ニッポン高度紙工業株式会社 新材料開発室長 澤春夫 氏

和紙の産地でエレクトロニクスを支える世界シェア60%の紙を作る

Q:事業概要を教えていただけますか。

A:当社は電解コンデンサ、電気二重層キャパシタ、電池等に使われるセパレータと呼ばれる紙を専門に作っている会社です。コンデンサなどの中にはプラス、マイナスの電極が入っていて、その間を絶縁するのがセパレータです。当社はコンデンサ用セパレータの紙では国内95%、世界60%のシェアを持っています。


Q:それだけの圧倒的シェアの背景にあるコア技術とはどのようなものですか。

A:出来る限り薄く、そして絶対にショートしてはいけないわけですから、非常に高い品質が求められます。不純物を極力排除して、どんなに薄くても一切穴があいていない、強度、耐熱性を備えた均質な紙を作る技術が必要です。

また、吸液性と液体への溶け難さがセパレータには重要です。というのも、コンデンサや電池のなかには電解液が入っていて、セパレータはこの液体を保持する役割が求められるからです。さらに、コンデンサには非常に小さいものがあるので、微細なレベルで正確に裁断する技術も重要です。

当社は水をよく吸うが、破れないビスコース加工紙を開発して“高度紙”と名付け、漢方薬の煎じ袋として製造したのが始まりです。その後日本海軍が開発を進めていたレーダーに使うコンデンサに紙のセパレータが採用されました。当時は木綿がセパレータとして使用されていましたが、戦時中はその木綿が不足したのです。その後この分野でリーディングカンパニーとして技術的優位性を保ったまま今に至っています。

Q:創業の地である本社は高知県中部に位置していますが、環境的な背景もありますか。

A:当社の紙製造は高知の伝統産業である手漉きの土佐和紙の製造技術をベースにしています。この本社工場の横を流れる仁淀川は、昔から土佐和紙の製造が盛んです。それは山に和紙の原料となる楮(コウゾ)や三椏(ミツマタ)といった木があることと、和紙製造には水が大量に必要ですから、仁淀川という非常に水質が高くて水量の多い川が流れているという、いい条件が揃っているためです。仁淀川は国土交通省の全国一級河川の水質現況調査で1位※なんですよ。

※平成25年全国一級河川の水質現況で、年間の平均的な水質(BOD値)が最も良好な河川は、尻別川、荒川(阿武隈川水系)、庄川、安倍川、小鴨川、高津川、仁淀川、吉野川、川辺川、五ヶ瀬川の全10河川。

自社開発した無機/有機ハイブリッドの新素材を今後展開する

Q:御社のなかで研究開発に携わっている方はどのくらいおられますか?

A:セパレータの部門など全部あわせて50人ほど。そのうち私のいる新材料開発室が13人です。博士人材は私を含めて2名です。この部署は当社がセパレータにあまりに頼りすぎているので、新しい柱になる新しい材料を作るための部署です。我々が新しく開発した素材がiO膜です。

ニッポン高度紙工業株式会社 新材料開発室長 澤春夫 氏

Q:iO膜とはどのようなものなのですか。

A:無機/有機ナノハイブリッド膜であって当社では“iO膜”と呼んでいますが、無機酸化物のナノ粒子、つまり1ナノメートルくらいのものすごく小さい無機酸化物が、有機ポリマーの分子に化学結合してできた材料です。ガラスとプラスチックの両方の特性を持っています。ガラスのように化学的安定性と耐熱性に優れ、プラスチックのように柔軟で、安価で環境に優しい特徴があります。

無機/有機ハイブリッド材料は世の中に全くないわけではなく、ソフトコンタクトレンズなどはその一種ですが、当社のように大面積でできるのは他にないと思います。

Q:どのような用途に使えるのですか。

A:さまざまな可能性がありますが、一つは燃料電池。燃料電池の中心にある電解質膜は現状ではフッ素系ポリマーが使われていますが、ここにiO膜を使うことでコストダウンができます。またiO膜には有機合成に対する触媒としての性質があり、例えば医薬品のようなものや、液晶材料のようなものが合成できたりします。

それ以外にもまだオープンにしていない、非常に面白い用途もわかってきて、今後さまざまな所で広がっていくと考えています。

じつは、私はこの研究開発のために香川県のある研究所からこの会社に12年前に転職したのです。当時、この会社は燃料電池の材料を開発して次の事業にしたいと考えていて、研究者を探していました。その頃私はセラミックスの研究をしていたのですが、燃料電池に関心がありました。そこに声がかかったのです。

