株式会社NTTドコモ 先進技術研究所研究推進グループ 主幹研究員 滝田亘 氏

無線、通信分野の研究開発では博士人材が多数活躍

Q:移動通信の研究開発はどのような体制になっていますか?

A:移動通信の研究開発は、神奈川県横須賀市のNTTドコモR&Dセンターにて行っています。携帯端末(デバイス)、無線アクセス、ネットワーク、お客様に提供するサービスの4つの分野に分けられます。

携帯端末(デバイス)では国内外のパートナーと連携して新しい端末にどのような技術を盛り込み、どんな機能を加えるのかなどを一緒に検討しています。それに加え、ウェアラブルなどの新しいデバイスを研究開発しています。

無線アクセスでは、基地局とお客様の携帯端末を繋ぐ技術の研究開発を行っています。現在無線アクセス技術は3G(第3世代移動通信)から高速通信サービスのLTE(Long Term Evolution)/LTE-Advanced(4G)へと移行しつつありますが、さらに先の5G技術も含めて研究開発をしています。この分野は当社の強みとなっています。

ネットワークでは、基地局を繋ぐ無線アクセスネットワークの内側で通信の接続やサービスを制御するコアネットワークのシステムを研究開発しています。現在、クラウド技術を進化させたネットワーク仮想化技術とそれを適用した信頼性の高いシステムを研究開発しています。

サービスの領域では、“はなして翻訳”、“しゃべってコンシェル”、“dマーケット”などの様々なアプリケーションやサービスを開発しています。革新的なサービスを早く提供するため、現在は社外パートナーとの連携を主軸としたオープンイノベーションで研究開発を行っています。

これらの4つの領域に加え、様々な新しい領域への研究開発を進めています。


Q:移動通信の研究開発において博士人材は活躍していますか?

A:当社の研究開発部門には約900名の社員がいますが、その中で多数の博士号取得者が活躍しています。博士の採用としては、毎年新卒で1名から2名ほど、他企業で研究開発に従事されていた方や大学で助教をされていた方が中途入社するケースもあります。

現在、博士がその能力を発揮しているのは、移動通信、中でも無線アクセスとネットワークの領域です。大学院で通信、無線の先端技術を研究されてきた方が多いのですが、基礎となる物理や数学を専攻されていた方もいます。言うまでもなく移動通信は我々の基盤ですので、今後も高い専門性を持った博士の方に継続して来ていただきたい。

今後は様々な専門性を持った博士人材を採用し、新しい領域に挑戦していく

Q:これからサービスがより重要になっていくと考えると、もう少し幅広い人材が必要ということはないでしょうか。例えば、マーケティングや社会科学のような文系人材は?

A:今のところ当社の中で文系博士の方に活躍していただける業務のイメージはあまりありません。ただし、いわゆるデータサイエンティストやデータアナリストなどと呼ばれている、コンピューターを使い尽くしてサービス開発の根幹となるさまざまなデータ分析ができる方は、是非、来ていただきたいと思っています。いわゆるビッグデータ、つまり大規模データ解析の分野ですので、今多くの企業が注目していると思います。

この分野の研究が国内大学院の文系専攻で行われているとの話を耳にしたことはありませんが、海外の大学院の文系専攻には一部こうした研究の取組もあるようです。理系としてのエンジニアスキルと、文系としてのビジネス解析やマーケット分析のスキル、その2つを持ち合わせている方は非常に貴重です。


Q:“スマートライフのパートナーへ”というコンセプトを掲げ、ヘルスケアや金融、環境など、従来の移動通信産業以外の新しい領域に力を入れると発表されていますが、そちらで博士人材は採用されますか。

A:むしろそちらのほうが博士に対する期待が大きいと思います。従来の移動通信、モバイルネットワークの技術ではない分野の技術や経験を持った方に入っていただいて、新しい領域でのサービスや事業に役立つ研究開発を立ち上げてもらいたい。

例えばヘルスケアの分野では、手首にセンサーデバイスをつけて歩数、移動距離、消費カロリー、睡眠時間等を測定し、スマートフォンと連携してクラウド上にデータを蓄積し、健康管理に役立てるサービスが商品化されています。

他にも、研究所ではアセトンという体内で脂肪を燃焼している時に生成される物質の量を呼気から測定してダイエットなどの健康管理に繋げるという研究が進んでいます。空腹や運動によって体内の糖が減少し、脂肪燃焼が促進されると、より多くのアセトンが呼気などの生体ガスとして体外に放出されます。つまり、アセトンが多く出ていないうちは体内に糖が豊富にある状態です。頭で感じる空腹感は、体内の糖の残量を正しく反映していません。アセトンが多く出ていない時に、たくさん食べてしまうと肥満になってしまいます。アセトンを簡便に検知する生体ガスセンサがあれば、そのタイミングでの適切な食事量を見極められ、健康管理に役立つと見込んでいます。発表した生体ガスセンサはまだプロトタイプですが、新しいサービスに結びつく可能性があります。

