アジア航測株式会社 総合研究所 技師 キム・ジョンファン 氏 博士(工学)

2年の兵役、電子部品会社勤務を経て、日本留学を決意する

Q:キムさんは韓国から日本に来られて博士号を取られたそうですね。

A:私は韓国出身で、大学では電子工学を専攻し、約2年間の兵役を終えて韓国の電子部品会社に就職しました。日本に出張する機会があり、日本のエンジニアの皆さんと色々な話をするなかで、「今まで狭い世界に住んでいたんだ」と感じ、次第により深く自分の研究を突き詰めたくなったのです。そして、日本留学を決意し、先輩の紹介で1年間の日本語コースを経て長崎大学大学院に入学しました。

修士課程では電磁波研究室に所属し、電波吸収体の開発などを行なっていました。修士課程を終えてすぐ博士課程に進みたかったのですが、もう一度就職することになりました。私費留学生だった私に二人目の子が生まれたこともあり、経済的に進学が難しくなったのです。入社した会社は、測量や地質調査などを行う九州の地場の中小企業でした。その会社は、電力会社から委託を受けてリモートセンシングの技術開発プロジェクトを立ち上げることになり、開発者の一人として採用していただいたのです。これが、私がリモートセンシングに出会うきっかけとなりました。


アジア航測株式会社 総合研究所 技師 キム・ジョンファン 氏 博士(工学)

Q:リモートセンシングとはどのような技術でしょうか。

A:光や電波の性質を使い、離れた所からものを観測する、見えないものを“見える化”する技術です。センサの能力や画像処理技術で、破壊せずにものの状態や性質を把握するといったことが可能になります。海外でも日本でも多数研究されていますが、実利用に向けて課題もたくさんあります。一般の方々が誰でも利用出来る技術に落としこむ事が私のミッションであり、今でも研究を続けています。特に、現在は農業リモートセンシングの実利用に向けて力を入れています。

Q:具体的にはどのように農業での実用が可能なのですか。

A:お米はタンパク質の含有率が低ければ低いほど、もちもちとして美味しく、等級が高く評価されます。そうしたお米を作るために、農家さんは稲の発育状態を見て出穂(しゅっすい)の前にどれくらいの追肥(ついひ)をするか等を決めます。経験と勘の世界です。ピンポイントで葉の色を調べたり、草丈を計測したりしていますが、田んぼ一枚一枚で状態は違いますし、多大な時間と労力がかかります。

リモートセンシングの技術を使えば、人工衛星または飛行機から(場合によっては地上から)可視光と近赤外線のカメラで田んぼを撮影し、コンピューターで解析して、追肥のタイミングやタンパク質の含有率を推定することが出来ます。お米だけではなく、小麦やお茶の事例もあります。


Q:リモートセンシングの研究分野は農業以外にもありますか。

A:たくさんあります。気象、海洋、森林、環境、防災など様々な分野においてリモートセンシングは重要な役割を果たすものと期待されています。私は日本リモートセンシング学会に所属していますが、学会の構成員をみると、宇宙、航空、資源開発、測量、防災、農林漁業など実にユニークな分野にわたっています。


Q:企業から博士課程にはいついかれたのでしょうか。

A:5年間でリモートセンシングのプロジェクトが終了することになり、長崎大学の産学官連携の研究員のポストがありましたので転職しました。肩書きとおり産学官の専門家と一緒に様々なフィールドをまわり、農業、森林、環境、医療など異分野の知識を習得しながら研究を行うことができました。そして、集中して論文を書き上げたい願望が強くなり、2年後、38歳で博士課程に進学することになります。ちょうど下の娘の小学校入学と同じ年で、一緒にピカピカの1年生に(笑)。子供達と「一緒に頑張ろう」という気持ちもあり、なんとか3年課程を2年で終わらせました。

