌につけると表皮を通りぬけて真皮に達し、細胞を刺激してコラーゲンの生成を促します。三次元ヒト皮膚モデルを用いた評価による最新のデータでは、美容成分としてよく用いられているコラーゲン、ヒアルロン酸などを直接肌に塗っても肌への浸透の効果はほとんど認められませんが、オリゴDNAでは肌に浸透しコラーゲン生成能力が200%以上に向上して肌の潤いが増すことが分かっています。

さらに、タバコや空気清浄機のフィルターにもDNA分子を含ませる形で使われています。DNAの二重らせんの隙間の空間に発がん性物質が入り込むことで、発がん物質を除去出来る事が分かったためです。

Q:なぜサケのDNAに着目したのでしょうか。

A:これには松永の幼少の頃のエピソードが有ります。松永の出身は北海道で、食卓にはよくニシンが出たそうです。4人兄弟で食事をするときに、数の子を持っているメスと、白子を持っているオスのどちらかが出てきます。運が悪ければ白子があたります。数の子の方がおいしいのですが、食育にうるさい母親に無理に食べさせられた記憶があるそうです。あまりおいしくなかった白子ですが、食べた翌日はなぜか元気になると感じていたのだそうです。

日産化学工業株式会社の研究者として、37歳で新規事業を担当することになった松永は、幼少の頃の体験からサケの白子にあるDNAについて研究をスタートさせました。するとやはり、DNAが人間の健康に関与することがわかってきました。なぜニシンでなくサケなのかといえば、当時すでにニシン漁獲高が減り、北海道でもっとも大量に白子が手に入る魚種がサケだったからで、さらに、漁獲したサケの内蔵の多くは捨てられていたからです。松永は日産化学工業の同意のもと、50歳で起業しました。

それぞれに専門技術を持った博士が能力を遺憾なく発揮

Q:研究開発体制はどのようなものでしょうか。

A:当社は社員数が32名、そのうち14名が研究者で、全員が北海道恵庭市の研究所に所属しています。14名のうち博士が松永と私を含めて5名。松永と私が京都大学、残る3名は北海道大学出身の博士です。

博士以外の人材では、北海道大学の修士が多いですね。北海道大学を卒業して本州に本社がある大手に勤め、Uターンで北海道に戻って入社した研究者が複数います。また、当社のすぐ近くにある北海道ハイテクノロジー専門学校にはバイオテクノロジー学科があり、バイオ研究の実践的な教育を受けた卒業生を3名、採用しています。非常に優秀なスタッフです。

小さな会社ですから、定期的な採用というのはしていません。必要に応じて必要な人材を探して来てもらっています。


Q:博士人材はどのような方がいますか。

A:今年の1月に北海道大学のポスドクで環境汚染物質の研究をしていた博士を採用しました。彼女は、環境汚染物質の生物への蓄積をテーマに、トドの肝臓や皮下脂肪といった器官にどれほどの脂溶性有機汚染物質が蓄積されているかを研究していました。トドはこの海域の生態系の頂点にいますから、食物連鎖のなかで最も生体濃縮がされているのです。

なぜ彼女のような人材が必要だったかというと、微量な物質を分析する能力を持った人が欲しかったからです。例えばアスパラガスの擬葉(伸びて茂ったアスパラガス)を摂ると自律神経の乱れを整え、睡眠の質を高めることがわかっていますが、アスパラガスのどの成分が身体のなかで効果を発揮しているのかが完全にわかっていません。

今後、そうした分析がますます重要になっていきます。今、機能性食品の表示について薬事法の規制緩和が検討されています。これまで禁じられていたいくつかの広告表現について、きちんとしたエビデンスが示せれば消費者に表示してもよいといった内容のものです。効果を表示するためには、エビデンスを示す必要がある。それには成分同定が必要不可欠であり、その技術を持った人材はこれからの当社の競争力になる。そこで北海道大学の先生にそうした人材の推薦をお願いし、彼女に出会うことが出来たのです。

日生バイオ株式会社 取締役 北海道研究所長 林田茂 氏

Q:明確ですね。他にはどんな博士が活躍していますか?

