JSR株式会社 上席執行役員 研究開発部長 川橋信夫 氏 / JSR株式会社 執行役員 人材開発部長 塩田良男 氏

合成ゴムに始まる石油化学分野からファインケミカル分野へと事業を展開

Q:御社の事業概要を教えてください。

川橋:当社は旧社名を日本合成ゴム株式会社といい、わが国における合成ゴムの国産化を目指して設置された“合成ゴム製造事業特別措置法”により1957年、政府および関連民間企業の出資(出資比率は政府40%、民間企業60%)によって設立された国策会社です(1969年に完全民営化)。

当初はタイヤやベルトに使われる合成ゴムの製造からスタートしましたが、そこから印刷物のコーティングなどに使われるエマルジョンや、合成樹脂、熱可塑性エストラマー等に展開し、近年はさらに発展して半導体やディスプレイ、イメージセンサー、光ファイバー、光学フィルムの材料等、最先端のファインケミカル分野(ファイン事業)に加え、ライフサイエンス分野、蓄電デバイス分野関連材料等へと発展しています。非常に広い製品のポートフォリオを持っていることが当社の特徴です。


Q:研究開発にはかなり投資されてきたのでしょうか。

塩田:当社は、設立当初から旧帝国大学出身の非常に優秀な研究人材が揃っており、基礎研究に非常に力を入れてきました。オイルショックなどで基礎研究の人員を減らした時期もありましたが、素材メーカーである以上やはり基礎研究が非常に重要であると認識して、再び研究体制を整え、1980年前後に半導体メモリやロジック用チップのリソグラフィー材料を開発しました。そこから苦労もしながらですが、特殊ポリイミド合成技術や微粒子分散技術等の研究を進めて、ディスプレイ材料の開発へと発展させてきた経緯があります。昨年は210億円程度の研究開発費を投資しています。

Q:研究体制はどのようなものですか。また博士人材は何人ほどいますか。

塩田:三重県四日市市に、電子材料、ディスプレイ材料及び機能高分子材料を主に研究する四日市研究センターが、茨城県つくば市に診断薬などライフサイエンスの研究などを行う筑波研究所があります。海外には米国カリフォルニア州サンノゼ、ベルギーのブリュッセル、台湾、韓国に研究所があります。

研究人材は国内が700~800名。海外を入れると800~900名ほどになります。基本的に有機化学や高分子化学など化学系人材が多いですね。

川橋:技術系の採用は年によって変動がありますが、近年はおよそ30~70名を採用しています。博士人材を計画的に採用はしてはいませんが、結果的に博士の採用は例年5~10名程度だと思います。現在の当社の本体の従業員は2500名ほどで、そのうち博士は150名ほどです。博士人材のほとんどが研究所で働いています。


JSR株式会社 上席執行役員 研究開発部長 川橋信夫 氏

中途採用は専門性を重視。新卒採用は潜在力を見る

Q:博士人材の採用では何か違う見方をされるのでしょうか。

川橋:中途採用の場合は即戦力を期待していますので、専門性や経験を重視することになります。この分野のこの研究にこの人材が欲しいというように、はっきりと目的別で採ることが多いですね。ポスドクの方は中途採用です。

それに比べて新卒採用の場合は潜在力を見る比重が大きくなります。触媒の研究をしていたのか、高分子合成をしていたのか等、専門性はもちろん見ます。ただし、入社後にその専門性がそのまま生きるかどうかは別で、各事業の要員需要と照らしあわせて人を配置しますから、今までされてきた内容と違う研究分野をやることになることは博士人材でも十分あります。ですから、「自分はこの専門分野の研究を突き詰めたい」といった考えの人は、当社には合わないかもしれませんね。