Q:そのプロジェクトはどのような方がどのような形で進行しているのでしょうか。

A:こちらの研究開発チームはほとんど博士号を持っています。スタートは当社の通信分野で働いていた社員が生命科学、生物工学を勉強して社会人博士を取り、その研究成果を持ち帰って5年ほど前にこのプロジェクトをスタートさせました。そこに新卒で採用した化学の博士らが加わって進行しています。生体ガスセンサの研究部分については、新卒の博士がかなり尽力していると聞いています。


株式会社NTTドコモ 先進技術研究所研究推進グループ 主幹研究員 滝田亘 氏

Q:新卒の博士の方はこのプロジェクトの為に採用したのですか。

A:この社員は、当社でこのプロジェクトを立ち上げた社員があちこちの学会で発表していた研究成果を見て、「私はこれがやりたい」と応募してきました。ドコモという移動通信の会社でありながら、研究所ではこんなことをやっているのか、との驚きを感じ、新たな場所での新たな研究に強い熱意をもったそうです。


Q:開発は御社が単独で行っているのですか。

A:ヘルスケア部門の事業はドコモ・ヘルスケア株式会社という関連会社で行っていますが、そちらはオムロンヘルスケア株式会社と共同で設立した会社です。環境や金融などその他の領域でも、さまざまなパートナーと組んで事業領域を広げています。そうした事業パートナーや新しい技術をもった会社などと連携して研究開発を行っています。

プロジェクトを回せる即戦力と、社会を変える志を持った人に来て欲しい

株式会社NTTドコモ 先進技術研究所研究推進グループ 主幹研究員 滝田亘 氏

Q:博士人材にはどのような期待をして採用しますか。

A:やはり博士の方には即戦力として研究開発を率いてもらうことを期待しています。博士の方を特別な存在として計画的に採用しているわけではありませんが、年齢やキャリアも学士、修士の方とは違いますから、すぐにチームを率いる能力を持っていることを期待しています。

研究開発を率いるためには、専門分野における知識、能力、技術が、グローバルで高く評価されるレベルであることが必要ですし、チームをマネジメントしていける能力や人間性も大切です。

そうした期待から博士の採用に際しては、研究実績だけでなく、どのような研究の仕方をしてきたかも参考にします。例えば産官学連携研究開発プロジェクトに加わって研究チームを率いた実績にはマネジメント能力としての魅力を感じます。こうした実績もどんどんアピールしていただきたい。「こういう実績がある人だったらこういう研究開発を任せられそうだ」と、我々も選考の段階で具体的なイメージを持つことが出来ますので、入社後のジョブミスマッチ解消にも役立ちます。

Q:では現在大学院にいる方は、自分1人で研究に没頭するより、いろんな人を巻き込んだ共同研究や、産官学連携プロジェクトなどのチャンスがあれば積極的に参加するべきでしょうか。

A:そうするべきと言える立場ではありませんが、採用の際にそうした経験を有益なものと評価していることを知っておいていただきたい。こうした経験、能力を評価するのは、事業に係る開発、特に移動通信関連では、多数の人を巻き込んで動かしていくことで研究開発が成立するという性格を持っているものが多いからです。

また産官学連携などの大学外のプロジェクトへの参加は社会とのさまざまな繋がり作りに役立ちます。実際に当社の参加する産官学連携プロジェクトへ大学から参加し一緒に研究をされた方に来ていただいた例もあります。お互いによく知った上でのことですので、入社後のジョブミスマッチがあまり生じません。


Q:博士人材にメッセージをお願いします。

A:博士の方というのはいろんな分野の先端にいる方たちなのですから、移動通信事業者のドコモに入って既存事業の範囲に閉じて活躍するという考えではなく、「私の持っているものをこの会社に持ち込んで、ドコモだけでなく、この社会に大きく変革をもたらす」という熱意と希望を持って来ていただきたい。

それぞれの分野で先端を走る博士の方には、是非、社会を変革したいという大きな志を持っていただきたいですし、そういう方に社会の前進へ力を尽くしていただかないと、当社が係る事業だけでなく、世の中の産業や社会全体が先に進んで行かないと思うのです。若干過剰な言い方とは思いますが、そういう期待感を持っています。


Q:その意味ではドコモには、国内トップ6300万人のユーザーがいます。社会を変えるほどのインパクトを与えるチャンスは大きいと言えるのではないでしょうか。

A:そうした期待を持った方が新しい技術や経験を当社に持ち込んで、当社のすべてのお客様に受け入れられる程のインパクトある革新的なプロダクトやサービスを開発できたら、それは本当に社会を変える力に成り得ると思います。そうした熱意を持った方にこそ、是非、当社を希望していただきたい。

取材2014年8月