A:微生物の専門家で、乳酸菌の研究をしていた農学部の博士がいます。植物由来乳酸菌は、優れた耐酸性やスギ花粉症状の緩和などのアレルギー反応抑制作用を持つことがわかっています。まさに、彼がその中心となって、当社と北海道大学農学部、北海道立食品加工研究センターとの共同研究を進めています。

皆の意見を取り入れながら、チームを引っ張っていける能力が重要

Q:一人ひとりが非常に重要な役割を果たしていますね。専門能力以外に、博士人材を採用する上で重視していることはありますか?

A:博士人材がリーダーとなって修士や学部、専門学校を卒業したメンバーとチームを作って研究開発していきますから、チームを引っ張っていけることがとても重要ですね。1人では研究できるが、チームで研究できない研究バカのような人って結構多いんです。当社のような中小企業ではそれではダメですね。小さなチームでも、皆の意見を聞いて、それをチームの運営に生かしていく能力が必要です。

今年採用した博士もリーダーシップは重視しました。国家プロジェクトに参加していた経験も参考にしましたし、大学の先生の推薦状にも、チームで研究ができるという事が書かれていました。面接でもその点を確認し、採用しました。


Q:中小企業として博士人材を採用して良かった点はなんでしょうか。

A:当社は博士人材が一つの製品の技術リーダーとなり、各製品の顔となって、それぞれの研究開発を推進してくれています。専門性の高さもさることながら、一つのテーマに対して責任を持ってもらえるという点が大きいですね。


Q:今後はどんな博士人材を採用する可能性がありますか?

A:ここまで、白子から核酸を取り出し、有効成分を分離して、濃度を高めて製品にしてきました。しかし核酸の機能はまだすべて解明できていないし、未知の機能がまだまだあると思います。また、これまで我々も捨ててきた核酸の周囲を保護するタンパク質のなかにも、どんな成分から構成されているのか、どんな機能があるのか、まだまだ調べる価値がある。微量分析や機能評価ができる人材は、強化したいと思っています。


Q:研究人材の求人求職サイトであるJREC-INを使われているそうですが、いかがですか。

A:全国レベルで多数のアクセスがあり、そのなかには外国人の方からのアクセスもありました。当社の求人に対する応募はどうしても北海道大学をはじめ地元の方ばかりですので、その点は良いと思います。まだJREC-IN経由で採用には至っていませんが、今後も継続して使っていきたいと思います。

日生バイオ株式会社 取締役 北海道研究所長 林田茂 氏

Q:新たな事業はどのように生み出していきますか。

A:社内で持っているテーマや課題に取り組む、あるいは個人が持っているテーマや技術を生かすのももちろん歓迎です。年に2回、未来塾という名称で、社内発表の場を設けています。今後、日生バイオで取り組んだら面白いのではないかという基盤技術や事業、その他の提案を、社員全員が発表します。役員が判断して採用されれば予算をつけて一定期間、試験的に研究をします。良い提案でも弱い点があれば、次回までの課題になったりします。社員の自主性や意見を吸い上げる企業風土がありますね。


Q:博士人材にメッセージをお願いします。

A:サイエンスがしたい人は、企業は志向しない方が良いと思います。大企業であればまだ基礎研究ができる部門があるかもしれませんが、中堅以下の企業では、研究部門はやはり製品に近いところの開発研究、エンジニアリングにならざるを得ない。投資を回収することを求められますから。中途半端な気持ちで、アカデミックに職がないから企業に行こうという人にはあまり薦められません。

一方で、自分の技術を世の中に還元したいという思いと情熱がある人に、ぜひ企業にチャレンジして欲しい。自分の研究成果が形になり、世の中で使われていく。そこに喜びを感じられる人は、とても面白いと思います。

情熱がすごく大切です。情熱が無かったら、どこかで壁にぶつかったときに乗り越えることができません。私は情熱のある方にぜひ会いたいですし、一緒に仕事をしていきたいと思います。

取材2014年9月