(独)産業技術総合研究所(以下、産総研)のイノベーションスクールから民間企業へ

Q:博士課程を修了後、産総研イノベーションスクールに行かれたそうですね。

A:学位を取得したらアカデミアに残りたい気持ちがあり、願書も30通ほど出しました。ただ助教になるには35歳が境目と言われていて、40歳になろうという私はほとんど面接もしてもらえませんでした。准教授になるには実績が足りませんでした。

そこで民間企業も含めて視野を広げ、JREC-INで仕事を探していると、産総研イノベーションスクール(採用機関:産総研記事参照)が目に入ったのです。そして、産総研特別研究員として採用されることになり、佐賀県鳥栖市の産総研九州センターに配属になりました。


アジア航測株式会社 総合研究所 技師 キム・ジョンファン 氏 博士(工学)

Q:アジア航測への就職はどのように進みましたか。

A:産総研イノベーションスクールに「企業OJT」というインターンシップ制度があります。私は、この制度を利用して就職先を見つけるつもりで自分の研究テーマが生かせる会社を探し、リモートセンシングで先行する現在の会社に、3ヶ月のインターンシップに来たのです。

ただ当社は当時、中途採用の枠がありませんでしたが、自分がやりたい仕事を見つけたので、このチャンスを見逃すわけにはいけませんでした。当時は年度末の繁忙期でしたが、社員のみなさんと一緒に残業しながら一生懸命プロジェクトを実行しました。そして、自分がこれまで研究してきた内容も発表させていただいて、「自分が入ればこれだけの貢献が出来ます」とアピールしました。最終的に上司が人事部に働きかけてくださって、OJTが修了した半年後の2010年8月に就職が叶いました。


Q:入社後はどのような仕事を?

A:先ほどお話した農業や森林や環境関連のリモートセンシングの仕事をしています。また、ODA関連の仕事で東南アジアの国に2ヶ月間滞在したこともあります。東南アジアやアフリカなどの途上国では違法伐採などで森林が減っていることが問題になっています。過去から現在までの人工衛星のデータを解析して、森林がどう変化してきたのかを把握するために、必要な機材を調達し、技術支援を行いますが、そのための事前調査業務を担当しました。

東日本大震災後は、除染関連の事前調査業務にも携わりました。何よりも自分がこれまでにやってきた研究を活かせることが嬉しいです。

大切なのは、何をやりたいのか。場所よりも内容にこだわるべき

Q:アカデミアから企業への気持ちの転換はどうして出来たのでしょう。

A:やっぱり産総研イノベーションスクールに入ってからいろんな講義を聞いたり、趣旨を説明してもらったり、同期たちの話を聞いたりする中で、“場所ではなく、何をやりたいのか”が大事であることに気付きました。アカデミアにはなんとなく行きたいという気持ちで、何のためにという部分が欠けていたんですね。大学は研究機関であると同時に教育機関でもありますから、学生を教育するという仕事もあります。私はどちらかといえば、教育より研究をやりたかったので、自分がやりたい研究が出来る場所ならば民間でも良いと考えを変えたのです。


Q:博士号を持っていることが仕事でも役立っていますか?

A:当社は官公庁向けの仕事が多く、どちらかというと技術士や測量士の資格が求められます。博士号そのもので優遇されるというよりは、学位を準備する過程で得られた問題解決能力や物事をまとめる力が、仕事を遂行するうえで大いに役立っています。また、非常にありがたいことは、学会や講演会等に出させてもらえることです。業務の成果をまとめて積極的に論文として発表できる環境を提供してもらっているところが嬉しいですね。

Q:これから民間への就職を考える博士人材の方にメッセージを。

A:社会に貢献したいという気持ちで頑張っていただきたいですね。また、自分の研究を究めると同時に、幅広い視野を持って欲しい。他の分野との共同研究の話があれば、避けずに積極的にやってみる。そうすると自分の専門プラス他の専門も足し算・掛け算になって広がっていくものです。

就職活動については、焦る必要はないと思いますが、願書や経歴書はいつ出してもいいように用意して、チャンスがあったら見逃さずに掴んで欲しいですね。

取材2014年6月