それから3年間1人で基礎技術を開発し、少しずつメンバーが増え、やっと去年から触媒としてのiO膜を売り出し始めたところです。


Q:御社はどのような博士人材を採用したいと考えているのでしょうか。

A:まさにこのiO膜の用途開発を進めてくれる方ですね。

iO膜の触媒は今後改良を重ねていけば様々な用途に使える可能性がありますし、燃料電池の膜としても改良の余地があります。さらに新規の用途もアイデアベースではかなり多くあるのですが、その開発に取り組める人材が今の当社にはいないので、そうしたことができる博士人材を採用したいと思っています。

資金繰りまで含めて研究開発を回していけるプロが欲しい

Q:どんな専門性が必要でしょうか。

A:触媒の研究を担当するには有機合成の専門家である必要がありますが、新規の用途開発であればその必要はありません。専門性よりも重要なのは研究開発のプロフェッショナルであること。それはビジネス的な戦略も技術的な戦略も立てられて、研究を推進して結果を出せる実力を備えた方です。

当社は歴史のある会社ですが、この領域でいえばまったくのベンチャーです。与えられた研究テーマを研究するだけでは全然足りません。どうやって研究資金を調達して回していくかというところまで戦略的に考えられないとできません。


Q:どこから資金を調達するのでしょうか。自社でしょうか、補助金でしょうか。

A:ある程度の自社調達はもちろん必要ですが、私の考える理想的な資金調達は、民間企業、つまりクライアントあるいは投資会社からお金を引っ張ってくるということです。最初は試験管レベルの小さな形のものにする。そこまでのお金は会社から出ます。そのなかから例えば小さく稼げる部分を売りだして、実際にお金を稼いでその資金で次の研究開発をする。あるいはその研究成果を学会などで発表して、我々の技術に興味のある企業と提携して共同開発を行う。スポンサーになってお金を出してもらう。そうやって戦略的にお金を集めて研究を前に進めていくのです。

但し、どこかの企業からお金を引き出すというのはものすごく大変で、簡単には出してくれません。ですから当然、よほど興味を持つようなものを開発しなければいけないし、それが将来的にすごく役に立つものでなくてはいけない。それを前提にして、どんな領域でどんな開発をするかを決めていかなくてはいけない。それも全部含めてのプロです。


Q:こういう考えの人は採用できないというのはありますか。

A:世の中にあるものばかりを見ている人ですね。いま世の中でどんな研究が流行しているから、自分もそれがやりたい、という考えの人は当社では駄目ですね。それって世の中みんながやっていることなので。大企業ならばいいのかもしれませんが、うちのような小さな会社が大企業と同じものを開発しても、買ってもらえることはまずないわけです。みんなと違わないといけないですね。「世間とは違う方向に行きます」というのが絶対条件なのです。そういう考え方ができる人に来て貰いたいですね。

ニッポン高度紙工業株式会社 新材料開発室長 澤春夫 氏

Q:そういう考えが出来る方はなかなかいないような気がします。

A:日本には少ないかもしれませんが、海外にはたくさんいますね。海外のドクターは、公的な研究機関とか大学の研究室に篭ってどっぷり研究しているような人は少ない。公的なところに所属しながらも、民間のベンチャーと組んでまったく新しいことをしていたり、小さな成果をどんどん発信して色んな所と繋がって研究を大きくしていったり、意識がすごく高いですね。それが面白いので、私たちはよくヨーロッパで展示会をします。

以前、燃料電池用の電解質膜としてのiO膜を見たあるイタリア人の研究者が、「これはこういう医薬などの合成に触媒として使えるのではないか」と接触を取ってきました。当社も触媒の開発は進めていたのですが、その研究者はそのことは全く知らないで、その提案をしてきたのです。しかも我々が研究していたのとは全く違う発想で、用途も違う触媒です。その研究者とは今、共同研究を続けています。


Q:その方のように、御社の技術をベースにこういう研究がしたいと売り込んでくれるといいですね。

A:そうですね。自分のような人材を欲しがっているところはないかと探すより、「自分を入れたらこんなことをやらせて欲しい」とアピールしてもらいたいですね。我々の研究成果はあちこちで発表していますし、特許も出していますから、そういったものをよく読んで、「この会社の技術を発展させてこんなことがやれるんじゃないかと思っている、これがやりたいからここで働きたい」という方に来ていただけたら素晴らしいですね。

取材2014年8月