塩田:博士は修士よりも3年多く研究しているわけですから、そこで培ってきた専門性を生かしたいという思いが強いのは仕方がないと思います。もちろん、企業が伸ばしたい分野と、その方の専門性が合致している場合はハッピーなのですが。しかし、企業というのは利益を生み出すために投資をしていろいろな研究をするものですから、専門性と違う新しい研究をしてもらう可能性も高い。そうなった時にフレキシビリティがあり、適応力があり、お客様も含めて幅広く人付き合いができる人というのはすごく伸びますね。

やはり修士と比較して多くの経験を積んでいますから、研究の深さもさることながら、アプローチの仕方にいくつもの引き出しを持っていて、複数のアプローチを同時に考えて研究を進めて行ける。そうした能力を発揮してくれると凄く活躍します。

フレキシブルなジョブローテーションにより能力の幅を拡げる

JSR株式会社 執行役員 人材開発部長 塩田良男 氏

Q:専門性と違う配属は多いのでしょうか。

川橋:当社は入社後の人材教育の考え方として、「ドクターだから君は基礎研究をして下さい」というふうに単純に研究室に押し込めるような配属は考えていません。逆に、研究室にこもって基礎研究に没頭していたようなドクターを支援型の研究環境に置いて、お客様とやりとりしながら研究するようにすれば、新しい経験がプラスされますよね。そこで人間的にも能力的にも大きく広がることがあります。そうすると、ドクターとしてのメリットがもっと引き出せる。つまり環境が変わった時に、フレキシビリティを持って色々吸収しようという気持ちが最も重要です。

塩田:ジョブローテーションは、技術系でも事務系でも頻繁にあると思います。キャリアディベロップメント制度があり、入社して10年間のうちに基本的には3回仕事内容が変わります。研究テーマが変わる、あるいは研究職が営業に行くなどといったこともあります。技術的なバックグラウンドを持った営業職は貴重な人材ですし、実際、技術営業職を望んで当社に来る理系人材も増えています。もちろん適性を見て判断しますので、本人も嫌で向いていない人を営業にはしませんが、フレキシブルに人事を行ないます。

それにより適材適所がわかってくるんですね。複数の専門性を持つことになり、別の能力が開花する場合もありますし。結果的に、もとの専門の基礎研究の方が合うならば戻しますが、以前より広い知見を持って研究できるようになります。

また、会社としては、自分でこういうテーマで研究をやっていきたい、こういうチャレンジをしたい、という要望が吸い上げやすい仕組みになっていると思います。当然企業として投資するからにはリターンが期待されるものでないといけませんが、自分のしたいアウトプットが実現出来るチャンスが大きいと思います。

企業の持つバラエティが人材の可能性を広げてくれる

Q:博士人材にメッセージをお願いします。

川橋:大学に残ってやりたい研究をとことん究めたい、大発見をしたい、ノーベル賞を取りたい、という思いが強い人はアカデミアで頑張って欲しいと思います。私も学生の頃はアカデミアを志していました。自分が新しい研究をして論文を書いて発表して評価される、そうした喜びもとても大きい。

一方で企業では、自分の研究が製品になって世の中に出て多くの人々に使われる。それによって人々の生活が変わる。そんな実感と喜びがあります。 企業ではドクターだからといって特別扱いされることも少なくなってきています。ただし自分の能力を発揮できれば、色々な方向に自分の行ける道が伸びていく。企業って社員の色々な所を見てくれるし、場を与えてくれるし、違うところにある自分の才能を見出してくれたりする。そういうバラエティは民間の方があると感じます。

塩田:組織の仕組みや意思決定の仕方など、さまざまな点で、アカデミアの世界と企業は違うのだと思います。自分がやりたいこと以外のことを求められることは当然ある。そこは覚悟してもらったほうがいいのかもしれません。その時にフレキシビリティを持てるかどうか。最終的に民間に来て良かったと思えるかどうかは、そこにかかっているのではないでしょうか。

JSR株式会社 上席執行役員 研究開発部長 川橋信夫 氏 / JSR株式会社 執行役員 人材開発部長 塩田良男 氏

取材2014年7月